252 警報
そこは、デュアラル王国郊外の山脈地。
禿げた土地に降り立ったのは三十体の羽を生やした人型の生物。
その全てが下位魔族。しかし、表情がどこか虚ろげで目の焦点が合っていないように思える。
彼らのもとに遅れて降り立ったのは、赤髪の人影。
空中に浮遊する六冊の重々しい本に目を通しながら、何か指示を出すように指を指すと一気に飛び立って行った。
向かった先は目先のデュアラル王国。
指示を出した赤髪の人影はその場から動くことは無く、手を横へとスライドさせた。ボードが表示されるような音が重なると、30の小さな画面が現れ、今現在進行形で移動している様子が映し出された。
それを静かに見つめるその目はなんの感情も浮かばずに、淡々と作業をしているようであった。
◇◇◇
冬季が始まってしばらく経つと僕の身の回りに色々な変化が起きた。
一番大きいのは妹との再開だ。
もちろんこれは譲れない。うん。譲ってなるものか。
あと、僕とアンが下位の冒険者の中でも最上位の下位一階になったという連絡がきた。
ありがとうございます。まだまだ冒険者の中では認知もクソもないんだけどね……。
中位──金等級・白金等級のことを指す──に上がると血盟には参加できるようになるらしいけど、今の所考えてはない。まぁ、中位と下位の壁は大きいかなと思っていますので。
下位ダンジョンには挑戦可能ではあるけど、相変わらずギルドから了承を得られるかどうかが鬼門。丸さんあたりには絶対に怒られると思ってる。
個人的な出来事はそれくらいかな。
で、世間はある事で大盛り上がりしているようだ。
何かって、まぁ……うん。
「うぇぇぇ、クラディスのご飯食いたいぃ」
「ケトス……ここ、ギルドの食事屋さんなのに、大失礼だよ」
「急いで帰ってきたのに!?」
「急いで帰ってきた理由がそれなの!?」
僕の隣に座ってご飯を食べてるこの人が、大記録を樹立したんだ。
数日前にギルドへ訪れた時の話。
いつものようにアンと一緒にギルドの裏口から入らせてもらって、ペルシェトさんの治癒士勉強会を受けようとしていた。
すると、ギルドのスタッフさんがバタバタと走り回っているし、なんかすごい大きい声で話をしていたから近くのスタッフさんを捕まえて聞いてみたんだ。
そしたら信じられないと言わんばかりの表情で『行き帰り含めて二週間余で中位ダンジョンを単独クリアした奴が出てきたんだ』と言ってくれた。
僕とアンは顔を見つめあって「アイツだ」と笑った。
そして次の日には報道機関に取り上げられ、新聞の一面になったり広場のやたら近代的なモニターで放映されるようになった。
こうして一躍有名人になったケトス。
あぁ、このまま協会に行くんだろうなぁって思って昼食をアンとアルマさんと僕で取っていたら、当たり前のようにギルドの入口から入ってきて……今に至る。
僕たちが住んでるところでご飯を食べたいと言っていたが、食材ないし、それに……。
「ケトスの周りの人らどうにかならない?」
「――ケトスさん、お話よろしいでしょうか!」
「んー、僕も困ってる」
「――ひとことだけでいいので!!」
「いつからこうなの?」
「――ぜひ、うちで取材を」
「血盟の前で出待ちされてたんだぁ。結構めんどくさい」
会話をしているのに横から言葉を入れ込んでくる感じ、どの世界でもこういう人たちはこういう人たちか。アンもアルマさんも迷惑そうな顔してるし、他のお客さんの迷惑にもなってしまう。そういうの考えられないのかな。
さすがにこの人達がいるのに、家に招き入れるのはちょっと面倒くさいことになりそうだから遠慮しておいた。
「――すみませんが、ここは食事をとる場所です。そのような行為は謹んでもらっていいですかね」
「はぁっ? あなたには関係ないでしょ……!」
「ギルドスタッフに聞いてみたら、あなた達誰にも許可を取ってないらしいですね? 無断で、しかも個人に張り付いて……最終警告です。放り出しますよ? 出て行ってください」
ナグモさんがニコニコしながら出てきた。
さすが面倒事を片付ける係……慣れたように報道の人らを外に出していった。
「わぁ〜……ナグモさんいい仕事する」
「僕も初めて仕事してるとこ見た」
「なんだか失礼な言葉が聞こえましたが」
「あはは、じょーだんですよ、ありがとうございます」
「気にはしてません……それよりケトスさん、中位迷宮の攻略おめでとうございます」
「どーも。攻略した時のデータはリリーさんから行ってると思いますよ」
「そうですか! わかりました」
聞きたいことが終わったのか、スタッフルームへと帰って行ったナグモさん。
攻略した時のデータって言うのは……戦った魔物と弱点とか、何で倒したとかそういうやつだっけ……。
大変そーだなぁ。あ、こっち見て笑いやがった。なんだよぉ。「いいだろう?ってか? うるさいやい。
◇◇◇
食事を食べ終えて会計を済ますと、時間的にもちょうど昼が終わったくらいだからギルドの中にいた人たちもバタバタと外へ出て行った。
僕達は簡単にケトスにアルマさんの紹介をして、中でくつろぐことにしていた。
個人的はケトスは何か用があると思ってたんだけど、何も喋らないし、なんなら気が抜けてる。本当にご飯だけを食べに来たのか? そんなにぼくの料理は美味しいのか……?
「へぇ〜、クラディスの姉さんね〜」
「は、はい……」
「うわ、その感じそっくり。僕には姉弟っていないから羨ましいなぁ。アンさんも一人っ子だっけ?」
「さぁな」
「えぇ……久々なのに変わりない」
いつものあの感じだ。
アンの反応に少し寂しそうに皺を寄せて項垂れる。
本当にこの人が中位ダンジョンをクリアしたって言うんだから分からないもんだよなぁ。
「ケトスはいつここを出るの? 中位をクリアしたし」
そして、中位ダンジョンをクリアしたってことは、次は「剣闘士協会へ行く」になる。
「今日出るよ」
「今日……か。急だね。でも、そっか。もう声とかかかってるの?」
「うん。びっくりした。あの人達、暇なのかな。あといろんな血盟からもお声がかかってきた。びっくり」
「一躍人気者だ。気を大きくして、問題とか起こしそう」
「ないない。それにもうひと仕事あるし。そっちを終わらせないと、気も大きくできないかな」
「もう一仕事……? それって」
「そろそろかなぁ、今日は、そのためにここに来たんだ」
ヨイショと立ち上がり、グイと腰を伸ばしていた。
なんの事だ? 今日はいつにも増して、不思議ちゃん気質だな……。
もう一仕事のためにここに来たって……僕にあいにきたのが仕事?
「そのもう一仕事ってのは、ぼくに会いに来たってこと……?」
ビジネスライクですか? と思っていたら。
「ううん。なにそれ。もう一仕事っていうのは──」
モノを言いかけようとすると、手のひらをこちらへ向け、止まった。
「……?」
微かな異変をぼくも感じた。ザワザワとしているギルドの色に何かが足された。……なにか、戸惑い、警戒をするような色が混じってる。
ギルドのカウンターの方を見るケトスと一緒に目を向けた。
「これ、なにが……」
「クラディス。身体、ほぐしておいた方がいいかも」
「?」
体をほぐす……って。
そう思っていたら、ギルドカウンターの奥が本格的にザワザワとし始めた。そして、すぐにケトスが意図していたことが分かった。
――ビィィィィィィィィィン。
うるさく鳴り響いたのは、サイレン音。
「うわっ! け、警報!?」
「皆さん! 落ち着いて聞いてください!! たった今、王国内に魔族の現れたことが報告されました!! 速やかにギルド内の避難場所へと誘導しますので、誘導員の指示に従って行動してください」
「魔族……?」
魔族が出現しただって……?
どよめきだしたギルド内の人々、放送が王国全土に響き渡り、周辺にいた人たちがギルドに目掛けて押し寄せてきた。
「避難場所って──」
振り向いて、場所を確認しようとしたぼくの手を──ケトスは握った。
「クラディスっ! 行くよ!!」
「へっ、えっ、はっ!?? 行くってどこに──」
手を握ったまま、人の上を飛び越えて行くケトス。
「あるじ!?」
「クラディスくん!」
二人に手を伸ばそうとしたが、人の波に飲まれて届かずに、そのままギルドの外に連れて出された。
町中は警報が鳴り響いて、家の外にいた人達は中へ避難するように放送で指示され、ギルドの外にいた人は中へと流れ混んでくる。
これ、ほんとうに、なにが起きてるんだ……?
「ちょ、ケトス……っ!! どこに……!」
「行きながら話すって。上、飛ぶよ!!」
ケトスは高くジャンプをし、十数メートルある建物の屋上へと着地した。
訳の分からないまま連れられて、爆発音が鳴り響く場所へと向かっていった。




