253 王都急襲
──キャアアアアアアアッ!!!?
──助けてくれぇえッ!!!
「……!!」
屋根伝いに走っていき、微かに聞こえる悲鳴を耳が捉える。ケトスに手を引っ張られ、足がもつれながらもついていく中、
「本当に……」街並みに目を向け、外すように目をつむった。「襲撃されてるのか」
何が起きているのかも分かっていなかった。でも、分からなければならない。
襲撃されているという現実を、すぐに理解しなければならないのだ。
「人が死ぬ……どうしたら……」
目に見える範囲の景色はいつもの風景だというのに、遠くを見ると黒煙が立ち上り、騒音が響いている。
それに、日中だというのに天気も暗い。太陽を必死に雲が覆い隠そうとしているのがよく分かる。
ピリピリと肌に刺さるのは、殺気、緊張、畏怖。……慣れはしない感情ばかりだ。
「ケトス……このことを知ってたの……?」
「知ってた。というか……まだ言ってないスキルとかでね」
「予知……とか」
「まぁ、そんな感じ」
心のどこかで忙しない日々の後は平穏な日々が続くんだと。直ぐにこういう出来事は起きないんだと。そう思っていた。
それは誰にも保証はできないことだし、甘いことなんだと気付かされる。
けど、襲撃って……。なんで、このタイミングなんだっ……!
──頭に不気味に笑うノアの姿が思い浮かんだ。
「アイツが……?」
でも、そんなすぐにやってくるものなのか……?
「あ、そうだ。はい、これ被って。服も」
走るのをやめたケトスが取り出してきたのは、イブを含めた三人でお揃いの首飾りを買ったところで買っていた独特な模様が描かれた左右対称のお面。それとケトスが着ていたサイズ大きめのフード付きの白服。
「これ、僕が……?」
「うん。僕が使う予定だったけど、それ付けてたら人目を気にせずに暴れれるでしょ?」
「……? 人目……あ、そっか称号が――って、いや! 魔族と戦うの!?」
「もちもち!」
そんな当たり前のこと聞くなよ、と言わないまでも思っているだろうケトスに呆れ返った。
「全部、計算ずくか……」
言われた通りにお面をつけて、服を上から着た。それにしてもこのお面……何に使う予定だったんだよ……。
着け心地は上々、細工などは特にされてないような気がするけどかなり目立つな。
「最初はね、目立ちたくなかったから何かあった時ように買ってたんだ。けど、僕のやりたいことが決まってからは、それが逆になって必要のないモノになった。目立ちたくなってきたからね。そしたらクラディスは転生者ときた。だから、面あげる」
「……つまりは、今回は目立つために行動をしてるってこと?」
「そうそう、クラディスもそっちの方がいいでしょ?」
「目立つと困るよ……みんなセンシティブなんだから」
「だからこそじゃん? クラディス以外の特別目立つ存在がいれば、クラディスが多少暴れてもクラディスの方には目は向かない」
……えーと、つまりは。
「僕以外の目につく存在を僕が作り上げるってこと……?」
「理解が早いね。それの第一歩をしてもらうために今回連れ出したんだよ! 感謝してよ!」
確かにそれは考えてもみなかったことだ。
僕以外を僕が演じる……。僕ではない僕が演じる誰かに対して大勢が「あいつはもしかして転生者……?」となったら、クラディス通常時への警戒が薄まる。
ただ、その演技中に捕まってしまったら一発アウトだなぁ……。
「……ケトスもなんだかんだ言って、僕のこと考えてくれてるよね。忘れてない? 僕が何かやった時はケトスが止めるって話」
「覚えてる。でも、その何かをするまではクラディスは僕の友達に変わりはないでしょ。だから友達が死なないために作戦を考えただけ」
「……そーかい」少し恥ずかしくなって笑って誤魔化した。「ありがとね」
「あはは、いいのいいの。結局は僕がしたいことのためのついでだからサ~」
「うわぁ、それ言わなかったら良い奴認定したのに」
「台無しにしちゃった? やっちゃったなぁ。まぁ、でも、ホント自分のためでもあるから……それに」
「それに?」
「せっかく英雄になれる素質を持ってるなら、なろっかなぁって思ってさ」
あぁ、あの狼人達の時の話か。英雄にみんな憧れている、とかなんとか。
(才能を持っている人がやる気になる。そんな瞬間に立ち会えるなんて)
なんだか、物語の主人公を見ている気分になった。
が、すぐさまそんな気分は上書きされる。
建物から地面へと降りて行ったケトスついて降りると、襲撃近辺の現状が見えたのだ。
建物は崩れ、人々は狂乱し、感情のままに鋭利な言葉を口にする。突然の出来事に戸惑い、救いを求め、警備の薄さへの怒りを叫ぶ。
中には倒壊した建物の下敷きになっている人や、体の欠損部位を抑えながら躓きながら逃げようとしている人も見える。
「建物も……憲兵は何を……」
「ここだけじゃないでしょ。東門や南門、北門、それらの間にある門にさえ魔族は現れたんじゃないかな」
「包囲……されてるってこと……」
「ほら、絶望しない。僕らはそれを解決するために来たんだから」
「――助けてくれぇっ!!!」
近くの建物の影からおじさんがよろめきながら顔をのぞかせたのが見えた。
「大丈夫です……、か…………っ!!」
全身が見えたところで、そのおじさんの体の三分の一は既に吹き飛んでいるるのが見えた。
あれじゃあ……もう……。
「……放置。保護するならまだ大丈夫そうな人から」
「でも……!」
「……助けて、くれないのか……っ?」
右肩から足の付け根までが抉られているように無くなっている。
そのことに……気がついていないのか……?
こちらへと左手を伸ばしながら近づいてくる姿を見ていられず、目をぎゅっと瞑って西門の方へと走った。
「……っすみません……!!」
急に……っ、なんで……、襲撃なんかが!!
周りを見ればこの場で何が起きたのかが分かる。
死体の傍らでなく少女、膝を着き錯乱している男性、上半身だけない人、下半身だけない人、街頭に突き刺さっている人。
こちらへ走ってくる人達の流れを無視し、その先へと走っていくと──見えた。
「はっ……」
人の頭部を鷲掴みにし、そのまま握り潰そうとしている二体の魔族。
必死にもがいている二人は、門を通る時に度々顔を合わせていた門兵さんだった。
「門兵さん!!」
「! こっちに来るなっ!!」
「逃げるんだッ!」
「……あ? 新しいやつ?」
――ごキッ。
掴んでいた頭を握りつぶし、その二人の死体を瓦礫の方へと投げ捨ててこちらへと歩いてきた。
「……っ! お前──っ!」
「怒ってんの? なんでェ!? ギャハハハハっ! 同じ種族のやつが殺されただけでのこのこ殺されに来たってェ? やべェ、人間やべェ〜!」
腹を抱えながら笑う赤色肌の魔族。
その手は崩壊した建物の傍で泣き叫んでいる少女へと向けられた。
「――『火焔球』」
「あ、危ない!!」
少女を守るために体を入れると、その前にケトスが立ちはだかった。
「『写ス者』」
魔族が放った渦を巻く火球に向かって手を突き出し、魔法名を小さく呟いたケトス。次の瞬間には、大きく、複雑な魔法陣が現れたと思うとその火の玉を弾き飛ばしていた。
「はやく。その子を安全な場所に」
「わ、分かった」
「すぐに戻ってきてよ!?」
「えっ!? 分かってるって!」
少女を抱き抱え、僕らが来た道の方を戻り、避難を指示している憲兵を見つけるとそこに降りていった。
「その子、任せます」
「はっ、ちょっ、君は」
「避難指示頑張ってください!」
半ば強引に押し付けてケトスの元へと戻ると、二体の攻撃を避けて、先程の魔法で大きな魔法は上空へと弾いているのが見えた。
街へと被害を考えてるんだ、ケトスも……。
「ケトス」
「おかえり、これでとりあえず自力で避難できない人以外の避難は終わったかな」
「お〜ぉお、英雄だねェ、泣けるねェ〜」
「自分たちの心配より、周りの避難を優先するとは……いかにも人間らしいな」
あの二体の魔族はどうやらバカ正直に西門から入ってきた訳ではないようだ。それは左右の建物が奥に続いて倒壊していることから伺える。
その前に、どうやって王国の検知を逃れて入ってきたんだ……? 見る限り……そこまでの知能があるようには思えない。
「……転移魔法……?」
だとしたら、入口と出口の魔素情報が検知されているはずだ。
「コイツら、王国内に内通者でもいるのか……? 入ってきた経路が」
「かもね。けど、それを考える役目は僕らじゃない――行くよ、クラぁ…………えーと、お面の子!」
「……? あ、うん! 行こう!」
自分が僕以外の誰かを~って言ったのに、早速忘れてたな……?
……魔族。どうせこいつらはあのノアの手下達だろ? お前らんとこにはお世話になったばかりだ。
僕も練習して強くなった。それをぶつけてやる。
「戦うぞ……の前に――ッ!!」
ケトスの戦いの邪魔にならないように少しずつ倒壊した道の方に移動をしていくことにした。
もちろん、そんなことをしても魔族は目で追うだけだ。
だから僕は数歩先に行ったところで無言の方を指さして、すぅっーと息を吸い込んだ。
「お、お前の角!! ばっちぃな!!」
「……は?」
「ぷっ」
こんな簡単な煽りでくるか……?
「……ぶっ殺す……!!」
「うわっ!!」
走る僕の後を追うように魔族は飛んでくる。
そんな簡単に怒るのか!? うわっ、めちゃめちゃ顔怖っ!
◇◇◇
(クラディス……あ、戦いやすいように別々で戦おうってことか)
急に暴言を言い放って走っていった友人の背中を見て、クスと笑う。
「アイツ、角のこと馬鹿にされて腹たってやんの」
共にいた魔族は腹を抑えて笑いながらその様子を眺めて、ケトスの方に向きなおした。
「で、お前は強いのかァ? 坊ちゃん」
「強いのか……か、うーん――」
魔族は余裕の表情でケトスのことを見ていた。
目も離さず。瞬きもせず。しかと見ていた。
だが、ケトスのある一部分で目が止まる。
──アイツ、いつの間に剣を。
先程まで何も持たれていなかったハズの右手。なんなら黒ズボンのポケットに入れられていた手に握られているのは──迷宮で手に入れた振り回しの効く長刀。
「あんたらに分かるようにやれば、これくらいかな」
「……?──……!!」
どこからか取り出した角を頭の上に乗っけて、「ハハッ」と口角を釣り上げ、目を細め、馬鹿にするように笑った。
魔族は頭を触る。
あったはずの角がなくなっている──剣で切ったのだ。見えない速度で──誇り高い魔族の角を──……。
「キサマッ……俺様の角を……」
「わぁ、そんなに怒らなくても」
乗っけていた角を瓦礫に投げ捨て、武器を適当に構える。
「でも、君なら技を試すことができそうだ」
この一人の『育ち盛りの勇者』と一体の下位魔族には圧倒的な力の差があるかのように見える。
ケトスにはクラディスに言っていた『予知』というもので、先が見えているのだろうか。はたまた、ただの相手の気を逆なでする口上なのだろか。
ただ一つ確かに言えるのは、ケトスが普段通りに笑っているということだ。




