222 目撃情報を追って
クラディスとアンの少数一党が下位迷宮に出かけてから、二日が経とうとしていた。
ムロは言った。攻略までにかけていい日数は三日までだと。
残る日数は一日。そろそろ連絡を待つのがダンジョン外にいる人間のお仕事なのだが、アサルトリアはアサルトリアでお仕事があるのだ。
「あなたが魔族の目撃者と聞いたんだが」
「ねー、ホントにいるのお?」
「ホントだってぇ! 薬草を取りに行った時に聞いたんだよォ! あれはまちがいねぇっ! 《惑わしの唄》だった!」
禿頭の男が身振り手振り伝える内容をレヴィがメモとして残しながら。
「《惑わしの唄》、とは」
「し、知らねぇのか? 船乗りの間じゃ有名な話だっけども……。おめェら人魚は知ってんのけ?」
「あぁ、魚類人系の種族だな」
「なら話は早ぇ! そいつらが唄うやつの一つにあんだよォ、それを聞いちまうと海面に幻が見えちまったりして、てぇへんなんだあ……」
「ふむ。他の者は『鼻歌』と言っていたが、あなたが聞いたのも」
「そだそんだ! 《惑わしの唄》の鼻歌だった!」
レヴィがつらつらと筆を走らせる中、ムロは卓に頬杖をついて、ずっとぶすっとした表情をしていた。
「おいレヴィ……聞き込み中くらいはそれしまっとけ」
「そうもいかん」
「いや、気持ちは分かる。分かるが、さすがに過保護になりすぎじゃねえか?」
「そろそろ連絡が来るかも知れない。聞き込みの時くらいは側に置いておいていいだろう」
ムロが呆れている理由は、聞き込み中のレヴィが側に置いている『通信魔導具』のこと。お仕事中だと言うのに、クラディス達からの連絡を今か今かと待っているのだ。
「まぁ……仕事が疎かにしなかったら」
「するわけもない」調査が終わると、レヴィは依頼主の前に飯屋の代金を払い席を立った。「感謝する。実際に先程言っていただいた場所にまで足を運んでみるよ」
「あ、あぁ。きをつけるんだぞ?」
「もちろんです」
いつものレヴィだ。
淡々と仕事をして、順序を追って目標まで進めていく。この調子だと仕事に弊害はないだろう──と思っていたのだが……。
今、アサルトリアの三人は目撃情報がある山に登っていた。
先頭には《剣闘士の器用貧乏》のエルシアが索敵。その後ろにはムロ。で、最後尾が黒いローブを着ている長髪の男性冒険者がレヴィだ。
普段の隊列だ。だが、そこには明らかに異様なものがあった。
ムロは……少しの間は我慢していたが、やっぱり注意することに。
「オイッ! レヴィ! それはやりすぎ!」
「はぁ? やりすぎとはなんだ」
「だって──せめてっ、手に持つとかあるだろ!?」
ムロが指摘したそれは、レヴィの横に浮かんでいる丸い球体――通信魔導具。
わざわざ浮遊させているということは、少しばかり意識がそちらに向くということだ。彼らは上位魔族の目撃場所とやらに出向いているというのに、それでは不注意ではないかと。
「手に持てば、片手が塞がるだろう。何を言っている」
「だからって言ってなぁ……」
「元より仕事を横に流したのは私達だ。達成報告を受ける義務がある。それに……」
レヴィは表情から緊張さえも抜いて。
「どうせ、いないさ」
「あン? どういう意味だ。依頼した奴の気が狂ってたって言いてぇのか?」
「違う。もうその場所にはいないという意味だ」
「行ってみねぇと分かんねぇだろ」
「分かるさ。その場所は行ったことがあるのでな」
「そうかいそうかい。そこ枝とがってんぞ、服引っ掛けんなよ」
「おっと、危ない危ない」
レヴィは言われた通りにローブを手繰り、獣道を進んでいく。
こんな道を通っている理由は、エルシアが事前に感知した魔物と戦闘を回避したからだ。
この三人であれば下位迷宮がある森林地帯に蔓延る魔物なら相手にならない。だとしても、不用意な戦闘を避けて温存をしておく必要があるのはそうだ。
上位魔族がいるのなら、万全の状態でいるべき。これは普通の感覚のはずだが、と思いながら後ろのレヴィをチラ見。
「……これで魔素無くなりました〜とか抜かすなよ」
「だから何回も言わすでない。今向かっている場所には魔族はいないと言っているだろう」
「分かんねぇだろって」
「二人ともうるさいっ。もうすぐなんだから、もっと、こう、緊張しなさいよね」
いつもより真面目な雰囲気だったエルシアがとうとう口を開き、正論をぶつけられたムロは、ふん、と鼻を鳴らして、レヴィは変わらず。
「緊張する必要もない」
「なんで、そう思うのかっ……聞いてもいい?」
エルシアは通るのに邪魔な草木を刈り取りながら進みながら聞いた。それを受け、レヴィはリラックスをしている様子で。
「私たちが聞いた最西の街の森の中の目撃場所はどこだと言っていた?」
「北の城門から、森を北にすすめば分かる、とか」
「漠然としたやつだったよな」
薬草採集をしていた冒険者が踏み入ったと言われる場所で見かけたという情報。その他も多くの目撃情報があり、そのほとんどが今現在向かっている場所でのものだったが……。
「その場所を二人は知らないのか?」
「知らねぇつーの、ここにくんの初めてだぞ」
「同じ〜」
「そうか。なら仕方ないか」
「ンだよ〜、勿体ぶんなよ」
後ろのレヴィを見ながらムロは歩いていると、その背中に突風が当たり、とっさに身構えると――……。
幻想的な空間が拡がっていた。
高く聳える巨木はサイズ感を狂わせ、人型である自分たちが自然では小さな存在だと嫌なほど感じさせられる。
光を羽織り空中を自在に遊ぶようにして浮かぶ羽虫は、立ち込める霧が光を遮るこの空間では限られた光源となっている。
蓮の葉が浮かぶ湖には、今まさに鰐のような魔物がゆらりと体を揺らしながら出てきているところ。
「っあー……。そーいうことね」
ムロが納得したように髪の毛を掻いて、しゃがんだ。土を抉るようにして掬うと、掬った部分からすぐさま形を戻していく。
ここは、下位迷宮の広場。クラディス達が通った道である。
「情報によると、ここで人魚たちが船乗りに向けて歌う《惑わしの歌》が上から聞こえたって」
「それの鼻歌な」
「そうそう」
「で、なんでレヴィはここにいねぇって思うんだよ」
掬った土を投げ捨てながら問われたことに、服に着いた汚れをパッパっと払いながらレヴィは答える。
「街に張られている感知の結界は確かここまで入っているはずだ。魔族の……それも上位ものであるなら、それに感知をされているはずだが」
といった。
ようやく返答をもらったムロはレヴィの言ったことに頷きはすれど「だけど」と否定を。
「魔素を隠してる可能性だってあんだろ。俺らが倒した下位魔族もやってたんだ、その上のやつらが出来ねぇわけなねぇ」
「ということはムロは魔族が道を歩き、木を登り、鼻歌を歌って、降りたというのか?」
あ、と間抜けな声が出た。妙に納得のできる答えであった。
「魔素が出るのは魔法や何かをした時。だから、いくら魔族だからって言っても木の上に登る時や森の中を移動する時には魔素が出るってことね」
エルシアもこのことに関してはふむふむと何度も頷き、「ならここにはいないみたいね」と同意をした。
「恐らくな。街の方の結界の管理局に『今まで感知した魔素』の情報を聞いてみたが、目撃情報のあった日の夜にここ近辺で、見たことの無い大きな魔素が感知できたらしい。木の上から降りてどこかに行った、ということだろう」
確か東に動いていたとか、と調査した内容を呟く。
「っつーことは、アレか。魔族はこっちの動向を探ってるってことにもならねぇか? 魔素を出してみたり、冒険者にちょっかいを出してみてって」
「そのこともあるだろう。戦力の調査、適応力の調査というべきか。遊ばれているのはそうだろうな。……目的はまだ明確には分からないが」
「かぁ〜、なんかむっかしに聞いたことがある話みたいだな。そのうち『またあの魔素か』ってなった時にヤベェことが起きるかも」
「でも……ここに来る必要は無かったんじゃない? レヴィはいないって分かってたんでしょ」
エルシアがその広場に腰掛けながらレヴィを見上げると、彼はふっと勝ち誇ったような顔を浮かべた。
「別にここに来る理由が無かったという訳では無い」
レヴィは周りを見渡し、そこで初めて通信魔導具を衣嚢にしまい込んだ。
「もし、クラディス達が疲弊して帰ってきたところを魔物達に襲われるのはつらいと思ったのでな。少し運動がてら、この広場の魔物を倒しておこうと思っていたのだ」
当然のように出てきた言葉に、2人は顔を見合わせてクスッと笑った。
「なんで笑う」
「「なーんでも」」
全部が分かっているように微笑むレヴィの肩をムロとエルシアは組みに行き、呵呵と笑った。




