203 くま再び
僕が再びレヴィさんの部屋を訪れる数分前のお話。
さあさあ、この大きな杖を収納袋に入れるための中身整理をどこでしようか。鑑定もしつつだから、人目が付かないところがいいよな……。
廊下ですれ違う人にバレないようにコソコソと杖を隠し、歩く。
中身を出すかもしれないから大きな空間が必要、か? つまり、屋外――
「ちょいちょい、クラウディオ君」
「わっ、びっくり」
倒れかかるように横から出てきた人影を見上げると、そこに居たのは私服のマーシャルさん。
相変わらず左腕の肘から手首までを包帯でぐるぐる巻きにしてる。
「よっ。元気にやってるかい?」
「えぇ……まぁ……」
必死に魔法杖を隠そうとモゾモゾとする。
が、もう既にマーシャルさんの目には僕の後ろの杖が写っていた。
「ん? レヴィの荷物運びでもやってんのか?」
「あ、う、あぁ……そ、そうなんですよお……。ちょっと、色々あって、ですね……」
ふぅん、と納得したような声。一安心。
そういえばイブの一件や闘技場ではお世話になったけど、こうしてまともに話すのは初めてか。
男勝りな性格、短めな赤髪。例えるなら女性版のムロさん。
漂う姉御感にあまり壁らしきものが感じられない。とても話しやすい。
「それで……マーシャルさんが、僕になんの用事で?」
「あ? あぁ、いンや、ギルドからの申し出だっつーのに、都合のいい雑用みたいに扱ってっからどんな感じかなーって聞きに。お前のお仲間に聞いても死にかけの魔物みてぇに、あ、う、しか言わねぇから」
それは多分緊張をしているからだろうけど……。
それよりも、都合のいい雑用のように扱っている認識はあったのか。
「楽しんではいます……。わがままを言っていいなら、アサルトリアの皆さんが依頼をしている姿を見てみたかったですけど」
「ふむふむ」
と言ってみると、それまでに意識してなかったけどよく見てみると違和感を感じるものがあった。
それはマーシャルさんが小脇に抱えてる、キャラメル色の、大きなやつ。
「……あのぉ……それって」
「……? あぁ、クマの被り物? 修理に出してたのが終わったから、自室に持ち帰り中」
「闘技場で付けてたやつですよね。一人だけクマがいたからすごく覚えてます」
「……! そっかお前、観客席にいたな」
耳が完璧に直ってる被り物の下顎をさわさわと撫でつつ、んーと何か考えているような声。
それを他所に、クマさんのクリクリとした可愛らしい目が、天井の照明を反射して一部だけぴかりと光ってる。
闘技場で耳が切り落とされた時、マーシャルさん叫んでたもんな。これ、お気に入りなのか。修理に出してたって言ってたから、よっぽど好きなんだ。
「……つっても、クマの被り物なぁ。ムロが突然被れって言ってきたからなぁ」
「えっ、ムロさんが?」
「突然脈絡もなく被れって言ってきた。元々は被るつもりなんかなかったんだけどな」
そういいながら、マーシャルさんはクマさんを着用。そしてポーズを決めた。
ツッコミ待ちのような気もするが……。血盟主だぞ? 僕なんかがツッコンでいいのか?
クリクリした目で見られつつ、僕はあははと苦笑い。
「へぇー……。気まぐれ、とかなんですかね」
「いんや、ぜってぇあいつは未来が視えてるに違いねぇ」
「……なんです、それ?」
突拍子もない話に、失礼にも思った言葉がそのまま出てしまった。
ふんす、と鼻を鳴らしたマーシャルさん。被り物の中だから声が籠ってる。
と思っていたら、すぐに調子を戻し、はあ、とため息をついた。
「っつー噂だ噂。変なことを思いついたり、異様に賭け事とかにつえーからな」
「……僕あの人が石に躓いて転んでるところ見たことありますよ」
「ああ、私もある。アイツが好きな肉料理で腹を下してる姿も見たことがある」
想像したら笑ってしまいそう。そう思えば、これもムロさんが買ったのか? お店で?
あ、やばい。笑いそう。
手で口を押えて、ふっふっと肩が揺れる。
「んでな? 一回聞いてみたことがあるんだ」
「未来見えるのか、って……ですか?」
「そうだ。そしたら「その質問をしてくるのも、見えていた」って言いやがってよ」
不満そうに腕を組み、またまた、ふんっ、と鼻を鳴らした。
「やっぱりあいつは未来が見えんじゃねぇのかって思ったぜ」
ただからかわれてるだけでは……とは言えない。ムロさんはそういうところあるし。
マーシャルさんって怖い人だと思ってたけど、こんなに無邪気なところがあるのか。
そりゃあ、色んな人に好かれて慕われるわけだ。
それから少し話をしていると、被り物をしたままで突然顔を上げた。
「あ、そうだ、いいこと考えた。お前ら二人ってこの期間が終わった後って暇?」
「え? ひまー……ではありますけど」
そんなこれからお茶しない? みたいな感じで言われても。
「だったら、いい話がある。血盟のお試しよりもいい話がな」
「えっ、それは――わっ!」
素早く抱きかかえられ、クマの被り物を被ったマーシャルさんに僕は連れていかれてしまった。




