242 わたしってこんな奴だっけ
「少し勉強量を増やそうと思う」
「ええっ!?」
訓練後の勉強会中に、前から考えていた提案をしてみた。
「な、なんでですか……」
すると、ペンを握りながら若干青ざめた表情を向けられた。
まぁ……そういう反応はされるだろうなぁ。でも、必要なことだ。
「今は文字の勉強をしてるのは分かってるよね。そこで思ったんだ。海外の人が日本語を勉強する時に使ったのが漫画だったり小説だったりアニメだったりするんだ。つまり、何かそういう類のモノを並行して読んでいくこともいいんじゃないか? って、どう?」
「勉強というより、実践……みたいな感じですか?」
「そんな感じ。とりあえず読み書きで簡単な『読み』の方を伸ばした方がいいと思ったんだ」
「それなら……分かりました」
少し不満がありそうではあるが、意図は分かってくれた様子だ。
以前、言語は勉強をするものじゃなく身に付けるものだ、染み付くものだって聞いたことがあった。
実際に使わないと上達しないのなら、多くの文字を読んで、時折真似て書くだけでステップアップできるはずだ、と考えたのだ。
「じゃあ明日、興味のある本を探してきてくれるかな」
「えっ、私一人で外に出ていいの……?」
「うん、魔素を出さなかったら大丈夫だよ。ただ歩いて欲しい本を借りてくるだけだし」
「そ、そっか……うん。それも分かりました」
頷いたのを確認すると、早速今日の勉強内容に入ろうとして、
「クラディスくんって……転生前って何歳だったの……? 私よりも年上だったよね……?」
突然の質問に、手が止まった。
「そういえば、言ってなかった……っけ?」
「うんっ!」
……言う必要がないとは思う。が、まぁ、気になるか。今までの接し方をみると、そうなるよな。
「んー……あまり言いたくないけど、成人はしてるよ。30はいってないけど」
「や、やっぱり……! ね、ねぇ! 今からでも遅くないからクラディス君がお兄ちゃんになってくれないかな……? 私はまだ成人じゃないし、兄妹はいたけど……一番下だったし」
「関係ないって前の世界の年下年上なんて。僕はこの世界じゃ11……12だったっけ……まぁ、年下だから。変に気負わなくてもいいよ」
笑いながらそう言うと、アルマさんは目を下へと向けた。
なんで、そんなかおをするんだろうか。
◇◇◇
(やっぱり、ちらつく……)
クラディスの表情……それが兄が多忙期で精神をすり減らしている時に自分に向けていた表情にそっくりだったからだ。
直視出来なかった。昔を思い出してしまいそうになってしまう。
「そ、そうだよね……うん。と、とりあえず! 明日行ってくるよ!」
ごまかすのでやっと。
笑顔で取り繕い、声色を明るく振る舞う。
「そ。お金は渡しておくね」
おカネも円とは異なるし、元の世界と同じように使えばいいのかすらもわからない。
外の世界の常識も、なにもかも、不安で仕方がない。でも、
「ありがとう」
──わたしはそうやって振る舞うしか、いまはできない。
いつまでこの人達と暮らすことが出来るのだろうか。
自分はこの二人とは違う存在で、本来は一緒にいたらいけない存在だと気が付いていた。
知っててもなお、アルマは他人に頼るという寄生まがいの生き方しか知らない。
その感情の狭間で、アルマは苦しんでいた。
翌朝、アンとクラディスがギルドへ行ったあとに目を覚ました。
勉強会後、朝方まで勉強をしていたこともあり頭がまだぼぉーっとするのを感じながら服を着替えて、身支度をして外に出た。
朝ということもあり、積もりに積もった雪がそこまで踏みならされていない街路を歩いていく。
アルマはこの体になってから、食事は取らずとも良いことに気付いた。
魔族の中でも特別稀有な種族に生まれたことで食事を取らずとも死ぬことはなく、食事を取ったとしてもそれが排便として出てくるわけでもなく、体内で全て分解されて力へと変わった。
便利な体だと思いながらと、複雑な気持ちが渦巻いている。
痛覚などほとんど全て無効化され、ノアに首を切断され、クラディスの代わりに攻撃を受けた時も痛みは感じなかった。
不気味さが残る。自分が化け物になってしまったのだと感じる。
そして、痛覚が無くなった分、心の痛みにはより敏感になった気がする。
「私って……こんなに嫌な奴だっけ……」
常に前を誰かが歩いて、その人の手を握って歩いていく。
そんな生き方を世界が変わってもしてしまっている自分に嫌気が差してくる。
本当は横に並んで歩いていきたかった。
このままではいけないと思いながらも、中々行動を起こすタイミングが見つからないままズルズルと時間だけが過ぎていく。
クラディスと兄を重ねながら、自分が未だ、後を付いていくことしかできない現状に、胸の奥に気持ち悪い感情が渦巻いて消えてくれない。
「……ここかな」
フラフラと言われた場所に着くと、大きな図書館があった。
本の借り方は冒険者のカードがあれば特に何も手続きがないと聞いていた。
ポケットに入れていた自分の冒険者カード──レイメイで作成済み──を確認して、図書館の中に入っていった。
入ってすぐに目の前に拡がったのは大きな広間。
等間隔で並んでいる証明が程よい明るさで全体を照らし、明るくも落ち着きのある木目調が図書館の雰囲気を損なわずに維持している。
人々の声など聞こえず、かろうじて聞こえるのは受付で対応している司書の声だけだった。足音を立てることでさえ緊張感のある場所で、アルマは受付まで歩いていき司書に声をかけた。
「す、すみません……少しよろしいでしょうか」
「はい? どうしましたか?」
「ど、どう〜……えーと」
「?」
興味のある本と言われても、本のタイトルを読むことでさえまだアルマにはまだ出来ない。
だから、事前にどんな本を読みたいかを考えておき、それを伝え、司書さんに持ってきてもらうことにした。
「えっ……と、簡単な童謡集とオススメの小説……。それと――」
自分のステータスに書かれていた文字で、クラディスに見せても分からなかったモノを紙に書き写して出してみた。
「これについて書かれている本ってありますか? 死霊使いの」
その紙を出した後の司書の反応。
顔、視線、化粧の下から滲み出る警戒心。
「……あのぉ」
今まで静かだった図書館内がざわつきはじめた。
そして、アルマに向けられ始めた奇怪の目。
「……なん、で?」
ただの言葉に対しての反応にしては度が超えた反応に、アルマは違和感を胸に抱いたまま顔をひきつらせた。




