276 雪山侵略計画
クラディスが従者を増やして、うたた寝をしている時のデュアラル王国では、置いていかれた妹が泣き叫んでいた。
「お兄ちゃんとアンちゃんはっ!?」
「訓練で雪山に行ってるってさ」
「!? なんで、わたしは机に向き合ってるの!?」
「そりゃあ、あんた……私と勉強中だからだろう」
「うえええええぇぇぇぇええ! わたしも!!! わたしも!! 雪山行きたい行きたい行きたい行きたい〜ッ!」
ソバドアは教本から目をあげずに「やかましいねぇ」と呟く。
アルマは椅子から動けないのである。もちろんトイレなどは行けれるが、暴れまわるから縄で縛られている。トイレはソバドアが縄をほどき、ついていき、外で待機。終わったら椅子に座らせて縄を縛る。
ティナから「雪山に行かせた」と言われた時に、ソバドアは縄を購入……しようとして、ティナが何故か縄を持っていたのでそのままそれを活用。
(雪山に行ったと伝える前に縛っておいたけど、正解だったねぇ)
みんなが楽しそうなことしてるのに、自分はなんで勉強ばっかりなの! と永遠にグチグチと呟いてる。暇さえあれば呟いてる。ほんとうに喧しい。
教本が涙でぐっしょりになってりもしたし、暴れすぎて椅子ごと後ろにぶっ倒れたこともあった。そんな世話の焼ける教え子にソバドアも呆れながらも、教えることを止めることはなかった。
「…………でも、帰ってきたら、びっくりさせるもん。がんばるもん……」
頬を膨らませ、ズビズビいいながら机にかじりつく。
結局は机に向き合い「遊べない」ことを原動力にして、勉強に真摯に向き合うのだ。
(勉強が終わったときの反動が凄そうだけど、しったこっちゃない)
ソバドアはシワを寄せて笑う。
「さぁ、やるよ。今日やるのは、降霊術の話さね」
目を輝かせて食い入るように勉強する教え子と、どこか楽しそうに教える先生の光景は、今日も変わらない。
◇◇◇
雪山のサバイバルも慣れてきた。というか、初日から食糧問題と宿問題を解決したからなんかのぺっとしていた。
「楽勝じゃ~ん!」と腕を組んで鼻を鳴らしてみた。
それがつい先程のこと。
が、あの先生のことだ。何か送り込んだワケがあるのだろうと思っていたら……おそらく、これがティナ先生が僕たちを森に放り込んだ理由だというのが出てきた。
「ダンジョン上にいるモンスター……本当に、ソイツなんだね?」
モンドに問うと頷かれた。
そっかぁ。そっかぁ〜…………きっついなぁ。
「でも、旦那や姉御がいたら殺せると思うんだがなぁ」
ダンカンのいう「姉御」とはアンのことだ。この前、二人が戦っていてアンがダンカンに勝利。それ以来、アンは「ぼくの隣りにいる奴」ではなく「アンという強い奴」と認識されたらしい。
弱肉強食の世界で生きてきたモンスターは『強弱』はつまるところの優劣であると判断する。これで、アンに勝ってたら調子に乗ってたんだろうなぁ〜っと、話が脱線した。
「間違いなく無理だよ。ぼくやアンでもソイツには勝てない」
「断言できるんですかい?」
「できる。今の僕たちでは……ワタリガラス──レイヴンには勝てない」
ダンジョン上にいるモンスターは『渡黒烏』らしい。それも、ただのレイヴンではない。
「冬季のレイヴンは産卵期に入ってる。だから、なおさら無理だ」
苦い顔でそう話していると、アンが挙手。なにかね、アン君。
「あるじ。その、産卵っというのは……温かい時期にするものじゃあ」
うむ。よい質問だ。というか、普通はそう思います。ぼくもそうです。
「レイヴンは違うんだ。強い子どもを生むためにわざわざ厳しい状況下で産卵と子育てをする。……そのせいで、数が少ないんだけどね。彼らのポリシーというか、誇りというか、そういうのだと思う」
実際問題、レイヴンの産卵が上手くいくことは多くない。
鳥類や獣類は冬季の間は「弱体化」をする。それはレイヴンも例外じゃない。あのペルシェトさんでさえ「冬が来たらなにもする気がにゃーーーー!」と叫んでいた。まぁ、仕事は押し付けられてたけど。
話を整理すると、渡黒鴉の産卵期は、産卵で弱った身体>そこに冬季が直撃で更に弱体化>卵を護りながら、外敵と戦う……というなんともハードな子育てをしている。
コレ、子どもがきついというか、親鳥の方がきっついのだ。
ましてや、オスのレイヴンはちゃっかり冬の間はどっか行く。出稼ぎだかなんか。いやいや、メスの子育てに参加したまえ……っていう感じ。
「そんなレイヴンだけど、この時期はやっぱり凶暴化してる。そうでもしなきゃ、子どもを護れないからなんだけど」
その凶暴化の最中、自分の卵にまで攻撃が当たって──……なんてのは、ない話じゃない。
レイヴンよ。もっと、こう、自分に優しくはしないのかね。
これを勉強会で学んだときの衝撃は忘れられなかった。だからよく覚えてる。
「というか、レイヴンがダンジョンの上に巣食うなんて……聞いたことないけど」
「わたりがらすっていってますもんね。ふらふらしてそう」
「本来はそのハズなんだよ。でも……まぁ、子育て中はいるって感じなのかな……でも、縄張りを持ってるんでしょ?」
「冬が終わればどこかに行くんですが」
「冬限定の縄張りだってー? 贅沢だなぁ」
ダンジョンの上にはデッカイ木が生えてる。
危なくなったら木の上に逃げたらいいだろうし、雪もそこまで積もることはなさそう。魔素も濃いから、レイヴンほどのモンスターなら居心地もいい、か。
「アレのせいじゃないですかい?」
「あれ?」
「ダンジョンの上にある物を取りに、只人共が来ることがありますよ。なぁ?」
「そうだな。わたしらには何がいいのかわからないが、只人たちにとっては特別な何かなのかもしれません」
「ふーん……なに、いいモノでもあるの?」
「薬草だと聞いたことはあります」
「こういう形の奴だったと思うぞ」
ダンカンが空に指でなぞる。えーと、どこかで見た気がする……。
雪山、ダンジョンの上、その形……もしかして。
「…………いや、あるかもしれないな」
ぼくはつけていた手袋をはぐり、みんなにその火傷痕を見せた。
ダンカンとモンドの顔がひきつる。自分は慣れたが、まだまだ痛々しいそれは、魔族との戦闘で負った傷だ。
「これを治せる薬草かもしれない。ジヒル草というらしいんだけど」
「なら、なおさらレイヴンを倒さねぇとですよ。アイツぁソレを護ってるんです」
「護ってるって……なんで──あ、……もしかして」
使い方を知っているから……か?
レイヴンは狡猾で、頭が良い。現実世界でも「カラス」は頭がいいと言われていた。ソイツよりも大きく、時には人間の言葉を喋ることもあるという。
使い方や効能を知っていて、傷の治癒に使えるのだとしたら……レイヴンがそれを独り占めにする理由も分かる。
ほとんどのモンスターはそれの使い方なぞ知らないから、傷を負った場合であっても……ただでさえ強いレイヴンが、なんどでも復活する、と。
「…………最悪だなぁ……」
いよいよ、ダンジョン上まで縄張りを広げるって言ったぼくの言葉が浅はかに聞こえてくる。
「先生……この訓練、無理だと思うんですが……」
弱音を吐くぼくの肩にダンカンは手を伸ばし、モンドは鼻をこすりつけ、アンはお腹に抱きついてきた。
「「「考える前に、やってみましょう!」」」
「…………まぁ、そう、だけどサ」
ぼくのお仲間さんは心強いよ、ホント。
どのみち……ぼくのこの手を治すにはその薬草が必要だ。
レイヴンか……どうなることやら。




