263 ティナ先生は教え子を増やすつもり
わいわい騒いでいるとスタッフルームから追い出されたので、僕たちは下の訓練場へと歩いてきた。
なら私も……と席を立って着いてこようとしたナグモさんは、丸さんや他の職員たちに首根っこを捕まえられて、椅子に座らされていた。
仕事中だから仕方ない。ペルシェトさんもゾンビのように働いてたし……頑張ってください。
ガラガラと扉を開けて、中に入った先生は木剣や木槍などを確かめながらうなずいていた。
「そういえば先生、今回の滞在中は訓練などは」
「む?」
「いや、せっかく先生がいるなら手ほどきをしてほしいなぁって……」
実際、あの過酷な訓練で成長ができた実感がある。
まだまだぼくは弱いってことを最近は自覚することが増えた。ちょっと熟れてきたからこそ、実感することも多い。先生が暇なら、と思っていたのだが。
「いや、今回お主のことはナグモに任せることにした」
「そうですか……残念です」
「あれだけ扱いて、まだやろうと言えるとはな……優秀な教え子でよろしい!」
クスと笑うティナ先生は、目をぼくの後方に向けた。
「今回、ワタシが訓練をするのは……お主だ。森護黒半人」
「わたし……?」
「あぁ」
指をさされるとは思ってなかったアンは、緊張感のある表情を浮かべた。ティナ先生の話は何度もしてきた。その人に指名されることの意味をわかったのだろう。
「拳殻の使い手は以前の教えたことがある。お主みたいな生意気な顔をする小僧に教えておったわ。どうじゃ、やるか?」
「……あるじ」
「自分で決めろ。なにもかもクラディスに委ねるな。せんならせんでええ。するならする」
目線だけでこちらに反応を求めてきた。自分のことは自分で決める。でも、アンはぼくの従者という立ち位置にいる。
訓練となれば、一緒にいる時間も少なくなるだろう。
「……」
だからこそ、ぼくはコクリとうなずいてみせた。
やってみないとわからないことがある。それに停滞は維持ではなく、退化だと知っている。
周りが前に前にと進む中、一人だけ立ち止まると位置は段々と遠のいていくのだ。
「やる。ちょうど、自分の弱さに辟易してたところなのだ」
「よし」
「だが、わたしよりも弱いやつの指導は受けたくないのでな」
「ほお!」
スッと拳殻を装備したアンに先生は大喜び。手を大きく振って、二本の槍を召喚すると満面の笑みで。
「そうこないとな。生意気なガキは好きだぞ……!」
次の瞬間には、訓練場で繰り広げられた戦闘。アンと先生のどっちが勝つのかを見届けたいと思っていたら、鞄の通信魔道具が反応していることに気づいた。
「ん。あ、アルマから。はい、もしもし?」
『ぐぇ。お兄ちゃんっ……うぇぇぇっ』
「おう……どうしたどうした」
後ろでは知らない人の声が微かに聞こえてくる。これが話にあった新しい先生とやらかな? ちょっと年配の女性って感じか。
『新しく来た先生、びっくりするくらい、こわくて、ちょっと、心が──おい! なにトイレに閉じこもってるんだい! はやくやるよ!? まだ文法に差し掛かってきたところじゃないか!!──うえぇぇええええっ』
当事者たちは真剣なんだろうけど、和むなぁ。
頑張れ。ここを乗り越えたら、強くなるよきっと。
『助けてお兄ちゃん〜!!』
「──佳奈。頑張って。応援してるよ?」
真面目な声でそういうと、佳奈の啜り泣く声だけが聞こえてきた。
『ひぐ、ぐ……うぇ、……ぅん、がんばる』
トイレのドアの開く音が最後に聞こえ、通信魔道具は明かりが消えた。
佳奈も頑張ってる。みんな成長をしようとしている。
(というか、佳奈かアルマかアルマさんか……どっちかで呼ぶの決めとかないとな。たまにブレブレになるし……佳奈にお兄ちゃんって言われるのもなんかなぁー……)
身長が小さいせいで、兄と見られないのがなんとも。
兄妹だからさん付けもおかしな話だしなぁ。アルマって呼ぶ方が自然か。頑張って呼ぶようにしてみるか。
──ズザザザザッザ。
「お」
「くっそ……!!」
いろいろと考えてると、アンが吹き飛ばされて足元に落ちてきた。
身体を起こそうとして力が入らず、また崩れて。悔しそうに歯をきしませている。
「はっはっは! こんなもんか! 鍛えがいのある奴じゃのぉ!」
先生、容赦ないなぁ。まぁ変わってないといえばそうなんだけど。
「アン。大丈夫?」
「あのガキ……強いです……」
めっちゃ悔しそうじゃん。
でも、アンをここまで遠慮なくボコボコにできる人って先生くらいだよな。
「しっかり、鍛えてもらってね」
「……はい!」
こうして、僕たちの訓練は幕を開けた。




