閑話 奴隷首輪の行方①
アサルトリアでの体験期間が終了をした後のお話。
久々の自宅でゆっくりしつつ、大きなテーブルの上で紙を広げて来たる用事までの暇つぶしがてら、とても懐かしい言葉のお勉強をしていた。
「音読み、訓読み」
「オン読み、コン読み」
「そうそ――違う、訓読み」
「クン読み……?」
「うん」
「クン読み、コン読み」
「あー……オン読み。クン読み」
向かい側に座っているアンが、必死に紙に書かれた。甘《あま/カン》という文字を凝視。
これをしている理由は、アンからの申し出から始まった。どうもアンという名前の由来が気になったらしい。
しかし、教える側の僕がゲシュタルト崩壊してしまいそうだ。
「お菓子とか食べた時に、甘い! っていうじゃん」
「はい」
「で、ケーキとかチーズとか食べた時に、甘露! っていうじゃん」
「……? はい」
「その、かんろとあまいを合わせて、アン。あま、かん、これが音読みと訓読みで」
「????」
ふむ。
かれこれ30分くらい話をしていたけど、違和感を感じた。
どうしてこんな簡単な説明を理解をしてくれないの、という訳ではない。
多分……これ、世界システムのせいだな。僕の説明力不足も少しはあると思うけど。
説明をしていて思ったのは「言葉を発したのが自動的に翻訳されて、向こう側に伝わっている」ってことだ。
名付けて、僕が馴染めているのはユニークスキルのおかげ説。
言語は少なからず翻訳とかはしてくれてるとは思うけど、文字に関しては多分……いや絶対に『言語理解』が役に立ってくれている。
理由の一つ。話す言葉ではそこまで食い違いが生じていない。
理由の二つ。地球の知識を用いて文字を書くと、向こうも違和感があるようで首を傾げられる。
理由の三つ。こちらの世界の話だけで書くのなら、これは大丈夫らしい。
なぁるほど。偶然的にだけど、色々と考えられることが増えたな。
ということは、こういった話をする時には注意が必要ってことだ。転生者だと思われるかもしれない。
「とりあえず、アンって名前は外国人の名前でも使われるから変な意味じゃないよ」
「がいこく……? とは」
「あー……やめといた方がいい。もっとごちゃごちゃになっちゃうから」
日本語と一緒に英語を勉強させるなんて、鬼畜すぎる。
「そうですか。あまい、かんろ、アン……」
「僕の名前って、クラディスじゃないですか」
「クラディス……? あ、はい!――あ、すみません。その、呼んでしまって」
「いや、呼んでもらって全然いいんだけどさ。……その今の名前が前の世界の名前が違うって言ったらどう?」
「!!?? つまり……その、どういう……?」
目を丸くして、興味深そうに聞いてきてくれた。
「僕の前の名前、明人、って名前だったの」
「アキト……」
「明るい人で明人って読むんだけど」
「アカルイヒト」
僕の言葉をぎこちなく繰り返す。キュッと大きな紙の上に明、人と書いた。
「さっきまでの話。文字の読み方が違くて……例えば、アキトじゃなかったらアキヒトとかアカヒト、アカト……あとはミョウトとも読めたりもするんだけど」
「????」
「ややこしいよね。ごめん」
頭の上にポンポンとクエスチョンマークが浮かんでる。
そんな状態でも頑張って理解しようとしてくれているから、明人の読み方とかはどうでもいいと言っておいた。
明人の読み方とか今後の人生で使うこともないだろう。
音読み訓読みの例を出せたらいいなぁって思ってたけど、逆効果だったか。
「あるじの名前が複雑、となると。ご家族の名前も……その、複雑なのですか?」
と、アンからの追い質問。勉強熱心なことはいい事だけど……。
ペルシェトさんとの勉強会も僕以上に聞いてるし、分からないところは聞くようになった。それに関しては嬉しい。
けど、んー……僕の家族の名前かあ。まぁいいか。簡単に説明をしておこう。
「複雑と言われたら確かにそうだね。母親が結、父親が昇登、妹が佳奈って名前なんだだけど……」
「ユイ、ショウト、カナ」
「えーっと、確か、母さんは人との繋がりを大事にするという意味で結ぶって字。父さんは向上心があって、ずっと上を目指すような人になれって意味で、ほとんど同じ意味の字が二つ名付けられてた。妹は、美しく実りの多い人生を歩んで欲しいって意味だった気がする」
紙に筆を走らせる。その筆先をアンが目で追う。
その書いた文字をアンは何故か掌に真似て描き、理解しようと静止。
「…………?? ショウトが向上心、ユイが繋がり、カナが美しく実りの多い……?」
ぼふぅっ。
おぉ、アンの頭から煙が出てる。もうやめとこう。
壁にかかってる時計を確認してみる。
うん、そろそろ出ていったらちょうどいい具合か。
「じゃあ、勉強会はこれくらいで――いこうか」
手荷物をまとめた収納袋を持ち、かけていた服に袖を通した。
「行くってどこにですか? 今日は特に用事も……」
「アンの首、スース―してるでしょ」
「……? ……あ!」
アンは首元に手を当て、首輪がないことを確認した。
はっ、そういえば! みたいな顔になってる。
「そろそろできてると思うから、防具の点検も兼ねてね」
「はい!」
【アサルトリア】の体験期間の前、防具屋さんまで行って、首輪の加工をお願いしておいた。
アンが事前にどんな形にしておいてほしいとかを決めていてくれて、出して、それが完成している頃。
僕はどんな形になっているのかは知らされていない。少し楽しみ。




