249 異なる世界で、妹と再会
「……クラディス君、起きないね」
「あぁ……」
「あっ、クラディス君じゃなくて兄さんか」
「喧しいぞ……調子づくな。お前のせいでこうなったんだからな、妹であるとあの時に知らなければ今頃お前はあの街に置き去りにしている」
「えぇっ、アンちゃん酷い……。そんな厳しい子は兄さんに嫌われるよ……?」
「殺すぞ」
「死なないもーん」
……。……何だか愉快な声が聞こえる。
アンとアルマさんの声かな、コレは。
夢って訳でも無さそうだから……、でも、僕が二人よりも遅く起きるってことは……。
状況把握が着々と頭の中で進んでいくと、ピーンっとたどり着いた。
あ、もしかして……僕は倒れたのか?
最後に残ってる情報が断片的だし、体が暖かいから毛布の中であることは感覚でわかる。
体を使いすぎたな……、イブに知られたらまた怒られそうだ。
『自分の体は大切にしなさい!』
ごめんよ。生きるのが、本当に下手だと思う。
昔っからそうなんだ。
「あれ、今動いたよ!」
「なにっ」
目を開こうとしても少し気怠い感覚で開けれない。
体を動かそうとしたら……さらに動けれない……と。
はいはい、重症です。
ティナ先生との訓練でもこんなに疲れたことってなかったよなぁ。
体よ、疲れていると言っても目と口くらいは……動かせてくれ……。
「…………ぁ”ー」
うわ、ガサガサの声が出た。
「あるじ、大丈夫ですか……?」
「ぅん、うー……ん。多分。体は言うこと聞いてくれないし、目も開かないけど」
「クラディス君……ごめんなさい。私の勉強に付き合ったせいで……」
「? あぁ、そんなこと思ってたの? だいじょーぶだって、昔はもっとすごい生活してたから」
二年間、スキルも何も無い世界で毎日毎日気が狂う生活を送ってたんだ……そのことを思うとどうってことはない。
スキルがない生活とか、耐性がない世界でよくあれだけ働けてたんだと思う。
「二年間のバイトの生活……」
そうそう、それだ。
「ほんと、狂ってるとしか思えないよ。毎日、働き詰めでさ。懐かしいなぁ。すごく大変だった」
シャワーを浴びて、寝て、起きて仕事に行って。
「佳奈を大学に行かせるために学費を稼ごうとしたんだよね」
親の代わりに、大学の進学を諦めて、働いたんだ。
…………でも。
「結局、晴れ姿を見る前に死んじゃったんだけどね……。僕は、出来損ないの兄だったよ」
「そんなことない、兄さんがいてくれたからダメダメな妹でも将来に夢をもてたんだよ?」
「そうかな。……僕は、ちゃんと出来てたのかな」
「うん。転生しても、兄さんは私の自慢の兄さんだよ」
「……あ……走馬灯が見えてきた」
記憶がゴチャゴチャになってる。
タイムスリップでもした気分だ。でも、走馬灯で見るのがこっちの世界じゃなく向こうの世界っていうのがなんとも。
あと、自分のすぐ側に佳奈でもいるのかと思えるほど声がクリアに聞こえる。
「兄さん〜?」
「ヤバいかも……いよいよ、佳奈が近くにいるように思えてきた。死ぬのかな」
「えっ、ダメだよ!! ようやく会えたのに」
「ほら今、ようやく会えたって聞こえたし……。って、ん?」
ズイっと目の前に影が伸びてきた。なんとか、一生懸命目を開くと……アルマさんの顔が凄く間近に出てきていた。
「え?」
「んへへ〜! 佳奈だよ! 兄さん!!」
「はっ!?」
――ゴチーン。
突然力が入って体を動かしてしまい、上にいたアルマさんにおでこをぶつけてしまう。
「ブェ!?」
「いっ、えっ、か、佳奈っ!??」
「いちち……そ、そうだよ!! 佳奈です!!」
いや、そんなことは。だって、佳奈は……。
……でも、さっきまでの会話が、本当なら。
「幼稚園の時に帽子をウルトラマン被りしてた?」
「ゴム紐をよく噛んで怒られてましたね」
「部屋の掃除が全くできてない……」
「歩くスペースなんてほとんどなかったですね」
「母さんの名前は結で」
「父さんの名前は昇登で」
「いつの間にか僕が買っていたクマを私物化してた」
「名前はたしかクマ吉右衛門だったかな」
「違うよ、それは佳奈が付けた名前だ。僕のはクマ吉……」
「それも違う。途中からクマ門左衛門っていう名前になってたよ」
「――門を二つ付けてたんですか……? えっ」
佳奈でしか知りえない情報をスラスラと言う。
本当に……佳奈が……? アルマさんは、佳奈で……。
「最後の日……のことは」
「兄さんが大学に行くって決めてくれて、兄さんの夢を奪ってた罪悪感が少し薄れたんだよね」
起き上がっていた身体の力が抜けていき、熱いものがこみ上げてきた。
「うん、よく覚えてるよ。まだやる? 思い出話」
「いや…………もういい。……もうっ、いいよ」
震える声で、そう言って、湧き上がってきた感情を抑えるために腕で目を隠した。
あれだけ会いたいと思っていた相手が、こんなにも突然会えるとは思っても見なかった。
準備していない心に突然飛び込んできた話。
頭と体が理解するまでに時間がかかる。まだ、ふわ、ふわと足がついてないみたいだ。それでも、涙はこみ上げてくる。不思議だ。
アルマさんが佳奈で……転生して……、偶然出会って、一緒の家に住んで……勉強を教えて、掃除の仕方を教えて――
「……僕は……っ、この世界に来て、後悔ばかりしてたんだ」
あー、ダメだ。我慢が、できない。
声が震えてきた。
目が熱い。
「佳奈のことを時折思い出してた。ずっと謝って、何も出来てない自分を責めて、でもこの言葉は届かなくて。割り切ろうにも割り切れずに……」
「私も、ダンジョン内で昔の記憶が出てきた時に反省をしたよ。私って馬鹿だし、ノロマだし、兄さんが抱えてた感情とか何も分からなかったけど、私なんか居なくなっちゃえば兄さんは救われたのかなって思ってた」
「そんなことは」
「うん、知ってる。兄さんは優しいもん。けど、それくらい私も悩んでた。だから、もう一回会えたら一緒に歩けたらいいなぁって考えてた。そうしたら、出会ってたのにまた同じように兄さんを苦しめてた……」
泣き声になりながら、僕に頭を下げてきた。その頭を撫でると、一気に感情が押し寄せてきた。
やばっ、目の前が、ほっぺたが温かくて、冷たくて。
「思ってたのに出来なかったんだっ……。アンちゃんに言われないと一度染った生活から出れなかった。ごめんなさい。兄さん……!」
アンの方を見たら目を閉じて会釈した。
何か言ってくれたのか……。ケツを叩くって言ってたもんな。
「……僕はそう言う人間らしいよ。他人の為に尽くすというか、先に先に進んじゃう性格なんだって。だから、佳奈だけが悪い訳じゃない、僕も悪い。お互い様って済まし方はズルいかもしれないけど、こうやってまた会えたんだから、ゆっくり考えていけばいいかなって思う。アルマ――いや、佳奈はどう思う?」
下げていた顔を上げて、屈託のない笑顔を向けてくれた。
――あぁ、この笑顔。懐かしいな。
「私も、それで……それがいい……!」
表情が豊かなのは変わりない、安心した。
二人でぐちゃぐちゃの顔のまま向き合って、熱い抱擁を交わした。
じんわりと伝わってくる温度に、また涙が止まらなくなって、笑いながら泣いた。




