204 ケトスの歩む先
マーシャルさんとムロさん達で話をしたのは、「冬季前に小旅行を予定してるからそれに着いてくるか?」というお話。
【アサルトリア】で水入らずでいいのでは? と思ったけど、運が良ければ戦ってる姿を見せれるかもしれない、とのこと。
その一言で一気に興味が湧いたけど、即決はしません。なぜなら僕は慎重さんなのです。
パーティーを組んでいる以上、色んなことを考慮する時間が必要なので、お試し期間の終了を期限として返事を待ってもらうことにした。
「――それで、どうしてここにいるの?」
「いやぁ、ギルドの人に聞いたらここで体験してるって言うからさ」
時刻は早朝。
ムロさんとのランニングを終え、ストレッチが済んだ頃にこの人はやってきた。
丸眼鏡でくせっ毛のケトス。寝起きみたいな顔してるけど、珍しく厚着をしてる。
「お、ティータんとこの」
「どうも」
「相変わらず愛想ねぇなぁ」
僕と会話する時と表情が全く違う。仲良しな血盟って話はどこに行ったのだ。
二人とも笑ってるけど、目が怖い。それに二人とも名前で呼んでないのが、なんとも。
お互いにそこまで仲良くしようとしてないって雰囲気がバンバン感じる。
「あ、あのぉ……ケトス? 何か用事があったんだよね」
冒険者同士のバチバチは心地いいものではない。
それも仲良くしてもらってる二人がそういうのはやめてほしい。
「うん、でも……」
ケトスはチラと汗をタオルで拭ってるムロさんの方を見た。
「ん、なんだ。俺が居たら出来ねぇ話か」
「まぁ、言う程ではないですが」
「わぁったわぁった。おっさんは席を外すよ」
そういうと、ムロさんは気を利かせて血盟拠点の方へと入っていった。
その背中を見送るケトス。やはり眼鏡の下の赤色の目がいつもより鋭い気がする。
僕以外と話す時ってこんな感じなのか……?
「……ここじゃなんだから歩く?」
「ん」
血盟拠点の前ではなくて少し歩きながら話をすることに。
走る格好だから少し寒風で体を冷やさぬように、上から少し地が厚いのを羽織った。
僕の少し前を歩くケトス。寒さ対策で巻かれてるマフラーがひらひらと右へ左へ。
自分から誘っといて、なんも喋らないのかい。
「……ケトスってムロさんと仲悪いの?」
「なんで?」
「バチバチしてたじゃん」
「……?」
え、無意識なの?
「あぁ。嫌いじゃないよ。ただ、人には合う合わないがあるからさ」
「……なるほどね」
なんでケトスが変人って言われてるのか、その一端がちょっと見えた気がする。
その人を慕ってる人の前で言うかね、いいけどさ。ケトスらしいし。
「……」
「…………」
「で、今日はどうしたの?」
後ろから声をかけると、ケトスは息を吐くようにして呟いた。
「僕さぁ」
「うん」
「冬季中にこの国離れると思うんだ」
「……は?」
顔は真剣そうで、でもいつものケトスっぽくて、でも冗談を言っているような感じではない。
これは、なんだ、どういう話だ。
「……なんで、急に」
「やりたいことがあるから、かなぁ」
「あ、前に言ってた……やつ?」
白い息をほぅと吐きながら、遠くを見つめてる。
『やりたいこと』? 具体的に言わないとしても友達として応援したいものではある、けど……。
イブもいなくなった、ケトスもいなくなってしまう。
せっかく出来た友達が遠くに行ってしまうって言うのは、正直に言って寂しい。
「……この国を離れて、どこに行くの?」
「剣闘士協会って言ったらわかる?」
「剣闘士――って、ウォルクス!? え、でも」
ケトスはまだ金等級にも上がってなかったはず。そんな人が協会に行けるなんて聞いたことがない。
「お! 行ける訳ないって顔してるね。僕もそう思ってたけど、実は協会に行ける条件みたいなのがあるんだよ」
「条件……? そんなの、上位冒険者とか……じゃないの」
「聞きたい?」
意地悪そうに笑いながら聞いてきた。
その顔を見て、いや別に、って咄嗟に言ってやりたい気持ちが出てくる。頑張って堪えて、真剣な話を聞く態度に切り替えた。
「……まぁ、うん」
「中位迷宮を踏破したら、白金等級とか翠金等級じゃなくてもお声がかかることがあるんだってさ。リリーさんが教えてくれた」
中位迷宮。言い方が硬いけど、中位のダンジョンってことだ。
その話を持ち掛けるってことは、もしかすると……。
そうだよな、人に聞かれないように話してるってことは。
「ケトス、せっかくの話だけどさ。僕は……」
「? あ、いや。お誘いの話じゃないよ」
「なんだよお」
手を横に振って、違う違うと言ってきた。
ちょっと身構えた恥ずかしさで、肩を小突く。
「じゃあ、血盟の人と一緒に潜るの?」
「一人で――」
ケトスは曇った眼鏡を袖で擦りながら言葉を繋げる。
「踏破したら、確実に行けるかなぁって思って。もうギルドには測定員をお願いしてるし」
ダンジョン攻略に関する話は僕も詳しくは知らない。
だけど、正式に攻略するのなら地上で待機してもらう人をギルドから引っ張って測定をしてもらうってのは聞いた。
「ケトスって、ぶっ飛んでるよね……色々と。怖くないの、一人で潜るって」
ダンジョン、迷宮。話を聞く限りは一人で潜るようには作られてない気がする。
下位が15階層、中位が30階層、上位が50階層。
それぞれが冒険者の登竜門になり、下位ならまだしも中位の単独攻略は歴史を見てもほとんど実例がない。
ここ数年間では間違いなくゼロ人。挑戦した人は……ゼロではない。
だから、友人として止めるべきだとは思う。
でも、ケトスが失敗する姿が想像つかないというのも事実だし……ぃ。
「言ってなかったっけ? クラディスと出会う前の話」
「前の話……? いや、何も聞いてないと思うけど」
「クラディスがイニシアの森にいたでしょ。その時、僕、どこから来た?」
なんだ、突然の問答?
あの時っていっても、二ヶ月くらい前だから……。
初めて会った時の光景を思い浮かべる。
――森に入った、ゴブリン倒した。
――もっと倒そうと奥に入った、休憩した。
――ゴブリンキングが見えて、逃げた。
――それ以上の気配を感じて、それがケトスだった。
「……奥からだっけ」
「そ。じゃあ、奥には何がある?」
奥、は……僕やアンが襲われた場所。ゴブリンキング二体と戦った場所――……。
「えっ、中位ダンジョン……」
「それ。その時に一回踏破してる、一人で」
にへらと笑いながら、こっちを見てきた。
呆れ二割、驚き八割。
ケトスの異常さは、よく知ってるつもりだったってのに。
その時って……何ヶ月も飲まず食わずで睡眠もまともに取ってなかった時の話だよな。
そのあともゴブリンキングで遊んでてたし……。
称号Ⅰ:勇者。その者の体は一騎当千の力を有し、その力で以てこの世界を救わんとする者――……とか、なんとか。
同じ称号Ⅰ持ちなんだけどな、僕も。こんなに違うのか。
「だから、今度は正式な手続きを踏んで、踏破するって訳」
「はあ」
ほんと、ケトスは……化け物よりも化け物だ。
特大のため息をついてやった。白い息がはぁーっと出ていった。
「じゃあ今日は、中位ダンジョンを一人でクリアして、協会に行くって話をしに来てくれたわけ?」
「そう! あの時、言わなかったからね」
「それは、律儀にどーも。というか……剣闘士協会なの? 魔導士協会じゃなく?」
「悩んだけど、賢者じゃないしぼく。勇者なんだから結局は剣の方が合うのかなぁって思って。まぁ、どっちでもいいでしょ。やることは変わらないし」
「ケトスらしいや」
わざわざ朝早くまで起きてきてくれて、多分1回家に訪ねて、ギルドまで行って話聞いて、アサルトリアまで来てくれたんだろう。
変なところで律儀を発揮してやがって。
「で、最初に言ったやりたいことって?」
「今言ってもいいけど……協会に行く時に言った方が良い気がする」
「なんだそら。……なんかずっと引き伸ばして、結局言わない奴だろそれ」
「どーかな。そうだったとしても恨まないでおくれよ」
もうクリアする前提だもんな。どうせまた僕を驚かしたりするつもりなのだろう。
「まぁ、いいよ。わかった。待つよ」
「よーし、クラディスに言ったから心置き無く……ふあぁ……ダンジョンに行けるね」
体を伸ばして大欠伸。
冬季までは時間がまだある。だけど、そうか。もう時間がほとんどないようなものか。
この世界で初めての友人。ムロさん達に命を救ってもらって、ケトスにも救ってもらった。
ずっと一緒にいて、クエストして、ご飯食べてっていう生活ができるとは思ってなかったけど……。それでも、やっぱりお別れは寂しい。
……だけれど、友人が晴れ晴れしい門出をするって事前報告をしてくれたのに、僕が辛気臭い顔してたらダメだよな。
腹を決めろ、クラディス! ほら、言うのだ!
「えっと……。が、頑張ってね?」
……顔を背けてのこの一言が精一杯です。
「頑張るよ〜。でさ、クラディスもなにかしてみたら? せっかく冬季来るんだからさ」
「……? もしかしてついでに僕に発破をしに来たの?」
「そ。クラディス、腰が重たいから」
「このぉ。まぁ……下位ダンジョンに行こうとは考えてるよ」
そう言うと、ケトスの耳が動いた。
「そう。じゃあ、考えといて。その間に僕は先に行ってるからさ」
意地の悪い言葉を言う、意地の悪い友人。
そうやって僕の競争心を駆り立てる。
あーはいはい、わかったわかった。僕の負けでいい。その挑発みたいな言葉に乗ろうじゃないか。
「……待ってたらいいよ。すぐ行くからさ。協会だろうが、なんだろうが」
「期待しとくね。じゃ、ここまでで。寒いだろうし、早くお帰りなさい」
顔の前に手のひらをピシッと立てて、停止の合図。そして、体を回されて来た道を向かされた。
話しながら歩いていくと、【ティータ】まで続く道の半ばほどまで来てたのか。
「ちょ、あ、じゃあ、次会うのは?」
「僕が迷宮を攻略したあとー……かな?」
「よし、じゃあ攻略したあとは美味い飯を食わしてやろう!」
振り返り、ポンっとケトスの胸に拳を当て、にぃっと笑った。
その言葉に目をキラキラと輝かせる。
「だから、何食いたいかって考えといて」
「おっけー、約束ね」
「うん」
手を振って帰っていった姿を見送ると、僕も来た道を帰り出した。




