277 長になるための選択
森の中央にあるであろう上位ダンジョンに向けて、僕たちは雪山を登っていた。
途中で現れたモンスターは、ダンカンやモンドが追い払ってくれた。どやら縄張りを持たないモンスターや、南の縄張りの争いを覗きに来た者たちみたい。
あわよくば、縄張りの拡大とか思って来てたんだろうけど、ダンカンとモンドが強いから安心だ。たまに「あれ、ぼくより強くない?」って思う時があるくらい。
「他の縄張りのモンスターってどんな感じなの?」
モンドの背中の上に乗りながら聞いてみた。
「北にいるのは、ウッグ、コカトリス、シュルぺーだな」
「西にいるのは……なんだったか、ゴブリンはいました」
「東はスノーウルフ、オーク、オーガ。西は分からないな」
「西は、魔王の領土まで伸びてる森の根っこだからいないのかもね」
それか魔族がいるとか、有り得そうで怖い。まぁ、知ったこっちゃないけど。
ウッグは知ってる。で、シュルべーってなんだっけ。……あーー、木々の間をあり得ない速度で飛び回る人型のバケモノだ。
勉強会での印象は、ウッグがゴリラとかオラウータンなら、シュルベーは手長猿のグロい版って感じ。
会いたくはないと思ってたのになぁ……見た目が怖いんだよ、確か。
「アンの方は大丈夫そー?」
「感知には何も引っかかってません。ただ」
前を歩いているアンは、何かを拾い上げた。
「人の使っていたであろう、水薬などがちらほらと」
「ポイ捨て?」
「見る限り、ここ最近ですのでなんとも言えませんが」
「人が来る理由は決まってんな。ダンジョンか、その薬草か」
「そんなもんなんだ」
隣を歩いてるダンカンはなにかと詳しい。
ということは今も人がいるかもしれないってことか。凶暴化したレイヴンに邪魔されてそう〜……。
アサルトリアの皆はここの上位ダンジョンではなく、別のところにいっているらしい。ギルドの測定員とかも、うーん、見当たらないからいないっぽい。
「ん。そういえばさ。モンドの仲間は? 一人で戦ってたじゃん」
「わたしたちはもともと、東で縄張りをもっていたのです」
あ、さっき東にスノーウルフがいるって言ってたっけ。
「族長の戦いに私が負けてしまい、私の仲間たちと南に流れてきました。そして、オークにしつこく狙われて……」
「それでオマエを除いて全滅したのか」
「あの日、ご主人さまが来ていただけなければ……それこそ我々は全滅だったでしょう」
モンドの尻尾が緩やかに下がった。族長争いってのがあるのか……。下剋上みたいなもんなのかな。
「モンドは、その群れに戻りたい?」
「戻るではありませんよ、ご主人──率いるつもりです」
尻尾がピーンっ。目がきりっ。うぉおおお、モンドカッコいい。かわいいのにかっこいい。
ニヤと笑う口の中に手を突っ込むとゴムパッキン発見。グニグニしておいた。きくらげみたいな色をしてるのは異世界も共通か。
正直に言うと、前の世界でずっとペットとか飼ってみたかったんだよなぁ〜お散歩するから飼ってって親に言ってた思い出がある。モンドはペットにしちゃあデカイけど。
「そろそろです」
アンが警戒を滲ませてそういった。拳殻をはめるアンの後ろに降りる。
上位ダンジョン……はたして、どうなっていることか。
◇◇◇
ダンジョン上の広場はいつもと同じ光景が広がっていた。今回ばかりは銀世界だ。まぁ、その上に絶賛鮮血が舞ってるんだが。
広場の上は、まさに『戦場』という言葉が相応しい状況だ。
錚々たる顔ぶれ。広場にいたのはウッグ、ウルフ、ゴブリン、オーク、シュルペー。……そして、レイヴン。
思っていた予想が概ね当たっていたといえる。
「…………今が好機と、他の縄張りの奴らが攻めてるんだ」
産卵期は凶暴状態だとはいえ、弱体化はしている。元より手加減なんてないモンスター同士の争いならば、いくらか弱体化している方がやりやすいのだろう。
「タイミングが被った……というよりも、結託しているようにも見えますね」
「うん」
どうやらレイヴンは共通敵らしい。
モンスター同士が手を組むなんて、それこそ異常事態ものだが、上位個体となると知恵を絞ってくる。それこそ最初に戦ったフォレストウルフなんて、オークを上手く利用して立ち回っていたからな。
「どうします? オレたちもあそこに加わりますか?」
「…………本当なら、そうした方がいいんだろうけど……」
正直にいって、ぼくは迷っている。
ぼくとアンがこの雪山で求められていることは「長になること」だ。
長になるために手っ取り早いのは「今の長を倒す」ことで、それはこの状況において「渡黒鴉を倒す」ことで達成される。
そして、今なら、レイヴンを簡単に倒すことができる。
度重なる攻撃によって、レイヴンの身体は傷がついて血液が流れ落ちている。羽も地面に幾つも落ちていて、見るだけで痛々しい。嘴の先端なぞ血液で汚れているが、少し欠けているようにも見える。
……モンスターの連合軍は弱い個体でも上位個体で、進化個体が多数。一番上の個体はウルフの族長とシュルペーの上位進化個体。精鋭たちばかりが集められている。
今が好機なのは誰が見ても明らかだ。
普通はそう考えるだろう。というか、ソレが正しい思考だ。
でも……ぼくはちょっと違う。
「あるじ……もしかしてですが、あのクソガキの顔を思い浮かべているのでは」
草むらをかき分けて広場を見ていると、隣のアンがそういった。顔を見ると、ちょっと苦い顔。
「もしかしてアンも……?」
「はい……」
アンもいよいよ「ティナ先生脳」に毒されてきたみたいだ。
そう、ぼくとアンが思い浮かべているのはティナ先生。この雪山に飛ばすことを決めた張本人だ。
ティナ先生とは付き合いは日数ではそこまで長くはない。が、考えることはなんとなく分かってくるようになるのだ。
「何考えてるか、ちょっと言ってみよ」
「ですね」
アンを目を合わせ、思っていることを言葉にする。
「──手負いのボスを倒して、長と名乗れるのか」
「──万全なボスを倒すことで力の証明をしろ」
ほとんど同じような言葉が口から出てきた。これは流石に苦笑い。先生。教え子たちは貴方に毒されていますよ。
「やっぱり、そうなるよなぁ〜……」
「ですね」
繰り返しになるが、僕たちに課せられたのは「この雪山の長」になることであり「レイヴンを倒す」ではない。確かに「レイヴンを倒す」ことで「今、この雪山で強いやつ」は倒せるだろうが、自他共に認める「長」にならなければ、ぼくたちのこの訓練は失敗となるのだ。
なにより、あのティナ先生だ。「一騎打ちで勝たずして、なにが長じゃ!!」とか言ってきそう。あれに加勢して倒したとしても、先生は認めてくれないだろう。それに、これで倒せれたとしても僕自身もスッキリはしない。
「……」
チラとダンカンとモンドに目を向ける。こちらの言葉を待ってくれている。
「……ふたりとも、聞いてほしいんだけど」
既に聞いてるのに一応は前置き。身体は広場の方を向いたまま、
「ぼくたちは、レイヴンに加勢する」
「!」「……」
おそらく、この判断は理解をされない。
この選択は『薬草を獲得できる機会』『長になれる機会』の二つを捨てるということになりかねない。弱肉強食の世界で生きてきた彼らは目の前に転がっているチャンスを逃すことは絶対にしない。
もしかしたら、彼らは今、レイヴンに襲いかかっている連合軍のことを羨ましく思っている可能性すらある。
でも──その選択をするのは、ぼくは嫌だ。
「色々……反論はあるとは思うけど──」
と言いかけていると、後ろに居た二人がぼくの横に並んだ。
「ならば、一人が10体ほどを相手にしなければなりませんなあ」
「ちょうどこの体で暴れまわりたかったところだ」
広場を見据えるその二人の目は、殺気を宿していた。
「……」
二人の言葉を聞いて、心のどこかがほっとした自分がいた。
理解してもらえないと思ってた。
でも、違った。理解してくれて、従ってもくれる。
モンスターというカテゴライズじゃなく、二人は僕の従者なのだ。「弱肉強食」という本能よりも、僕への信頼を優先してくれた。主人としてこれほどまでに嬉しいことはない。
「頼もしいなぁ、ホント……!」
立ち上がり、ぼくが先頭に立ち、広場に向けて足をすすめる。
気分が高揚しているのか。らしくないけど、口元に勇気を湛えた。
こんなに立派な三人が慕ってくれてるのだ。
主人なら、従者の信頼に応えろ。
「アン、モンド、ダンカン。命令だ──」
彼らの主人たる風格で。
堂々たる存在感で。
「──暴れまわれ」
フォリスの森。全面戦争の始まりだ。




