閑話 転生者とバレないためにっ!
そろそろ夜風が肌寒く感じる時期のある日の昼下がり。
貸し与えられている宿舎の一室。幼年一人には余りあるその部屋に響くは唸り声。
幸い昼時ということもあり入居者のほとんどは仕事へ出かけている。その声を不思議に思う者などいない。
だから、ということではないが、いい機会とばかりに二人は、繰り返しになるが項垂れていた。
とはいえエリルの声は第三者には聞こえない。つまりはその一室から響く声は、幼き少年の唸る声だけだった。
「転生者だとバレないための作戦を練りましょう!!」
と、ベッドの上に立ちあがったエリルは大きな声でそう言った。
その姿を壁に背をもたれさせながら涙痕が走りに走った顔で見上げる。 先程、クラディスの恩師から「転生者は咎人である」という話をされたばかりなのだ。
「転生者だとバレないためには、この世界のことを知っておく必要があります!」
「……それは、分かってるけど」
「しかぁぁぁし!! その他にもやるべきことがあるのです」
食い気味に言葉を被せられたクラディスは不思議そうに首を傾げた。
それはなんだと思いますか!? と問われ、更に首を深く傾げる。
「えぇっと……強くなる、とか」
「正解です。他には」
「あまり、自分のことを話さない……とか?」
「はい、他に」
もぞもぞとベッドの上で揺れながら考えれど何も浮かぶことはなく。
正直に、もう思いつかないです、と答えるとエリルは前かがみになりながら。
「ますたーのお顔をふんだんに利用した作戦です!!」
と言ってどこからともなく女性服を取り出した。
え、と背中を壁にぴったりと着けるまでに体を引かせたクラディスを追いかけるようにずいッと近づく。
「えりる? その、どうしたの。顔、こわい、けど」
「ますたーは自分のお顔をご存じですか!?」
ご存じもご存じ。転生前の顔から変わってとても幼くなり、女性か男性か見分けがつかない様な顔立ちになっているのは毎朝の鏡が教えてくれている。
クラディス自身も男であるか時折不安になってくるほどの顔は、時間が経てど自分のものであるという実感がわかない。
だからエリルが持っている女性服が指す意味もおおよその見当はつく。
自分では認めなくはないからと頷くだけを返答として、エリルの答えを待つこと数秒。
「ますたー! 変装の特訓をしておきましょう!」
やはりそうきたか、と口には出さずに苦笑いを浮かべた。
◆◇◆
軍服、エリルが身に着けているのと同じ服、フリル付きの衣類、サイズが有り余っている寝巻き。エトセトラエトセトラ。
女性がみにつけそうなものを片っ端から付けられキャッキャッと興奮したように主人で遊ぶ。
クラディスはクラディスでいとやむなしとされるがまま。
「……ふむん……。ますた〜は実は女の子なのでは。とてもお似合いですよ!」
「オトコではあると思うよ」
顎に手をやり真顔で呟かれた言葉に溜息をついた。
服装を手渡しされるたびに「女性らしく振舞ってみてください!」や「もう少し厳格そうに!」と注文をされるのをめんどくさそうにしながらも応えていく。
もしかするとエリルのストレス発散に付き合っているのではないか? との考えが頭によぎるが、深く考えまいとして付き合うこと数十分――……。
「デュアラル王国より少佐を拝命しております。クラディス・ヘイ・アルジェント、ただいま着任いたします」
軍服に身を包んだ状態で敬礼をさせられながらの挨拶。
目を輝かせながらそれを見あげると、クラディスの冷徹な目にバチりと合い、思わず「ひゃっ」と身を引いた。
「……ますたーは演劇をやったことがあるのですか?」
酷く冷めた瞳でうちに闘志を秘めているような様子はなんとも。もはや経験をしたことがあるのではないかとも思えるほどの。
エリルの反応を認めたクラディスはスっと表情を戻す。
「昔に読んだことがある戦争もののキャラクターがこんな感じだった」
「それにしては鬼気迫る様子でしたが……」
軍人の素質でもあるのではないか。
なんて思いながらもエリル側としてはいいものを知れたとニヤニヤと口角が緩む。
「でしたら王国に仕える軍人というのもいいかもしれませんね」
「軍隊ぃ……?」
エリルの言った言葉に視線を一点に収めながら思案して、顔を上げた。
「敵国の二国と絶賛冷戦状態で、三体の魔王の領土全部に面してるこの王国の軍隊のことを言ってるの?」
「えぇ、そうです」
「海を挟んだ列強諸国の動向すら読めないって言うのに?」
「ワクワクしますね!」
「ハラハラしてるよ」
デュアラル王国はこの《ARcus第四地区》において他二国に対し、軍事力並びに国力の面で追随を許していない。
先の大戦で二国に大打撃を与えながらも講和条約を結ばず、現在は冷戦状態。
裏を返してみれば、それほどまでに屈強な兵士達と優秀な参謀がいる王国軍ならば転生者であろうとも目立つのは難しい。
「王国の軍人になることさえ出来れば、あとの人生は磐石と言っても過言じゃないです」
言葉の含意をそれとなく理解したようで、眉間のシワが寄る。
「絶対にヤ」と言って軍服のボタンを外していく。
「でしたらやはり性別を偽るというのは」
「そっちの方がいい」
なら、そっちで行きましょう!
そんな会話をしながら、久々の休日はお着替えと他愛のない話で幕を閉じた。




