261 ドアノブを壊さないでください……
「……んむ」
【紫蘭之団】になって首飾り貰ったのはいいけどぼく使えないんだよなぁ。
アイリスじゃない状態であれを使ったらケトス考案の影武者作戦が中折になってしまう。
とりあえず来るべき時までお面と一緒に置いておくか。
傭兵と名乗る以上は傭兵組合にも登録をしておかないとダメだけど……それも後でいい。今現在は別にアイリスという存在が欲しいわけではないからな。
「使う時なんか来て欲しくないけど、とりあえず暫くは保留だよ」
小物入れの中にアイリス変身セットを入れておく。とりあえず、なにか「目立つこと」をするときは付けておけばいいんだろう。
「兄さん〜! 今朝来てた新聞にダンジョンの情報がちょっと載ってたよ」
「お、分かった。一緒に見よっか」
開けっ放しだった部屋のドアからひょこっと顔を覗かせた佳奈について行き、居間で新聞を広げて見ることにした。
新聞は文字の勉強として最適かと思って、一つの新聞社と契約を結んでおいた。僕がこの世界に来た時に一度だけ見た新聞を発行してるところ。契約するところは正直、どこでも良かった。
アルマさんも自身の頑張りもあってある程度は文字が読めれるようにはなってきたから、先生活動もあまり忙しくは無くなってきた。
「ダンジョン攻略成功率、前期より低く最低ライン……か」
「うわ……やっぱりそう書いてるよね」
攻略隊として挑んでいる結盟、冒険者パーティーから連絡が帰ってこない。未だに連絡が返ってこないリストの中には、上位迷宮に潜っている『幾千ノ剣』や準上位血盟──『昇華スル者』の名前もあった。
というかこんな字を書くのか。いや、言語理解が誤認識を起こしてる? 分かりやすいように色々と世話を焼いてくれてるみたいだけど……あ、恩寵ノ集ってこういう風に……へー。
見たことのない血盟と、聞いたことのないダンジョンの名前。そこで最後に目に止まったのは──
「えーと、えーと……だんじょん、だめ、ひくい、けつめい、おちた」
「ん、そうそう。読めるようになってきたねぇ」
「えへへ……でも、なんで成功率? が低いの?」
「なんでだろうなぁ。最近は異常事態が多いって聞くからー……」
「オマエのせいじゃないのか?──あるじ、ホットコーヒーを淹れました」
「えぇ!? 私のせいじゃない……と思う、し、いやその前に、コーヒー私の分無いの!?」
「忘れていた、すまないな」
「兄さん!? ちょ、見た!? 聞いた!? アンちゃん酷いんだよ!?」
「忘れてたんだから仕方ないね」
「ふふふ、分かったか」
すごい勝ち誇った顔をしてるアンに「もー!!」と怒るアルマさん。
「じゃ、僕が姉さんの分淹れるよ。待っててね」
「なっ」
「えっ! いいの!? アンちゃーん!! ふふふんっ!」
「くっ……」
新聞の欄もあらかた読んだし、コーヒーのイチャモンをよく付ける姉さんにはアンが面倒くさがるのがよくわかる。
出しても「うぇ、まずい」って素直に言われてたアンは、その日まるごと姉さんをガン無視したことがあった。
すっかりお互いの関係性が出来てるみたいで安心する。
……それにしても、成功率が低いという見出しの少し下にあったあの文章。
『下位ダンジョンの最速記録保持者堕ちる! 狼人族のスケアが率いる6人パーティーが大打撃を受け、中位ダンジョンを断念』
嫌いではあるけど、僕が名前を知ってる数少ない冒険者の内の一つだ。
「大打撃、断念……ね」
詳しくは書かれていないけど、おそらく死者の名前を載せるページを見ると書かれているんだろう。
(普通……そうだよな。ダンジョンが簡単な訳がない。ケトスが特別なだけだ。でも……気の毒だな)
英雄に憧れていた同年代の子ども達。
目立とうとして、頑張って、そして……失敗。
コーヒーを淹れながら考えることじゃないか。雑念は味を損ねるかもしれないしな。
ガチ”ッ”。
「!?」
ガチ”ッ”──ガッガガガアッ。…………。
何の音かと思って玄関を覗き見ると、ドアノブが力いっぱいに捻られたみたいだった。
「えっ……」
コンコンってノック無しでいきなりドアノブを捻るって? こわ……。
その後何回か捻る音が聞こえると音が止んで、ドタドタと足音が階段の方へと向かって行ったのが聞こえた。
「部屋間違い? それにしては容赦ないな……」
この宿舎にはギルドの関係者しか住んでないのだが……。その関係者さん達とも普通に会ったことあるし。
「先程、すごい音がなってましたが……」
「お客さんなのか、不審者かわからない人がドアを開けようとしてたみたい」
「何〜? コーヒーできた?」
「いや、コーヒーはまだだけど……」
そう言いかけ、足音がまた聞こえて来たので静かにするようにジェスチャーで伝えると、再びドアノブがガチャガチャと捻られる音が聞こえる。
結構本気で開けようとしてるのが伝わってくるな……。
「おいっ! 開けっ、この……!」
静かにしていると今度はドアの向こう側から声が聞こえ、必死にドアノブと格闘をし始めた。
……聞き覚えのある声、いや、でも……。
「くそっ、なぜワタシがこの鉄の塊ごときに翻弄されねばならんのだ……、壊す? いやしかし……ナグモに怒られるな……」
あ、やっぱりこの声……。
「なぜ開かんのだ!! もう知らんぞ! 帰るぞ!? あー、よし、分かった。この鉄の塊め、勝手に鍵を閉め――」
玄関まで走っていって扉を開くと、やっぱり思っていた人の姿があった。
「先生! お久しぶりです」
「て…………?」
扉を開けるとティナ先生の姿があり、僕の顔を見ると凍ったように静止。
「なっ、なっなぁぁぁぁぁっ!!!」
「ぅぐっ」
顔に飛びかかってきて玄関に思いっきり背中をぶつけた。
「クラディス!!! いるならなぜすぐに扉を開けなんだ!!!」
鼻水がズビズビと啜りながら、頬がりんごのように赤くなっている。
「いや、不審者かと……」
「お主ッ!? 先生を引っ捕まえて不審者じゃと!!?」
手をグイと引っ張られたり、頬をつねられたりした。手が冷たいっ……。
「き、貴様っ! あるじになにを……!!」
「あ、アン落ち着いて。……この人、僕の先生」
僕の上に乗っかってる先生を剥がそうとしていたアンに紹介すると、先生と目がバチッと合ってるのが下から見えた。
しばし、お互いを確かめるような時間が空くと。
「お前が……魔素無しで訓練をさせたっていう……」
「ほぉ? ワタシに向かって「おまえ」とな。いい度胸をしてる」
ぼくの中で最強格の二人がバチバチと火花を散らす光景にどぎまぎ。
「ちょ、そんなバチバチしなくても。先生も。そもそも何か御用事があったんじゃないんですか?」
「用など決まっておるだろ、ここはワタシが寝泊まりする場所だったのだ」
先生の言った言葉にアンと顔を合わせた。なにそれそんな話きいたことないけど……。
「あ」
まて。掃除した。アンを家に招いた時に、部屋を先生が使っていたところを使っていいって言われて掃除した記憶がある。
もしかして……連絡ナシで?
ムゥと不機嫌なティナ先生と目を合わせていると、奥の方からドタドタと足音が聞こえてきた。
「お、お兄ちゃんを離せッ! このっ……ふっ、不審者!!」
遅れて出てきた佳奈はフライパンを持って戦闘態勢だった。
やめておくれ。それは調理器具です。




