閑話 転生者の恋愛事情②
恋心調査隊の二人は、クラディス少年に突撃インタビューを実施。
ざぁざぁと蛇口から流れる水で泡を落として食器を洗っているのを止めさせ、厨房の奥へと押し込んだ。
「なっ、なんですか!?」
焦りながらそう聞いてくる声を無視し、奥へ奥へ。
受付からは声が聞こえないような場所で、突然女性二人にずいっと詰め寄られたクラディスは状況が呑み込めず目を泳がしている。
「して、クラディス少年!」
「は! はい!?」
「君は……女心というものを理解していないのではないかね?」
「はい…………はい?」
先程まで雑用を押し付けられていた少年にするような問いかけではない。
だがそんなの知ったことではない。彼女らは自分たちの欲を満たすまで止まれないのだ。
恋愛の暴走電車。もう、行ける所まで行ってしまおう。
「クラディス君って好きな人っている?」
「好きな人……ですか? それはどういう」
「恋愛的に、だよお〜」
代わる代わるされる質問に、えぇ、と困惑したような声が出てくる。
それを上から押しつぶすような圧力で答えを迫って行く。
「どう? 誰かいない?」
「好きな人……、好きな人は……いないかも」
その返答を聞き、唖然。先程までの盛り上がりが下火へ。
キスをして、同じベッドで寝て、好きではないと!
2人の中で女たらしの烙印をバンっと付けた。
「――でも、大事な人なら……いますね」
もう少しで火が消えそうだった二人の中に、またゆらっと火の勢いが戻る。
それは目の前の少年が、さも恥ずかしそうに、俯いたからだ。
あらあら! と口を手のひらで抑え、自分たちでも気持ちの悪いと思う興奮したような、ふっふっという声がでてきた。
「それは、だれなの?」
「……アン……は、僕にとって大事な人です」
ぼおぉっと火が燃え盛る!
さぁさぁ、これまたエンジンがかかって参りました!
グイグイと二人はクラディスに身を寄せ、さらに話を聞いていく。
「どう大事な人なの?」
奥の端の角。背中を壁に押し付け、追い込まれた草食動物のようにビクビクと震える。
「どう……って言われましても、護ってあげたいし、辛いことがあったら一緒に背負いたい……というか」
「好きな人とは何が違うの?」
「……どう、なんですかね。アンのことは好きですけど、色んな話をしてきた中で好きって言葉では表現出来ないような気がして」
クラディス少年も、どう言い表そうかと口篭る。
その次の言葉を今か今かと鼻息荒くして待つ2人。
「恋人、というよりも、家族という感じなのかな」
家族、という言葉に対し、兎人がそれの表現を受け止めようと頭をグルグル。
「えっと……えーっと。熟年夫婦ような感じでー、いて当たり前というかあ、なんというかって感じ?」
「あ、そうですそうです。そんな感じで……。好きとかって少し若者っぽくていいなって思うんですけど、それよりもなんというか、もっと安定して、好きを通り越して、一緒にいて欲しい人という感じで……」
と話すクラディスが、とつぜん顔が真っ赤になった。
何事かと思ったが、単純に何も考えずに恋愛トークをしてることに恥ずかしくなったのだ。
あ、とか、う、とか声にならない声を出し、俯いた。
その反応を見て、二人は大満足。
だがしかし、まだ終わらせはしない。聞きたいことが残っている。
「キスとかしてみたい?」
只人の踏み込んだ質問に、いよいよクラディス少年の照れくささが別の感情まで動かすように。
「なっ、ホントなんなんですか! 突然。脈絡もなく、こういう話は僕、得意じゃないんですから!」
「いいからいいから〜、で? どうなの?」
照れ臭さから発言を避けようとしたクラディスの腕を拘束し、迫る。
逃げれないように退路を塞がれている状況。
そして、クラディスよりも数段強い女性冒険者。
答えをはぐらかしたら何をされるかわからない恐怖。
「……キスは、その……」
ぼふっと顔が真っ赤になる。
その反応で既にご飯が美味しく感じられそうだが、求めるのは明確な答え。
「その、なに?」
意地悪く、掘り下げていく。
「……アンが、したいっていうのなら……」
「え〜なにそれぇ。まぁいいや。じゃあさ、もっと凄いことはどう?」
「もっと凄いことって……?」
初々しい子ども。そんな子が照れながら、目尻に涙を浮かべながら、顔を小さくあげて問いかけてきた。
本来ならこのようなことは言うべきではないだろう。12か13かその程度の初心な少年を前にして言う言葉ではない。
と、善良な心が訴えかけるのも無視し、あろうことか息が荒くなった顔まで近づけ、
「そりゃあ、セック――」
「あるじに何をしてる」
と、暴走していた二人の受付嬢の背後。ひんやりと刺すような言葉が暴走電車に急ブレーキをかけた。
熟練の冒険者である二人の背筋が凍る。
知らぬ、味わったことの無い恐怖。
恐る恐る振り返ると、まるでゴミを見るかのような目付きで二人を見ているアンが立っていた。
「えっ、あっ、アンちゃん……いや、その、ね、まずは落ち着いて」
「まさか、本当に手を出すとは思ってもみなかった」
ごぉぉ、と殺気が冷気のように皮膚に刺さり、ササッと二人はクラディスを解放した。
そこでやっとアンの表情が見えたクラディスは安心したようで、表情が和らぐ。
同時、アンの殺気も急激に抑えられ、クラディスの手を握った。
「あるじ、行きましょう」
「う、うん」
アンに引っ張られ、クラディスは厨房から出ていく。
その二人の後ろ姿を、恋愛調査隊はビクビクと怯えながら見送った。
◇◇◇
血盟拠点を出て、二人は外のベンチに腰掛けた。
そこは正面の通りからは見えず、建物中からも見えづらい場所。
いくつもある大きな木の下に拵えられているそれは、何時かの広場にあるベンチと同じ造り。
「あーそういう感じなんだね。アンの話からこっちに来たんだ」
「すみません……わたしが話してしまったせいで」
「いやいや、ぜーんぜん。ちょっとビックリはしちゃったけど」
アンが事情説明をすると、ははは、と笑った。
久しぶりの――と言っても二日ぶりくらいの――二人きりの時間。
アンの中では先程までの質問で頭の中でグルグルと色んな考えが渦巻いていた。
「ぁ…………の」
隣にいるクラディスに聞こえるか聞こえないか程度の声量。
チラと確認のために隣を見てみると、風で葉が擦れ動く音を楽しむように目を瞑っている。
聞こえていないのか。顔を伏せた。
恋、とは烏滸がましい感情だ。
主人にとって従者が特別な存在であるか否かを問おうとさせるのだから。
だが、このモゾモゾとした感情のまま、終わって欲しくもない。
「あるじ……、その、わたしのことって……」
好きですか、と言う言葉が出かかって、クラディスの方へと向けた視線が止まる。
アンの瞳が捉えたのは、唇、細い首、黒の瞳、小さく傾いた顔。
うぁっ、と彼女らしからぬ声が零れるが、視線は未だクラディスにとどまったまま。
まるでその表情を焼き付けるように、黒の瞳を大きく見開く。
ややあって、クラディスもさすがに不思議に思ったのか、ん、と声を出した。
その声ではっと我に返り、誤魔化すために目線をそらして。
「どうしたの?」
「い、いえっ……なんでも」
「? そう?」
木から茶色となった落ち葉がゆらゆらと落ちてくる。
足元に落ちたそれを見て、息を吸い込んで、はいた。
クラディスにとって自分は、何者でもないのかもしれない。そう思っていた方が、そうでなかった時に落ち込まなくて済む。
今までの人生で学んだことだ。だが、そう思ってしまうと、酷く落ち込んでしまう。
――期待をしたら、ダメだ。
果たして、この感情は男女間で出てくる『好き』という感情そのモノなのだろうか、と自問。
主従間にあるような慕情にも似ている。捨てないでほしいという奴隷の依存にも似ている。
そして、従者の自分と恋人関係になって、主人は幸せなのか、という自分への問いかけ。
この気持ちを抑えるために、様々な言い訳じみた思いを浮かべる。
そして、それは思ったよりも激しく少女の思いを搔き乱した。
――あるじの傍らはわたしでは務まらない。
最後のトドメ。自分に言い聞かせるように、呟いた。
ふぅ、と心の乱れを整理をするように息を吐く。
「――そんなことないよ」
隣から聞こえた言葉に、アンはゆっくりと目を向ける。
「そんなことない」
突然発せられた言葉を聞き、何をさす言葉なのかと頭を働かせると――すぐにそれは分かった。
思いを重ねていた言葉が心の中では留まり切れずに、小さく、口から言葉となっていたのだ。
「ぅ、あ……そ、その……」
事態を理解すると、顔が真っ赤に染まり、必死に否定をしようと手を横に振る。
自分が何を否定しようとしているのか、そんなことまでは考えが巡らない。
「僕の従者さんは、アンじゃないと務まらないよ。それは、これからもずっと」
ずっと、という言葉にそわそわした心地いいものが体を駆け巡る。
従者、従者? 従者! 従者……。従者。
それは望む言葉ではなかったけれど、それでも――……。
「その、従者、から、発展したりは、しないのですか」
一度溢れた思いは、再び言葉へと姿を変える。
ビクッ、と自分でも訳の分からない状況に背筋が伸びた。
堪えようとしても、もう、発してしまったのだ。もちろん、耳に入る前に首根っこを摑まえることなどできない。
出た後に口を塞いだが、間に合うわけもなく。
「……僕なんかで、いいなら」
ピクリと耳が反応。ぜひ、と言おうと顔をむけると、まだクラディスは言葉を続けて。
「でも、まだまだ外の世界は広いから、僕なんかよりもいい人が見つかると思う……」
「……そんな、ことは……」
耳がしゅんと下へ傾く。でも、という逆説的な言葉がなければ、と八つ当たりのような感情が出てくる始末。
だが、まだ、クラディスの言葉は続いた。
「だから、もうちょっと世界を見て回ってから、それでもアンが好きって言ってくれるなら――」
言葉に一喜一憂し、クラディスの次の言葉を待つように完全に硬直をしているアンの方へと彼はほほ笑んだ。
「発展、してもいいかもね」
何か、重く、衝撃的なモノが頭の上から降ってきたような気がした。
はたまた、花が芽吹いたような気もした。
ふへっ、と今までに出したことの無い変な声が、口から自然と溢れ出た。
意図をクラディスが汲み取っているのかは定かでは無い。ないが、その返答は少女の心の蟠りを晴らすには十分過ぎた。
「それで……お願いします」
という言葉を彼女らしく呟くのに全力を使い、それきり顔を伏せた。




