262 新たな先生の登場
「はぁぁぁぁぁっ?」
「はぁぁぁぁぁっ? じゃなくて、家を変えるって話をしたじゃないですか」
「ふんぬぅぅぅ」
「地団駄踏んでもダメです」
「〜……?」
「目をキラキラさせてもダメです」
先生があまりにもぷんすかぷんすかと怒って話を聞いてくれなかったから、ナグモさんの所に連れて行った。
ギルドは相変わらずバタバタとしていて、ダンジョンの計測も第二陣が出発をし始める時期だし、王国襲撃の復興に関するクエストの量が多いとかなんとか。
「じゃあワタシの家はどこじゃ? 今回は連れてきた奴もおるんじゃぞ?」
ドスッと来客用の椅子に腰掛け、足を組んで、うしろ髪を掻く。
うん、ティナ先生は変わりないな。安心安心。
「聞いてます。だから事前に用意をしてますよ、ほら」
鍵を二つ、先生の頭の上にポンっと置いた。
「むっ、二部屋用意してくれたのか」
「それに今回は男性寮じゃなくて女性寮の方にしましたよ」
「おぉ! ナグモにしては気が利くの〜!」
「一応ティナちゃんもそのお連れの方もレディーですからね〜。あ、でもティナちゃんは女児か」
「やかましいぞ」
ナグモさんのスネを蹴る先生だが、お連れの方……が見えないけど。
「先生、そのお連れの方っていうのは今どこに……?」
「うぃ……?」
グニグニとほっぺたを引っ張られていたのから離脱し、更に真っ赤になった頬を抑えつつ。
「少しばかり王国を見て回ると話をしていたぞ、あやつは元々この王国の出らしい」
「迷子とかの心配は、場所とか」
「ないない。場所は伝えておるし、迷子って年齢でもなかろ」
「それなら良かった……」
せっかく来てもらった人が王国内で迷子になっているとなったら、ちょっと申し訳がない気がしてくる。
このタイミングで連れてきてくれた人ってことは……やっぱり、前に話してた人だよな。
……どんな人なのだろうか。
◇◇◇
「あ〜、結構変わってやんの。時代の流れを感じるねぇ」
一人の年老いた女性が服に積もった雪を払いながら、連れの小さな女性が話していた場所に着いた。
広く、がらんとしたエントランス内をキョロキョロと見渡して右通路の二部屋目の部屋前に立った。
言われていた部屋番号107号室ということを確認して、扉をノックすると中からバタバタと走る音が聞こえてきた。
「えっ、もう帰ってきたの!?」
不用心にもガチャっと開いた扉、そしてアルマと老婦人はバチッと目を合わせた。
「あー……? あんたがクラディス?」
「? それは私のお兄ちゃ――弟ですけど」
「……?」
「……?」
お互いがお互いを数秒間見つめると、老婦人は何を思ったか中へ入ろうと体を入れてきた。
「なっ、えっ!? あ、ちょっ!!」
「なんだい、うるさいねぇ。」
「し、知らない人を入れたらダメなんですって!」
──ガチャ!
咄嗟に身体が動いて扉を閉めようとして、老婦人は扉に挟まれた。
「イタタタタタっ!?」
「あっ、ごめ、んなさい」
「ちょ、これから知り合いになるさ! とりあえず寒いから中へ入れておくれ、老体にはこの寒さは堪えるのさ」
「だとしても……」
「いいからっ、扉を占める力を緩めろって言ってんだ! クラディスの姉なんだろう? じゃあ、私を呼んだのはあんただ。いいから中へ入れておくれよ!」
「私を呼んだって……もしかして」
扉を強引に閉めようとしたのをやめて、力を抑えると頭を一発殴られた。
「いっ……」
凄まじい音がなり、咄嗟に両手で頭を抑えると中へと靴を脱いで入っていく老婦人。居間まで歩いていくと中を見渡すと、くるっとアルマの方を振り返った。
「死霊術士のこと、知りたいんだろ? 教えに来てやったよ」
「ほ、ホントですか!!」
「あぁ、これからしばらくの間よろしくな」
優しそうに笑う老婦人にアルマも警戒心を解いて「よろしくお願いします!」と頭を下げた。
アルマと死霊術士の先生が出会っていた一方で、ギルドにいるティナとクラディス達はこんな会話をしていた。
「「良かった」か〜。むー……まぁ……お主はさほど関わらんかもだが、勉強をしたいと言った者はどう思うか知らんぞ?」
スタッフルームの椅子に座り、鍵を指でクルクルと回しているティナがそう言った。
「? どういうことですか?」
「もしかすると、迷子になってそのまま会わない方が良かったって思うかも知らん。なんて言ったらええんか……んーー……」
「……? でも勉強を教えてくれるなら、姉さんも喜ぶと思いますし」
「いや、とりあえず……めっちゃ厳しいぞ、アヤツ」
すごく嫌そうな顔をしながら言われた言葉に、クラディスも顔を引き攣らせた。
あのティナが「厳しい」と言ったのだ。
訓練という名称で行われていたえげつのない行為を笑顔で行っていた女性が言っていい言葉ではない。
「……それは……ちょっと厳しいかもですね」
クラディスは心の中でアルマさんの安否を心配した。
そんな会話が行われていると露も知らないアルマは机に座らされて簡単な説明を受けていた。
「アルマ・ハイドレンジ……ほぉ。じゃあ、アルマだね。アルマ」
「は、はい!」
「いい返事だ。私の名前はソバドア、好きに呼べばいい」
「蕎麦ドア……じゃあ、蕎麦先生って言うのは……」
「ソバ先生か……ふむ、まぁそれでいい」
簡単な自己紹介が終わると、ソバドアは腰に着けていた収納袋から大量の資料を机の上に出していった。それを見てオドオドとするアルマ。
そんな戸惑っていた間に次々に資料が収納袋から召喚されていき、机の上が大量の本と資料で埋まった。
「死霊術士を知りたいって言ったが、今はどこまで知ってる?」
「うぇっ!? えっ、あの、何も知らないです……」
「そうかい、じゃあ最初から――」
指をなぞらせるソバドアを前にして、アルマは頭を伏せた。
「……蕎麦先生、教えてもらう前に、私……文字があまり読めなくて……」
クラディスとの勉強会で、ある程度は読めるようにはなった。
でも、堪能ではない。時々わからなくなることだってある。
自信をもって、できるとは言えないのだ。
「……」
顔を伏せるアルマはソバドアの反応をまつ。
呆れて出ていくだろうか、それとも怒るだろうか。歯を噛み締めて、目を閉じて待っていると、
「なんだ、そうなのかい。だったら文字の勉強からだねぇ」
聞こえてきたのはなんとも柔和な声だった。
「えっ! 怒らないんですか……?」
「はぁ? なんで怒らないといけないんだい?」
「だ、だって……こんな歳なのに文字の読み書きも出来ないって……」
「馬鹿言え、そんなんで怒る訳ないだろう。むしろどこから教えたらいいか分かるから最高さ。私は教えるのが好きだからね、丁度いい」
目をぱちくりとするアルマの額を小突き、出していた資料を一気にしまうと、今度は机の上に紙とペンを用意した。
「文字を書けない、文字を読めない。そんな奴が死霊術士のことを勉強して、理解して、自由に使えるようになったら教えるこっち側からしたら最高じゃないかい?」
「……! はい!」
「その分、本来より厳しめに行くが……それでもいいね? 時間はティナ嬢が滞在するこの冬期の間って聞いてるから、そんなに多くは取れないからね」
「それで、お願いします……!」
頭を下げたアルマにソバドアは皺の寄った笑みを浮かべた。
「最初は老人に暴力を振るうガキかと思ったが、あんたいいじゃないか。気に入ったよ」
二人が打ち解けたことで、アルマの授業が始まった。




