267 幼女の鬼からの課題
ティナ先生とアンが訓練しているのは【イニシアの森】。前に僕も訓練してた森だ。懐かしい。たまに佳奈もそっちに行ってるみたいな話も聞いたけど、どうなんだろう。
中に入っていくと王国に張られている結界の検知外になるので、アルマさんでも存分に魔法を使うことができる。
ネクロマンスは闇属性魔法にジャンル分けされるって言ってたからなぁ。下手に王国から「むっ、何奴」って来られると困るのはそうだ。
「はあ〜、みんな遅いなぁ」
いつもより訓練が早く終わったから家でゆっくりしてるとドアが開かれて、ボロボロのアンが放り投げられた。
「え」
「……」
「死んでる……?」
うんともすんとも言わないアン。玄関にうつ伏せのままではよくないと、仰向けにして猫のように引きずっている居間の方へ連れて行ってると、少し遅れてティナ先生が顔を出してきた。
「おぉ、今日は早いんじゃな」
「ナグモさんが水薬を切らしてみたいで」
泥だらけなところを見るに訓練の大変さを感じる。ぼくとしては野球部の保護者の気分です。洗濯モノが大変なんです。
「それで、あのぉ……」アンの方をちらと見た。「生きてますよね?」
脇を抱えてソファに寝かしたアンは、泥のように眠っている。
「息はしとるじゃろ? 魔素ロストじゃ。持久力は着いてきとるが……。そこの阿呆は、加減をしらんらしい」
「……そうですか」
「ソヤツの使う技はどれも上等じゃ。が、身体と釣り合っとらん。反動で動けなんだり、魔素が尽きたりと……短期で終わる戦闘には向いとるじゃろうが、持久戦になればすぐに終わる。闘技場の戦士なんかには向いとるんじゃないか?」
適当な椅子を引いて足を組んだ先生の指摘が的確すぎて何も言えない。
アンはもともと、闘技場で『最強の少女』『不堕姫』と呼ばれていた戦士だ。
闘技場の戦闘自体、長引くことってことが滅多に無いと思う。一応は『見世物』だから、運営側が長引いた場合になにか対処をしたりするのだろう。
「で、ナグモから話は聞いとるか?」
「はい。ナグモさんがギルドの仕事で遠方に行くと」
「うむ」
「それで、ぼくもティナ先生に教わるという形になるみたいな話は」
「ふむ。その話なんじゃがなぁ」
家の中で泥を払いながら、ティナ先生は考える。
ちょっと掃除が大変だなぁ、と視線を落としたけどそんなことはいまはどうでもいい。訓練内容の発表の方が大事だ。
「……んー、二人の面倒をみることはできるが、ちくと面白いことをしてみようとは思うとる」
「面白いこと……っていうのは?」
ぼくが聞く前には先生は耳に手を当てて誰かと連絡を取り始めていた。
山、そうだ。頼む。そんな短い話をすると、アンとぼくをどこかから出した縄で縛った。
「えっと……」
「武器は持っとるじゃろ?」
「は、はい。持ってますけど……」
「そやつも武器はある。ならよしじゃ──行くぞ」
「え」
そういうと先生はガシッとぼくとアンを担ぎ、
「うわっ!?」
そのまま家を飛び出していった。
◇◇◇
「よし、ここまで来たなら安心じゃな」
ふぅ、と汗を拭うようにキレイなおでこを袖でゴシゴシ。
理由もなく連れてこられたぼくは雪の上で座らされていた。アンは隣に投げられてる。
「あの……先生? これって」
「訓練じゃ」
これで訓練……。
縄で縛られて、山の中、雪の上……。
「……ま、まさかっ、手足が縛られたままモンスターと」
「違うわ。そんな訓練なんぞするやつは阿呆じゃ」
やりかねないと思ったけど違うのか。まぁ、たしかに非合理というかなんというか。さすがの先生でもそんなことまではやらないだろう。
「今回の訓練はサバイバルじゃな」
「サバイバルか〜、なーんだ」
サバイバルだったら……って。
「サバイバル……?」
「フフフ」
あ、すっごく悪い顔してる。楽しみだろう? みたいな顔してこっちをみなくても。
「今回の訓練は簡単じゃ。雪山でサバイバルをする。そして、その雪山の長になって帰ってくる。な? 簡単じゃろう?」
「簡単っていうんですか、それ?」
「じゃ。単純明快じゃろう。モンスターをボコボコにして、サバイバルをすればええだけじゃぞ」
「何回聞いても簡単な要素が無いと思うんですが……」
「そうか? そうか……ふむ。まぁ、大丈夫じゃろう。じゃあ、ユラ頼んだぞ」
耳に手を当て、どこかを見上げた先生。
「ユラ……?」
誰だ? 聞いたことがない名前だけど。
すると、ぼくとアンの足元に魔法陣が浮かび上がった。見たことのない転移……いや、似たのは一度、見たことがある。
「これ、転移の……」
「お。よく気付いたな」
「ってことは……雪山ってココじゃなく……」
「もちろんじゃろう。こんな場所じゃあすぐに終わる。そんなのは面白くないじゃろうが!」
腰に手を当てて、二つのおさげを揺らして笑った。
「頑張るんじゃぞ〜、あとそのクソガキにもちゃんと説明するんじゃぞ〜!」
先生に見送られ、妖精の尻尾のような明かりが上方向に無数に登り始めたかと思うと──気がつけば、辺り一面真っ白な場所に移動させられていた。
「えーと」
横を向いても誰もいない。上を向いても。下には雪があるし、斜め下には寝てるアンがいるけど。
「急すぎません……?」
この手の無茶振りは慣れっこだと思っていたのに。
「せめて……なんか、案内人とか……そういうの……ほしいなぁ」
先生のことを分かっていたつもりだったが、そうか、そうだよな。
まだまだぼくもアマちゃんか。




