273 成長期到来かも
真暗いところで目を覚ました。
足の裏が地面についているんだけど、浮いているような気もする。水の中にいるみたいだ。
暗いと思っていたけどそれにしては視界は通っているような気もする。これは夜というよりも光のない空間という表現が似つかわしい。
ひどく寒くて、でも体の内側は温かく感じる。
どこか居心地がいいような気さえし始めた。実家に帰ってきた感覚とは異なり、どうにも言語化はしにくいのだが、初めて来たような場所ではないと感じた。
──ここはどこだろうか。
息を吸い込むと鼻の上奥に霜がつくほど寒い。
暗がりと表現するには複雑。雪山の夜、と表現するのがいいか。下が白色で上が黒。その境目がグラデーションとなっている。相変わらず光は届いていない。
──また、夢かな。これは。
意識がはっきりしているのに現実味がない感じ。最近はなかったけど、転生した辺りはちょくちょくあったヤツ。また誰かの記憶でも入り混じってるのか?
──ガンッ──
音だ。
乾いた音がなった。ぼくの真後ろから。
「……振り返らないで」
低いところから声が聞こえ、身体の身動きが止まった。いや、止まる必要があると感じたというのが正しいか。逆らったらダメな気がした、というか。
──振り向いてはいけない、という意識がある。
ややあって、先程の声が向けられているのは誰かではなく、『ぼく』に対してだと気づく。
身動きを取ることを放棄し、肩の力を抜いて、ぼくは口を開く。
「キミは……なんだい」
声が出たことに驚いた。今まではこんなことは無かったはずだ。
今までは「記憶の追体験」という状態だったというのに、これはまるで──
「順調みたいだね。よかった」
自分の腰よりも下からの声。位置的に座っているのだろうと分かる。
「順調って……」
──ガタッ。ガンガンッ──
「……この音はなにかな」
今度は2回音がなった。聞き覚えがあるようで、でも身近にはなかったような気がする。そんな音がしている。
木の音にも似てる。でも、重たい音だ。金物でも着いているのかな。
「あまり急ぎすぎず……でも、焦る気持ちは忘れずに──ね」
最後に聞こえた声は、耳元で聞こえた。
その瞬間、トンッと撫でるように腰を押されて──
「……あ」
ちゅんっ、ちゅんっ。
どこかで小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「ここって──」
見上げた天井は少し暗く、それでも壁と壁の隙間からは日差しが斜めに差し込んできてて、隅には元気の良い雑草が頑張って生えてきている。
間隔を空けて天井を支える柱は途中で折れ曲がっていたり、隙間を雑草に侵食されていたり。ぼくはここを知っている。
「砦……の中で」
もぞ、と体を動かすと自分の服以外の重みを感じて。
「?」
お腹辺りにかけられているのは、ぽかぽかで温かい……ちょっと血が着いたままの外套。王様でも着ていたのかと思うけど、それにしては質素で、汚くて、ちょっと臭い。
「……だれの服だ? ケトス……? イブ……いや、どのみち洗濯しないとぉゔゔ、さゔ……寒すぎる……」
ブルッと寒さで身を震わせ、ちょうどよいからこの外套を着込もうとして……はたと動きを止めた。
「……あれ」
スンッと意識が、身体に戻ったような感覚があった。
赤ちゃんに自我が芽生えるように、どこかふわふわと浮いていたのが身体にピタとハマった、と感じた。
「…………なんか、忘れてる気がする」
なんで寝てるんだっけ。
なんで、砦の中にいて……さっきまで、なにしてたっけ。
で、この外套って……。
「……あぇ、ちょっーーと、まって……!?」
やばいやばい。
何もわからない。
「ちょっと待てっ!?」
なんだこれ。
おかしい。分からない。いや、何がわからないとかじゃなくて、なにかが分からない。分かってることをとりあえず並べていくしか……!
「僕の名前だっ、とりあえず、えーと。クラディス・ヘイ・アルジェント……で。うん、そうだ。それで、それで……アルマさんだ。妹。うん。佳奈が転生者になってアルマさん。あってる。そうだー……よな。うん、で、アンが……転生者の子どもで……えーーと、そうだ!」
ぽんっと手をうった。
「契約をして、寝てたのか!! なーんだ。で、コレはゴブリンキングが羽織ってたマント! だから臭いんだ!」
一瞬、なにかすごいことを忘れていたような気がしたけど、これで全部思い出せれたハズ。
「ごめんよ。イブ、ケトス……臭いとか思ってた訳じゃないんだ。時々野生臭かったのはそうだけど、まぁ、なんにせよ良かった〜」
安堵も安堵。さっきまで夢見心地だったのかな。なんだあの感覚ぅ……怖すぎるだろ。
「はあ〜……えーと、じゃあぼくは……ゴブリンキングを倒して、ウルフとゴブリン達と契約して、意識がぶっ飛んで……だな。うん。忘れてることは、ないな?」
無意識に腰辺りを擦って──違和感を感じた。
「……硬い床で寝てたからか、なんか感触がおかしい……気が」
まぁいいか。ストレッチをしたらいいだろう。
そのまま立ち上がり、一歩前に進んでみる。
うん、大丈夫だ。問題ない。腰痛とか寝違いとかそういう類のじゃないな。
──ガタッ。
「!?」
咄嗟に身構えた視線の先、そこには──ゴン、ゴンッ。ギィ──……と。
「あ、あるじ! おはようございます! 目が覚めましたか!」
「……う、うん。おはよう、アン」
アンが砦の木の扉を開けて入ってきていた。
なんだ、扉の音だったのか。
(…………あれ、なんでびっくりしてんだろ)
どこかで聞いた気がした音と似ている気がした。
なんだか汗もかいてるし。
ゴブリンに案内されて砦には入ってきた時に……かな、うん。多分、そうだ。そうじゃなきゃ……だって──
「……」
……身体がおかしいな、さっきから。
この違和感は、なんなんだ? さっきの喪失感となにか関係が……?
「あるじ? どうされました?」
「いや……なんか、よくわからないんだけど……って──」
ぱっと目を上げて、アンを見て、首を捻った。
「ん〜……と、アレ? アンさ……ちょっとこっちに来て?」
「? は、はい」
ちょいちょいと手招きしてアンに近づいてきてもらう。
「アレ? あるじ……」
すると、アンもなにかに気付いようで小走りに近づいてきて、体を密着するくらいに近づいてもらって……。アンは、いつもよりも気持ち高くぼくを見上げた。
「……?」
「……えーーっと?」
ぼくのお腹にアンの胸が当たり、鎖骨辺りに頭が来る。その撫でやすい位置にある頭に手を置いた。アンはアンで僕の背中に手を回してみていつもと具合を確かめて……。
二人して、うん、と頷いた。
「あるじ……ちょっと大きくなってません?」
「だよね。……大きくなってる」
意味がわからないが、本当にそうなんだ。気の所為ってレベルじゃあない。これは、ほんとうに大きくなってる……けど。
えーと、なんで……? 成長期ですか?




