243 死霊術士は
魔素を感じる。
空中に存在する自然の魔素、自分が持っている魔素、ギルド内を闊歩する魔素、色は直接見なければわからないが、大きさで大体分かる。
……ナグモさんだな、この魔素。でっかい。あ、動いた。サボってるのかな。
ダンジョン内で身につけた空間全体の魔素を知覚する能力。そこに、建物や自然が持つ魔素とは異なる人間が有する魔素が点々と存在している。
「空中の魔素に自分の魔素が溶けなくなるには、何か容れ物が必要……だけど、ノアがやっていた技は魔素だけだった……」
魔族や魔物が発する黒い魔素は空気中に溶けないということか……?
人間が発している白い魔素とは何が違う。着色……って簡単な訳でもないだろうし。
訓練場の中心に座禅を組んで悶々と考えるが、よく分からない。
――フシュウウッ。
「これくらいしか……まだできないもんな」
魔素を線状にして出してみると、1mほど太い線が伸びるようにはなった。
ノアがやった極薄な線を伸ばし、膨張、魔法を展開っていう流れは全くもって再現ができない。一応はこの魔素をエネルギーとして魔法を放つことはできるが、できたとしてじゃあなんだって話だ。普通に体内で魔素を魔法へ変換したほうが消費量を抑えられる。
似て非なるモノ。とりあえず全く実用段階ではない。
これをモンスターに出してみたら、ペロペロ舐められるかもしれない。あ、白いお菓子だ〜って。なんだそれ。頭が疲れてきた。
「わっかんない……魔素を剣の形にする。魔素で殺傷できるほどの鋭利さを兼ね備えるってどうしたらいいんだ……?」
冷たい床に仰向けに倒れて、白い天井をただ見つめる。
「エリルぅ……わかんないよぉ」
「難しいですね〜……『魔素操作』を持ってるのに、中々出来ないとなると考え方が違うのかもしれないですね」
「……というと?」
「今はただ魔素を放出しながら線にしようとしてて、アレに行き着くには必要な考え方というか、何か足りないのかもですね」
「このままやっても無駄ってことかぁ……。そりゃそうだよなぁ」
無駄なら、これ以上これをやっても仕方ないか……。ほかのことを勉強した方がいいな。
家に置いてる中級魔導書と借りてる本を読むか。まだ読んでる途中だったしな。
「羽……」
「羽?」
「羽の形にしてさ。空を飛べるかなって思ってたんだぁ……楽しみにしてたのにさ……」
「ますたーって時々、こどもっぽいですよね」
「なにを言ってるのさ。ぼくは子どもだよ。立派なね」
人間の念願の夢である「空を自由に飛びたいな」が今では無理だとしって、軽くショックを受けた。
今が無理なだけで、いつかはできるようになってやる。絶対空を飛んだら楽しいもん。
「ふぁ……」
宿舎に戻ろうとしてギルドから外へ出ると、早朝は積もっていた雪も踏まれて固くなり、端に寄せられて歩くスペースが確保されていた。
「お、歩きやすくなってますね〜……」
少し歩くだけで肩や頭に雪が積もるほどの降雪。雪は好きだけど、冬の入りたてでこれくらい積もるなら結構ヤバいなぁ〜。
北海道とか、新潟とか、すごいって聞くもんな。道路のよこに雪の壁が! とか。
エリルが外に出て隣を歩く時にも冬仕様の服装にいつの間にか変わっていたから、ちょっと笑っちゃったし。
「ただいま〜……って、アルマさんはいるかな?」
ドアを開けても返事がない。
「まだ図書館から帰ってきてないのかな? 迷子とか……いや、さすがにそんなことはないか」
自室から本を選んで、宿舎から外に出ようとした。借りてた本を返さないいけないのだ。
「ううっ……寒い……」
再び外に出ると、改めて寒さに巻かれる。
「いくかぁ……」
──ぐず、ぐすっ……。
「……?」
両手を息で温めていると、宿舎の横の裏道からすすり泣く声が聞こえた。
覗き込んでみると、黒いフードを被って膝を抱えている黒い塊があった。
「? もしかして、アルマさん……?」
「うえっ、クラディスくん? クラディスくん……?」
うわ、びっくりした。
涙とか鼻水とかで顔がすごいことになってる。
「……えーと、何があったのか分かんないけど……とりあえず中に入ってから話をします?」
「う”ん”」
アルマさんを連れて室内に戻り、話を聞くためにとりあえず落ち着いてもらおうとホットミルクを出した。
寒さは感じないって言ってたけど、それでもとりあえず万が一でも風邪をひいたらダメだと思って毛布を持ってきて肩から掛けた。
これで、大丈夫かな。
「で、なにがあったの?」
「ひぐっ……うぇぇぇ……うぅ」
「……大丈夫?」
「あぃ……ぶ、です……」
ホットミルクを飲み、ズビズビと鼻水を啜る。
ティッシュを持っていくと、鼻をチーンとかみ、うぇ、うぇ、と苦しそうに身体を上下に揺らしていた。
そのあと、何度か息を整えると最後に大きく息をすいこんで。
「わたしっ、は……っ、化け物だからっ! これ以上二人に迷惑はかけられません。だから、今日で、さよならを――」
「えええっ!? ちょちょちょっとまって!!」
突然、何を言い出すんだ!!?
思い立ったら即行動はいいことだけど、この場合は、はいそうですか、なんて言える訳もない。
「経緯を、経緯を説明して欲しいんだけど……」
目が真っ赤になったまま、アルマさんは口を富士山のように尖らせて、しょぼしょぼと事情を語ってくれた。
「……今日、図書館でこんなことを言われたんです」
◇◇◇
「死霊術士について、ですか?」
司書はアルマが出した紙を一瞥し、そう言った。
その言葉に対して返事ではなくて頷きで返すと、司書は資料を捲り、チラッと上目でアルマの表情を見た。
「まとめられた研究資料はありますが、それでも良いですか?」
「は、はいっ!」
元気よく返事を返したアルマのことを流し、再び資料に目を戻した。
やった、あるんだ。そう喜んでいたのも束の間。
「……失礼ですが、何故、死霊術士について調べているのですか?」
「え、何故と言いますと……」
「死霊術士を学ぶ理由を教えてください」
「それは……えっと……勉強した方がいいと思って……」
「何故?」
アルマは司書がしつこく聞いてくるのがよく分かっていなかった。
そしてアルマのことを見つめてくる視線がとても冷ややかで、若干の警戒が混じっているのも理解し得なかった。
なんで、そんな、かおでみるんだろう。
「何故って……。べ、別にいいじゃないですか」
「良くありませんよ。死霊術士が使う死霊術は禁忌魔法に分類され、閲覧制限がかけられています。それに……」
司書がアルマを素性を探ろうと鋭い目を向ける。
クラディスの仮面を被っていることから表情から捉えられることは無い。しかし、籠った声色からは焦りや動揺が隠しきれずに伝わっていて。
「顔を隠し、魔女しか使えない禁忌魔法を勉強だのと……あなたはもしや魔族なのでは?」
「……え」
それまで黙って聞いていた図書館内にいる人達はザワめきだし、口々に言葉を発した。
「死霊術士って……死者を戯ぶ術だろ……。それを学ぶって」
「不気味だぞアイツ……、おい、警備の奴はどこに」
「気持ち悪い……」
「死霊術を使う化け物のことは聞いたことはあるけど、それに興味を持つって……」
「魔族だと? なんでここに……」
静かだった館内から聞こえる、アルマに向けられた声。
そのような言葉を浴びせられながらこの場に立っていることなど、アルマはできはしなかった。
「まっ、魔族がこんな所にノコノコ来るわけないんですけどね。それで、どうしてこれを──」
「――っ!」
試すように言った言葉を撤回しようと声をやわらげた司書の声など、既にアルマには届かなかった。
「えっ、ちょっ、あなた!」
そのまま逃げるように図書館の外へ出て、宿舎に全力で逃げるようにかえつていったのであった。




