258 監査長の来訪
『はっ、お前、なんで……お前は確実に俺様が殺したはず……!!!』
プライドに傷がついた魔族が、自らの核に穴を開けた。
『ぐっ、ぎぃ……ッ!!』
核に溜まっていたエネルギーが魔族の身体を黒く染め上げ、赤かった肌が黒く染まっていく。そして全てが黒く染まった時、それは起こる。
魔力の暴走。──いわゆる、自爆だ。
リリーが気づき、二つに切り分けなければ、黒化の進行はリリー、ケトス、クラディスの退避よりも早く、自爆までのタイムリミットを幾分か早めただろう。
「…………いまので、最後、か」
全ての魔族が死んだのを確認すると、赤髪の上位魔族は開いていた全ての半透明のボードを閉じた。
被害十分。戦力のことも概ね把握できた。としても、下位魔族では使い物にならないということも理解できた。
その魔族は耳元に手を当てて、小さな魔法陣を展開。遠く離れた場所の人物に通信をつなげると、話し始めた。
「はい。今、終わりました」
向こう側の声は聞こえない。が、この襲撃の報告をしているようだ。
「えぇ、戦力と伝言を伝えて起きました……」
手を耳に当てたまま、横目で崖を見やる。
「……いいえ、使った魔族は南東のビッチのところの蛆虫どもです。こちらのは使ってません」
強い言葉が並べるが、声色は感情の起伏が感じられないまま。
「向こうの龍達が眠りから起きたようで、こちら来た時に、下位種が後ろをついてきて――えぇ、えぇ。そうです――頭を少し弄って下僕にしておきました。全部死にましたが」
──。
「え? あぁ、声を変えているのは先程まで元帥と話をしていたからです。それに、今も……」
気配をほとんど隠していたソレを感知し、その魔族は足をカンっと慣らした。それによって膨張するように広がったのは水色の結界。
「……」
その結界が張られると岩場の影に隠されていた魔法陣が消えていった。
「色々と細かい元帥殿なようで、今から拠点に帰ります。我が主──破壊者様」
最後、変声の術が解けて落ち着いた女性の声に戻り、空間の亀裂の中に消えていった。
それらを傍聴していたルルはペンを放り投げていた。ほとんど情報なんて得られなかった。この紙もペンも不要だったじゃないか。
鼻を鳴らしながら椅子にどかっと座り、腕を組んだ。
「……何が風邪だっての」
15個配置していた音声傍受の内14個が先の結界で律儀に壊された。
が、崖下に防護魔法と隠匿魔法を複数施していた残った唯一のでその声をキャッチすることに成功。
気がついていなかった……訳ではないだろう。
「最後の一個も絶対気づいてたな。魔王側の音声を全部聞こえないようにしてたし、あーやだやだ」
得た情報は少ないが、今後の魔族の照合のためにその魔司者のデータを解析班に回す必要がある。
腰掛けていたベッドからはね起きながら魔法陣を消す。
「デストロイ、か……」
部屋をバタンとしめ、ルルは解析班の元へ向かった。
◇◇◇
もぐもぐむしゃむしゃと。
デュアラル王国襲撃後の後始末で国中が奔走している中、悠長にご飯を食べています。
武士は食わねど高楊枝だとかなんとか。この世界にそのような言葉はないのだろうか。ケトスは口を開けば、メシだなんだって。いや、ご飯は大事だよ? 大事だけどさぁ。
「おかわい……さっきの料理が欲しいかな」
ぼくに料理を作らせてくるとは……。
あの戦いが終わるとリリーさんに連れられ血盟ホームにお邪魔した。で、なにを血迷ったかしらないけど、目を盗んでギルドまで行くことになった。
ケトスいわく、腹が減った、と。
でも、ギルドはご飯を提供している暇なんてありませんよ、と。
そしてぼくの家は相変わらず食材がありません。
ということで、ギルドの食材をお借りして、ぼくがケトスに料理を振る舞ってる……。
こんなカウンター席でさ……後ろを見てみると、負傷した人とかが寝てるし、ギルドの地下が避難場所になっていたから人の行き来が多い。後で謝っておこう。
「ご飯!」
「……はいはい」
それでも、災害があったときの体育館ほど、人はぎゅうぎゅう詰めじゃないし、負傷してる人って言っても重傷な人はいない。
だから、そこまで雰囲気は悪くはないのだが、こんな状況でよく腹が減るのだと感心する。
ギルドはバタバタしてるから、調理担当も出払ってるのだろう。全員で街の復興と、手当て。
(佳奈やアンはいない……みたいだな。ふたりとも無事だといいけど……)
「くらり──あ、料理食べないの?」
未だに仮面は付けたままだ。理由はない。
でも、眼帯を付けてるときは魔素に制限がかかるからこっちのほうが色々と安心できるというのがデカイ。
わりと視界も悪くないし。
「ちょいちょいつまみながら食べてるから大丈夫だよ」
そうして話していると、黒い服を着た集団がこっちにやってきた。
「あ、すみません。料理は今……」
「我々は監査庁だ。……キミが、ケトスで間違いないかな?」
「ン?」
スプーンでシチューを救ったまま、ケトスは振り向く。
顔を見上げたまま、ぱくりと口に入れ、そのまま食べ続けていた。
ぼくはカウンターの向こうで、息を潜めた。
(監査庁……!?)
そうか。それもそうだ。
魔族相手にアレほど暴れまわったんだから、なにかそういう話が上がってもおかしくない。
転生者を殺すための機関──監査庁。初めてみた。
それに戦わなくても分かる。……全員が……ぼくよりも強い。
「聞こえなかったのか、監査庁だ」
グイとケトスの肩を持つと、パッと払った。
「だから?」
「貴様に転生者という噂が流れている。同行を願う」
「いま、食事中なんだけど。見てわかんないの? この街で人助けして、疲れてんだけど」
「抵抗はしないほうがいい」
「抵抗も何も、飯食ってるだけじゃん」
スプーンを沈めたところで、ケトスは二人の男に肩を押さえつけられた。
「いいから来い。貴様を調べさせてもらう」
「……はいはい。勝手にどうぞ」
押さえつけていたまま縄で拘束し、周りを男たちに取り囲まれた。
ギルド内はそれを黙って見つめているだけだ。ことの成り行きを黙って見守っているというのが近いか。
いや、ケトスのことを知っている者も中にはいるはず。
誰も、監査庁に逆らおうとしない。
誰も、ケトスは転生者じゃないって声を上げない。
(みんな、少なからず……ケトスのことをそういう目で見てるってことか)
「おい、歩け。変な気は起こすなよ」
「起こさないって」
ケトスが連れていかれる。ここで下手に止めたら……ぼくの方にまで疑いがかかる。
火を止め、作っていた料理も途中で終わった。なにも……そこまでして連れて行こうとしなくても──
「……!」
落としていた目を上げると、監査庁の男がこっちを見つめていた。
「アイツは? 関係者か?」
「ン? あの女の子?」
ケトスはこちらをゆっくりと振り向き、肩を竦めた。
「……ただの友人ですよ。疲れてるって言ったらご飯を作ってくれたんです」
男たちはぼくの作った料理をみやり、顔を確かめ、ケトスを向き直した。
「祖国に誓うか?」
「えぇ、祖国に誓います」
連れて行かれる時に後ろで拘束された手をひらひらとさせて、ケトスはギルドを出ていった。
パタンッと両扉が閉じると、ギルド内がざわつき始めた。
──あいつ、転生者なのか?
──監査庁に連れて行かれたってことはそういうことなんだろ。
──だったらこの前の記録樹立ってやつも?
──わかんないけど、だったら最悪だよほんっと。
「…………」
さっきまで街を護ってた人に投げる言葉がそれなのか。
なにをやっても『転生者』ってだけで、全部ダメになる。
転生者が咎人だとされる世界……。
「あのぉ、すみません。ぼくたちにも料理って」
「すみません。帰りますので──」
ぼくはフードを被り直して、ギルドの裏口から出ていった。




