266 ナグモさんが出張をするみたい
2人が順調に成長をしているという報告を受け、身体を休めながらの訓練でぼくは密かに挑戦をしてみたいことがあった。なので、いつもより早く訓練場に足を運び、扉を閉める。
(ナグモさんはまだ来ていないな……よし)
眼帯を外して集中──あの魔族を倒したときの感覚を思い出す。
「すぅ……ふぅ」
眼帯が原因で僕の魔素の放出が抑えられていたのが分かった。魔族との戦闘時は眼帯をしていなかったから、素の能力で戦うことができていたのだ。
まずは武器に魔素を纏う。クルッと取り出したホワイトボグの短剣に魔素をまとわせる。
「うん。できる。できる……し、いいな」
ブンブンッと振って、自分に傷が付かないように伸び縮みも自由自在。
振りかぶるときは短く、敵に向ける時に長く──……。
「で、このまま」
ダンッと踏み込んだ時に、魔素を左右に伸ばしてみせる。
背後から斜め前へと伸びる白い魔素は、クワガタの角のように先端でクイと曲がって【仮想敵】を挟み込むように。
武器を振るう。もう片方の手にも質素な短剣を召喚し、魔素をまとわせ──白い魔素から魔法陣を作りあげるように命令を飛ばす。
「纏え」
手前から奥へ。命令が届くと呼応し、大小様々で簡易的な魔法陣が出来上がった。それら全ては初級魔法だ。
(こればかりは質を高めるというよりかは量で勝負だな)
武器での乱舞も止めぬように、回転しながら斬りつけるように短剣を振るい。
「行け」
号令の元、魔法陣から魔法が襲いかかる。脳内で戦っていた【仮想敵】はそれらを弾き、距離を取ろうとした。
(武器を抑えないと──)
魔法を弾けないように【仮想敵】の武器を抑え、行動を制限させる必要。伊達に手数が多い訳じゃない。双剣のメリットを使え。
左手を順手から逆手に変え、身体を低くしながら斬りつける。その背後から再び魔素を伸ばして、風刃だけに限定して顔に向けて放った。
【仮想敵】はそれに一瞬だけ、視線が持っていかれる。
「……身体強化」
──背後に回り、風刃と挟み込むように切りつけた。
「うん。傷が着く……はず」
勝手に作り上げたイメージ内のナグモさんの頬や肩に傷を付けることができた。ただの妄想に過ぎないが、これでもユニークスキル達が今までのナグモさんの情報を元に作り出したものだ。現実に近い動きをしてくれる。
「ふぅ……で、あとは。やっぱり、アレだよな──」
ガララララララ。扉の開く音が聞こえた。
「あ、クラディス様。いらっしゃったんですね」
「ちょっと準備をしてまして」
ナグモさんが登場したことで、やろうとしていたことを止めた。魔素の無駄遣いで負けたってなると恥ずかしいから。
「それはそれは……なんの準備ですか?」
「……今日こそは、負けてもらおうかと思って」
「!」
興味ありげに聞かれた問いに強気な発言で返す。こうするとナグモさんはいつもよりも攻撃的になるのを知っている。さっきの仮想ナグモさんはどちらかというと、攻撃的だったからな。
「クラディス様が……強気になられておられる……これは成長ですね。涙が溢れてきそうです」
「その割には、ボコボコにしたいって顔してますよ」
「年上の者の仕事は、後続に大きな背中を見せることだと思っています。上ばっかり見ている若者の顎を降ろさせることくらいはさせていただかないと」
それっぽいことを言っているが、要するに「調子に乗るな」ということである。ナグモさんは武器庫から適当な木剣を取り出し、構えた。ぼくは本物の剣を両手で構える。
「そんなに自信があるんです。今日こそは成長をみせてくださいね?」
「まかせてください。絶対にその余裕そうな顔を歪めてやりますよ」
「期待させることばかり……今日は一味違いますね。では、来なさい」
ブアッとナグモさんの間合いが一瞬にして感知できて、いつもよりも広く感じた。
足元を見ると、その円の中に片足が既に入っていて。
「──?」
キロッと真下を見る。
そんな一秒にも満たない隙の間に、木剣は目の前に届いていた。
「え」
心地の良い音が訓練場に響き渡った。
そう。
ボロ負けである。
◇◇◇
「なぐもさんが測定員に?」
「測定員というよりも、監督官です。はい、水薬を」
「あ、ありがとうございます」
訓練も終わり、反省タイムに入ったところでナグモさんから報告があった。とりあえず、水薬を飲む。うん、美味しくはない。でも慣れたもんだ。
結局、練習してたことが一個もできなかった。仮想ナグモさんよりも早く動くってことは出力を上げたに違いない。
自主練のときは仮想ナグモさんを越えるために自主練してるんだけどなぁ……次あったときはもっと強くなってるんだからたまったもんじゃない。
「監督官っていうのは……アレですよね? ダンジョンの」
「それです。上位ダンジョンに潜っていたアサルトリアの方へと」
アサルトリア?
「……なにかあったんですか?」
「なにかあってからじゃ遅いので。わたしがダンジョン上のモンスターの掃除をすることになったんですよ」
なんだ、よかった。何かあったのかと思った。
水薬が逆流してきた。げほっ、うっ苦ッ。
「ギルド職員の中でも腕っぷしが強いのを向かわせていたんですが、やはり上位ダンジョン。外にいるモンスターも強いのが多いと連絡がありまして。毎年私が向かっていたので、今年はサボれると思っていたのですが……残念です」
「けほっ……たしかに、ナグモさんは適任な気がします」
ナグモさん以外でも強い人はたくさんいる。けど、やっぱりこの人が一番強い。 ムロさんとも知り合いだし、この人も昔は有名な冒険者とか剣豪っ! みたいな感じだったのかな。
「それで私がいない間の訓練なんですが」
「休みですか?」
「いえ、ティナちゃん先生のところに行ってください。連絡はしています」
「? でもティナ先生はいま、アンの訓練をしてて」
「ですのでティナちゃんが色々と考えてくださいましたよ。お二人に最適な訓練方法ってやつをね」
ナグモさんにそう言われ、訓練場をあとにした。ナグモさんはもう少し残っていくらしい。
「ティナ先生の訓練かぁ」
どんな感じになるんだろう。前みたいに魔素を使わないようにして、訓練しろって言ってくるのかな。
アンの方は毎日ボロボロになって帰ってくるし、ずっと悔しそうにブツブツと恨み言を言っているから順調そうではある。
「あ。クラディス君いたいた」
曲がり角を歩いてきたペルシェトさんと遭遇。
「もう訓練は終わり?」
「はい。今日はちょっと早めに終わりました。水薬が切れてたらしくて」
「あ、そうなんだ。へへ。でも、役に立ってるみたいで嬉しいな。わたしはこうみえて薬学にもある程度精通してるからねっ」
胸を張って、嬉しそうに耳がぴょこぴょこと動いている。
ペルシェトさん。今さっきのはアレです。嫌味みたいなもんなんです。すみません。いつもは水薬をぶっかけられて起こされてるんです。それが今日はなかったってだけで。
「それで……ぼくを探してたんですか?」
「そうそう。あれからクラディス君の右手のことを調べてたんだよ。まだ手袋してるもんね。片手手袋。なんかカッコイイよね」
「……かっこいいですか? これ」
右手だけに黒い手袋をはめてる。武器の握りを損なわないように、執事とかがつけてるような手袋だ。
見られて困るものではないだろうけど、傷跡を外に出しながら歩きたくないからな。
「それについて調べてたんだけど、やっぱり魔族の『魔障』に近いみたい」
「やっぱりそうなりますよね」
原因は分かってる。アルマ姉さん──佳奈か。佳奈の召喚したボルル君のあの黒炎だ。
ということは……あの黒炎は炎と魔素が入り混じっていたと見るのがいいのか。
魔法の原理も知らずに使ってたことになるし、絶えず燃えていたことを見ると、燃料の魔素がずっとあそこにあって。切りつけた相手に侵食するって感じかな。……意図してないのにグロイことする。
「じゃあ、治す方法は。やっぱり浄化とかになるんですか?」
「う〜ん。そうなんだけど、やっぱりギュッて魔素が集まってることで結晶化に近くなってるんだよぉ」
「魔石、みたいな感じです?」
「そう。見た目はただの火傷跡みたいな感じなんだけど……違う。すっごいパワーを感じる。今までこんなのは見たことがないんだよねぇ……」
ペルシェトさんは手袋をはぐり、火傷痕をなぞった。痛みなんて無いのは知ってるから、ぼくも一緒にジロジロと。
「治すとなれば考えられるのは薬草の類になる。といっても可能性はそこまでは高くないけど」
「薬草……」
ヒソト草を思い出した。でも、アレで治るとは思えない。
「その薬草はダンジョン上に咲く奴ね。ダンジョンの魔素をふんだんに吸い上げて成長してる。その薬草は治癒効果ももちろんだけど、魔素を吸い上げることもある。可能性としてはソレになるかな」
「その薬草の名前をお伺いしても?」
「ジヒル。見た目はちょっと花が膨らんでるような形してる」
手を動かして見せてくれる。なにそれ、チューリップですか。
鑑定があるから大丈夫だろうけど、ダンジョン上か。
「いま、ダンジョンに行ってるギルド職員にはちょっと探してみてくれ〜って頼んでるところ。ナグモさんも行くみたいだからちょっと言ってみた」
「! ありがとうございます」
「でもなぁ〜、なっかなか咲かないから厳しいかも。まぁ、話半分な感じで覚えてくれてたらありがたい」
その報告をしにきたのだ! とブイッと指を立てて、ペルシェトさんはそのまま訓練場を覗きに行っていた。
わざわざ報告をしに来てくれたのかと思ってたら、ナグモさんとなにかするついでか。
「この右手、治るのか」
魔障。結晶化。魔石……。様々な名前が付けることができるが、人体には悪影響を及ぼすのはそう。治した方がいいものではある。
だが、ノアの言っていた言葉がずっと頭から離れてくれない。
「力の種……」
強くなろうとしている僕に、その言葉はとても魅力的に聞こえる。
……これは、治した方がいいものなのだろうか。




