196 血盟お試し期間
「えー、あー。お前ら食べるのも飲むのも一旦置け、血盟主の私から話がある」
天井に吊るされている光量が抑えられた橙色の照明が、酒場のような雰囲気を作り出す。
そのような空間で、ヒラと手を挙げて中央の木製の卓で声を出したのは左腕に包帯を巻いている赤髪の女性。
何を隠そう、この者はムロ達が入っている血盟の主――マーシャル。
その声で周りにいる【アサルトリア】の血盟員たちの視線が中央卓へ集まった。
「冒険者っつーのは、あほで、間抜けで、どうしようもない奴の集まりだ。私らに上位血盟の席を譲ってくれた趣味の悪ぃ入れ墨の巨大血盟なんかまさに終わってるような奴の巣窟だよな。銅等級だ、銀等級だっつって無下に扱ったり、種族とか出自とかで差別したり……。群れて自分のことが強ぇと錯覚する精神異常者。んで、私はそういうヤツらが大っ嫌いだ」
薄ら笑いを浮かべながらぐるりと見回し、血盟員の顔を確認。
「そんな汚ぇ冒険者が多い中、そうじゃない奴らがいる。そんで、嬉しいことにウチの血盟には冒険者かって疑っちまうほどの紳士淑女ばかりが集まってくれやがった。あほで、間抜けで、無駄に有り余った元気だけが取り柄の愉快な奴らがな。なぁ? お前ら」
何語かもわからないゴチャゴチャとした返事が聞こえ、満足そうにマーシャルは笑った。
だが、突然何を言い出すのだろうか、と一部の血盟員は思っていた。
彼らの卓の上には料理こそ疎らだが、一人一人にジョッキが行き渡り、夕食という名の宴会が始まっていた。
前触れもなく血盟員を褒めるような人ではない。これは裏がある。なんだ、何が始まる。
疑るような血盟員の視線が集まるのを感じ、マーシャルは「ぷっ」と噴き出した。
「だはは! すまんすまん。なんのこっちゃ分からねぇよな。せっかくの宴会なのに、白けさせちまったみたいだな」
笑うマーシャルへ向けられる眼差しが疑いから期待に変わる。
段々と茶化すような言葉が飛び交い始め、まぁまぁ落ち着けと両の掌を出す。
「まぁ正直、私からの適当な挨拶はただの事前確認で、前置きだ。んじゃ、メインの奴らに出てきてもらうとするか――いいぞ~。出てこい」
と、厨房の方に目を向けた。その視線を追うようにして全員の視線がそちらへ集まる。
厨房の陰からおずおずと出てきたのは、白髪で片眼を包帯で隠している子どもと黒髪で片側ポニーテールをしている褐色肌の子ども。
二人の子どもはマーシャルの手に招かれ、トトトと中央の卓へ。
わぁ、と声が上がる中、少年少女はマーシャルの両隣に並んだ。
「この二人は銀等級の冒険者だ。もちろん血盟に加入するわけじゃあねぇ。こいつらは今日から三日間、アサルトリアで血盟の体験をすることになったガキどもだ。おら、自己紹介」
背中をグイと押され、大勢の人の目の前に立たされる二人。
背筋が伸び、視線が泳ぎ、呼吸をすると酒の匂いが襲ってくる。
大きな深呼吸を一つすると、呼吸を浅くし、少年は一歩前へ踏み出した。
「は、初めまして……今日から三日間、血盟の体験をさせてもらうことになったクラディスと……」
「アン……」
「よろしくお願いします」
「……す」
文字通りの簡易的な挨拶。ぎこちなくも、子どもらしさが感じられるものだった。
まるで二匹の借りてきた猫。がちがちに緊張をしている二人の背中をトンっと押すように叩いた。
「ギルドからの借り物だが、存分に可愛がってやってくれ。お前らそういうの得意だろう?」
にやりと笑うと、冒険者組合と同程度の広さがある食事処に座っている者達は歓迎の雄叫びを上げた。
「ふたりともちっちゃーい!!」
「なになに? 二人は付き合ってんの! ね! どういう関係?」
「ばっかお前! 2人とも女の子だろ!?」
「血盟の体験ってことは、将来の血盟員候補ってことか!! まぁゆっくりしてけや新人!」
「アンちゃんの顔どこかで見たことある……」
「冒険者なりたてほやほやみたいな子じゃん! 可愛いなぁおい!」
一斉に人が押し寄せ、ぺたぺたとお触り会の始まり。
アンはビシーっと硬直をして、女性陣にされるがままの玩具状態。
クラディスも同様に色んな場所を引きずり回され、彼らなりの歓迎を受ける。
宴会が始まって間もないというのに、何故、このように酒臭いのだろうか。
酒の匂いと人だかりに中てられ、くらくらりと頭が麻痺するような感覚が襲った。
◇◇◇
話は数時間前へと遡る。
クラディス達と三人は、冒険者組合の職員宿舎前で久々の再会を果たした。
涙溢れる再会! とまではいかずとも、クラディスが体裁を保てずに親に甘えるような態度になるほどには感動的な再開であった。
その後、クラディスとアンを宿舎の自室へと戻らせて支度をさせた。
冒険者依頼でも受けに行くのか、と思っていたが連れてこられたのは【アサルトリア】の建物。
なんでも、三人は数日前に血盟体験の話を冒険者組合から持ちかけられていたらしい。
頭越しに取り決められたことに若干の不満を覚えつつ、クラディスとアンは宴会中の血盟員の前で自己紹介をさせられた――……。
「今思うと、悪いことをした」
と呟いたのは、机に座って茶を飲んでいる普段着のレヴィ。
急ぎ早に用事が決まったとはいえ、少しばかりクラディス達を粗雑に扱っているような気がする。
不満も何も言わずに着いてきたが、傍らの少女の表情は嫌そうに歪んでいた。
もしかすると楽しみにしていた用事があったのではないだろうか。
買い物の帰りで、男女二人、着飾っていた。何故か猫人族の帽子を被っていた……理由は分からないけれど。
あちらこちらにたらい回しにされている二人を見て、レヴィは考えるのを止めてすすすと茶を啜った。
「なんだぁ? こっちに来ないからって寂しいのか?」
お茶を啜るレヴィの隣。赤茶髪の男性が出来上がった様子で肩をバシバシと叩く。
机に並べられたいる食事をハムスターのように頬張り、ごくごくと酒を呷る。
っぷはぁ、と満足げに口を袖で拭うムロ。その姿を見る目を意識的に細めた。
「今日は飲むのだな。普段はそう飲まないというのに」
「そら飲まねぇと! 息子みてぇな奴が学び舎を卒業したんだから、成人式みてぇなもんさ」
「そうか?」
「そうさ」
ふむ、と空中を眺めて、何を思ったのか真剣な表情でムロの方を向きなおした。
「……教え子の成人式も、酒を飲むのか?」
「ったりめぇよ」
「……そうか」
ついと奥の方を見ると、胸元がはだけ、ジョッキを振り回している赤髪の女性の姿。
酒を呷り、骨付き肉を豪快に食らい、がはは、げらげらと笑う。
そのような状態で「クラちゃんこっちぃ~!!」と叫ぶ様子は目も当てられない。
「エルシアも同じ気持ちなのだろうか」
「あいつはいつもあんな感じだろ。――ってか、うだうだ考えずにお前も飲めよ!」
「飲まん」
「飲め!」
「うっ、寄るな。酒臭い」
体を引かせたレヴィ。その間を詰めるように酒がひたひたに入れられているジョッキをグイと突き出した。
ほら、と詰め寄るムロ。少しばかり視線を泳がせ、渋々ジョッキを受け取った。
「私が酒に弱いのを知っているだろう……?」
両手でジョッキを持ち、気まずそうに確認。その女くさい仕草に、知っているとも、と返す。
だったら、とレヴィが反抗しようとしたら、指をさすように骨付き肉をぶんっと回した。
「だがなぁ、てめぇが拾ったガキが成長した日に酒を飲まねぇのはちげぇってもんさ」
そうだろ? と続け、「一口でもいいから」とハードルを下げた。
これはもう逃げられないものなのだろう。
ジョッキに注がれた黄金色の麻痺毒を見て、ごくりと唾を呑み込む。
飲むことを決心し、ええい! とこくこくと二口。
上品に胃袋に流し込むと、グイっとムロにジョッキを突き返した。
「飲んだ、ぞ」
「飲んだな! 珍しいこともあるもんだ! がっはっは!」
「あそこまで、言われたなら……飲むのが、そうだろぅ」
キッと目を吊り上げて強気に言うが、すぐにくらと体が揺れ始めた。
ムロがサササと皿を退けると、レヴィは勢いよくバタリと机にうつ伏せた。
その姿を見てゲラゲラと笑う周りの血盟員。ムロが頭を突けど、ん、としか声が返ってこない。
あそこまで言われたら、と言ったが、普段は詰め寄っても飲まないというのに。
――こいつ、実は隠れて浮かれてたんじゃねぇのか?
すやすやと眠りについた仲間を置いて、別の食事を求めてムロは卓を移動していった。




