閑話 転生者の恋愛事情①
これは、アンが受付をしてある程度は周りの受付嬢と話せれるようになった頃のお話。
今現在は受付をしに来る者もおらず、ただただ暇な時間が流れていた。
昼過ぎ、そして血盟加入の期限も今日で締切。
おそらく、もう人は来ないだろう! きっとそうだ!
小綺麗な入口を見つめ、うんと頷いた受付嬢達はアンの頭越しにアイコンタクトを送った。
「ね、アンちゃんとクラディス君ってどんな関係なの?」
さも仕事をしている風に装い、天板の上に置かれた資料をまとめつつ、只人は横にいる褐色肌の少女に問うた。
「え〜、気になる気になる! あの子かっこかわいい感じだもんねえ。その子と二人でパーティーってことはぁ……」
そこに兎人が乗っかり、耳をピンっと立ててズイっとアンに近寄った。
女3人寄れば姦しい。二人の時点で非常に会話で盛り上がっていたのだが、正にこれだ。アンは二人の問いかけに長い耳を反応させ、とりあえずは天板の上を整理し始めた。
「わたしはあるじの従者だ。……ただ、それだけ」
と、嫌げな顔をしつつも当然のように話す。
だが、その返事は二人が望むものではなかった。
「えー、でもさでもさ〜、アンちゃんのクラディス君を見る時の目はぁ、乙女のソレよねえ?」
「たしかに。あの目は恋する者の目だ」
グイグイと椅子を持ち上げながら近づく受付嬢二人の圧に押され、肩が狭ばる。
「……そういうの……ではない」
一気にしおしおとした反応になり、耳がひしゃげ、天板の上の資料を持つ手は小刻みに震えて、顔を軽く伏せた。
その反応はっ、まさにっ、恋する乙女のよう!
さぁさぁエンジンがかかって参りました! 両隣の女性陣はその反応を見て、楽しくて楽しくて堪りません。
だけれども、この二人は女子トークのプロです。そう簡単には終わらるつもりもありません。
「え〜、そっかあ。じゃあ私がクラディス君を狙っちゃおうかなぁ〜」
と、只人は呟く。その言葉に、アンの耳がピーンっと立った。
なっ、と小さい焦りの声。しかし、その声を無視してさらに煽るように続ける。
「アンちゃんと付き合ってるものだと思ってたから、手を出してなかったけど〜。私の部屋の掃除を頼んで、鍵を閉めて……」
唇に人差し指をあてがい、小動物を狩る獣のような笑みを浮かべる。
「色んなことしちゃおっかな」
ふふと口から漏れた笑い声。
「……ッ」
今にでも目の前の只人に手を出しそうな程鋭い眼光。平穏なこの空間にあってはならないような目。だが、こちらの女性陣とて伊達に死線をくぐり抜けてはいない。
二人の首から下げられているのは金等級の認識票。彼女らは中堅の冒険者なのだ。
そして、恋愛に関しては白金等級――いや、翠金等級の上級者。
普通なら怯えてしまうような目を向けられながらも、なお表情は崩れず、魔性の女を貼り付けた。
「まぁ? クラディス君が誰かのものだって言うんなら? 流石の私も手は出さないけどお?」
にたりと笑い、鼻歌をうたいながら書類の整理に戻った。
迫真の演技だ。そう兎人は思った。
絶賛嫌な女を演じている彼女は――確かに最近フラれたばかりであったとしても――子どもを手にかけるような女ではない!
いやはや、彼女がここまで演技派だとは思ってもみなかった。そう関心をしている傍ら、アンは口を小さく開いた。
出てきたのは、「……わたしは……」と小さい声。
そして少しの間。モゾモゾと足を動かし、ゆっくりと耳が下がっていく。
「分からないのだ……自分の気持ちが」
天板の上のメモ用紙の上で手を握り、皺を作る。
「だが、今、お前があるじにしようと思っていることを聞いて……モヤモヤと胸が痛くなった」
「それは、恋、だねえ」
「これが、恋、なのか?」
兎人の言葉に顔を向け、そうか、と少しだけ安心したような表情に。
「これが……恋、なんだな」
正体が分からず仕舞いだった感情。それが恋慕の一種ということならば、そういうことにしておこう。
その愛らしい様子を見て、只人の表情が崩れた。
こんなに彼女が初々しいものだったとは、と若干の罪悪感が襲う。
「……それで、アンちゃんは何かクラディス君とやったのぉ?」
今度は兎人の方が盛り上がり、少しばかりデリカシーに欠ける質問。
通常時の凛としたアンなら答えなかったであろう問。だが、感情の答えをくれた見返りとして、俯きながらもごもごと口にする。
「思い切って……その……き、き……」
「キス?」
「……をした。それに、い、い、一緒の布団で」
「えっ、性交ったの?」
アンの言葉の予測変換のように、両隣が言葉を繋ぐ。
だが、最後の言葉にはふるふると首を横に振った。
「寝た、だけだ。何もしていない」
長い耳が真っ赤になり、これ以上話すのはアンの羞恥心が爆発をしてしまいそうだ。
あの日、転生者の子だと暴露した後。一緒の布団で寝た。キスもした。抱きしめあった。
そしてその翌日、アンは我に返ってものすごい勢いでクラディスに頭を下げた。
すみませんでした、と。我を忘れていました、と。
長い間目を覚まさなかったクラディスを思う心が、押し寄せる波に耐えきれなかったのだ。久々に飼い主に会った子犬のように、感情が溢れて溢れて仕方がなかった。
そうでなければ、あのようなことが、出来るものか。
「……アンちゃんは、またそういうのがやりたい?」
兎人の問に、口をキュッと結びながら小さく頷く。
「それよりも凄いこともしてみたい?」
「…………それは……わか、らない。」
その返答に、兎人は理解したような表情。
そして再びアンの頭越しにアイコンタクトを送り、頷きあった。
――これは、クラディス君がリードする問題だ!
早速クラディス少年の元に行って問い詰めなければ。
「あるじは、わたしの…………その、恋人、ではない」
と、二人の間から今にも泣き出しそうに震えている声が聞こえる。
ふいと目線を下げると、ふるふると震えているアンがいた。
「しかし……、あるじにそういうことをする奴がいるのなら……そいつを殺してでも止めさせたい」
この手の話題になってからの少女の急変は目を見張る。
もぞもぞと、照れながら、口篭りながら、無機質だった言葉には感情が込められている。
「これが……恋、なのか」
あらあら! と興奮したように手で口を隠す二人。
あぁ、なんて言うことだ。
対人戦闘のプロフェッショナルである少女が、たった一人の少年にこれほどまでに悩まされるとは。
だけれども、進展があった。
少女の中にある、痛く、苦しく、しかしどこか心地のいいような感情の正体が分かった。




