257 ケトス! おすわり!!
クラディス側の戦闘が終わる数分前。
両者の間には圧倒的な差があった。
いくら憲兵を殺し、建物を壊していたとしても現れた少年たった一人に圧倒されることがある。
だが、現実は何が起こるかわからない。
「うっあ……」
「ゲヒャヒャヒャヒャァ!! あれだけ格好つけてて、このザマかぁッ!?」
地面から作られた黒色の槍が二人のケトスの腹部を貫き、白いシャツは中心からじわじわと赤く染め上げられて行った。
油断をしていた訳では無い。ケトスは全力で相手をしていた。
その結果がコレだった。ケトスは負け、魔族が勝利を収めた。
「弱者! 弱者!! 弱者ばかりッ!! このまま王都を俺様だけで潰せれそうだなァ〜……!」
心踊る様子で地面に横たわっているケトスの顔面を何度も踏み潰し、地面に血液と体だった肉片を擦り付けた。
辺り一帯がケトスの血液で溺れる中、手についた血液を舐め取り、ぐにゃりと口角を歪めた。
「そうだ、中央に行く前にアイツのとこのガキも殺しに行くか」
大きな爆発音が鳴り響いていたのが聞こえていた方向に、魔族は歩いていった。
◇◇◇
動かない身体を強引に引っ張られ、ぼくは移動をしていた。
ズルズルと。かかとが瓦礫に乗っかり、靴が脱げそうになりながらも、ぼくはその人に引っ張られていた。
仮面をつけたまま、ぼくのもとに現れたケトスのところの団長──リリーさんに引きずられていた。
「あのっ、なんでここが……」
「ケトスに言われた」
懐から通信魔導具をだしてきた。明かりが灯っていて、連絡を取っていたことが分かる。
「用意周到……ケトスの方はもう戦闘が終わったんだ」
はぁ、と安堵のため息をこぼした。
それにしてもリリーさんは力強いな。ぼくの首根っこを持って引っ張るなんて。
血盟主って言ってたよな。ん〜……そう見えないんだよなぁ。
「あのぉ〜……リリーさん?」
「なにかな?」
「なんで魔族は襲ってきたんでしょうか……」
「そりゃあ、襲う時には恰好の時期だったからじゃないかな」
「……? でも、え? そうなんですか?」
「わたしが魔族でも、この時期を狙う。今ほど、狙い時はない」
ズルズルと引っ張られながら、リリーさんの言葉は続いた。
「元々この王国の防衛力ってのは憲兵に頼りきっている。冒険者は臨時的な戦力で、増強戦力だ。だけど、どちらのレベルが高いかと言われると……冒険者の方が高い。なぜだか分かるか?」
「わからないです」
というか、冒険者ってそんなに強いんだ。
まぁ……弱いってイメージはなかったけど、王国の軍隊も強いとは思うんだけど。
「憲兵は法という後ろ盾があるから、一般市民に対しては腕っぷしが強くある必要がない。ましてや、モンスターを相手取ることも少ない」
「戦闘の経験が冒険者の方が多い?」
「そう。そして、このだだっ広い王国は中央に行けば行くほど戦力が集中をしている」
「あ、王族」
「そう、その通り。広すぎるからこその手薄さがある」
「なるほど…………あ。で、冬はダンジョンの攻略とかで冒険者がいないことがあるのも関係が」
「獣人も冬は動きが鈍くなるからな。どうだ? 端っこくらいなら行けるって思わないか?」
「たしかに……」
「な」
リリーさんってこういう一面もあるのか。賢いというか、理論的と言うか。ぼくが阿呆なだけなのかもしれないけど。
あ、いや、リリーさんが馬鹿だと思ってたわけじゃなく。見た目に依らずというか。あ、見た目になんかケチつけてるわけでもなくて──
「――見ィつけた」
その時、僕たち目掛けて氷の塊が飛んできた。
リリーさんの回し蹴りによって壊されたソレは、辺りに散り散りになり、ぼくは回された反動で壁に投げられた。
「グェ」
「あ、悪い。投げた」
「おかまいなく……ててて」
でも、今さっきの声……聞き覚えがある。
胸に一抹の不安が湧くと、ソイツは正体を現した。
「なんだぁ〜……殺せねかったか。チビとボロボロのガキだから殺れると思ったんだがなぁ〜……」
「なっ、お前はケトスと戦ってたはずじゃ……」
「あのガキ? 殺したよ」
掻いていた頭をかしげ、尖った八重歯を見せて笑みを浮かべた。
そんな、まさか……ケトスが……?
「俺たち魔族は自然魔素を取り入れる効率がお前らより段違いでいい。ある程度の傷も数分経てばこの通りさ。その点、アイツ……口だけで何もできやしねぇカスだったなァ〜……ッ」
「ケトスが……負けた……? そんなの、ありえない……」
「俺様のこの足で何度も潰した、余裕そうな表情が崩れていくのは格別だったなぁ〜」
足の裏を地面に擦り付け、恍惚の表情を浮かべた。
拳を握る力が強まった。でも、力が入らない。
「ふーん、あいつ死んだのか」
どうでもいいような声を出すリリーさんに、魔族は眉を潜めた。
「女もあいつの知り合いか? ゲヒャヒャヒャヒャ、殺したよ。俺様がなァ!!」
「リリーさん……」
「少年。何を憤る必要がある」
「だって、ケトスが……!」
そういいかけると、リリーさんは通信魔道具をだして見せてきた。
「コレ、まだ、繋がってる」
「……? 繋がってるって……どういう」
「それも近いよ、すごく」
淡く光ったままの通信魔道具。それは、まだ通信先と繋がっているという証拠になって。
「『上だよ、上〜』」
声が二重に聞こえて、声の通りに上を向くと魔族の頭上に空間の微妙な歪み。ソレを認識すると歪みが引き伸ばされるようにして消え、ケトスの姿が現れ、下に降りてきた。
「やっほ〜、クラデ――えーっと、ずっと見てたよ〜。それにしても凄い技だったね」
「ケトス……っ!」
無傷……、魔素の形もなにも正常状態だ。
……というか、見てたって? えっ?
「はっ、お前、なんで……お前は確実に俺様が殺したはず……!!!」
「リリーさんも連絡通りに来てくれてありがとー」
「はぁー……年長者を歩かせやがって」
「────……」
うわぁ、リリーさんめっちゃ怒ってる。両手を握られてぶんぶんっと振られてるけど。それでもずっと怒ってる。
確かに、血盟主に知り合いの運搬なんて頼むって凄いな。普通なら考えられないことだ。
「ぶっ殺してやる……」
「──あの技ってどうやってたの? 知らない間に強くなっててびっくりしたなぁ」
後ろの魔族が唇を噛み締めて、ものすごい顔してるんですけど……。
「あ、うん。ちょっと頑張ってるのはそうだけど──」
「おすわりだ、ケトス」
「えっ、そんな怒らなくても」
「御座り」
リリーさんが何も持っていない状態で振りかぶると──その手元に武器が現れた。
「えっ」
「げっ――うわっ!!」
ケトスの背中を乗り越えて視認できない速度で振られた大きな斧は、ケトスの後ろで体が黒化していた魔族の体を真っ二つに切り分けた。
その後、ケトスの首根っこを掴み、ぼくの元へ飛んでくると、大斧を召喚し直し、地面に大きく着いた。
「なにを──」
「頭を低くしろ」
刹那、魔族の身体が膨れ上がり、爆発を起こした。
「うわぁ!?」
爆発の衝撃と爆風が巻き起こる。が、その衝撃のほとんどが斧によって防がれ、身体の外を突風が掠めていく程度だった。
魔族の爆発跡は、まるで隕石が落ちてきたかのように陥没し、どれほどの威力だったかが伺える。
「……はぁ、油断をしすぎだ馬鹿者め。ブライドが高い魔族の常套手段だろうが」
「あはは……でも僕の防郭なら弾けたよ?」
「スキルに甘えすぎだ。避けれる攻撃は避けた方がいいに決まってる。独特な魔素の移動は、警戒しろ」
「いでッ」
ケトスが怒られてる姿見るの初めてだなぁ……。あ、殴られてる。
「……」
ぼくは、爆発のことやケトスが空中に隠れていたのに気づかなかった。
でも、リリーさんは分かってたと思う。……独特な魔素の移動か。
「リリーさん……なんで、分かったんですか? その、色々……」
「ん? 視たら分かるだろ? 少年も感知系に頼りすぎたら危ないから注意するんだな」
「はい……」
視たら分かるって……わかんないですよ、普通。
ついに、自信があった【感知系魔法】も課題の一つになったか。
「クラディスは魔素ロスト?」
「になりかけの残りカスみたいなもん」
「体力つけなきゃね〜。でも、あの技すごかったよ。何回目だよって話だけどさ」
「いやいや、意味分からんところから出てくる人に言われたくないよ」
壁にもたれて座ってるぼくの前で、腰をかがめてヘヘと笑う。
ほんとにケトスには敵わないなぁ。
「帰るぞ。上からの連絡じゃあもう終わりらしい」
リリーさんが通信魔道具を持ったまま、そう言った。どこかから連絡があったみたいだ。
「え〜まだ戦い足りないよ、ね?」
「無理無理、ぼく――あー、私は一般人だからさ」
「下位魔族をボコボコにする一般人がいるなら、この王国は安泰だなぁ」
「ま、いっかぁ。最後に大仕事ができたし」
「最後……あ、出発」
「そ。よいしょ……っと、最後にお世話になった王国を護るっていうね。英雄らしいことしてみた」
「規模が違うなぁ」
ハハハと濁しておく。
ケトスの出発、か。寂しくなるけど、最後に一緒に戦えたし満足といえば満足だな。
「歩けるかな? お嬢さん」
「うるさいやい」
「女の子の設定で行くの? たしかにクラディスちっちゃいからなぁ」
「つねるぞ」
「尻もちつきたくないなら、このままでいた方が懸命だと思うよ」
そうして僕はケトスにおぶられてギルドまで帰って行った。




