青虫オフィス
信濃町にあるマンションの一室では白い手袋をした数人の男達が盛んに動き回っていた。4LDKのその豪華な部屋は堂島の住居を兼ねた仕事場だった。
「榎本さん。すごい設備じゃありませんか」
佐野が首を振りながら言った。
「ええ、すごいですね。骨董品同然のものから最新のものまでよくもこれだけというほど揃っていますよ。どうやって集めたかしらないが資料がすごい。それもよく整理されている。これを読んで勉強すれば佐野さんならすぐ堂島と組めますよ」
「警視、乗ったらどうです」
有田がそういうと他の刑事達がどっと笑った。
「しかし、ここの機材は準備・研究用でしょう。本当にアタックする時は、ここのは使いません。やつはアタックをかける時は他人様のサーバーを通してやるんです。通された方も知らない内にね。まあ、一流のハッカーは大抵そうするんですが」
「警視、榎本さん。これをちょっと」
秦が呼んだ。
佐野と榎本が振り向くと、秦は壁にピンで止まっていた小さな写真に見入っていた。
「なんでしょう」と、側に寄ったふたりに秦はそれを示した。
「これ、堂島ですね。ちょっと見には別人ですが。ほらここのホクロ。まちがいないですよ」
「これが青虫ですか。くはー、無邪気な顔をしやがってこの野郎めが」
榎本はそういいながら、拳固でこつんと写真を叩いた。
褪色しかけているその写真には陸上競技のコスチュームをつけた高校生らしい少年が写っていた。学校のグランドで撮ったものらしく背景には校舎があった。榎本は青虫の若い頃の姿に興味を覚えたようで、しきりに首をひねりながら眺めている。
「警視。シャツの胸を見て下さい。埼央高校と読めますね。ご存じでしょうか。高校陸上界では名の知られた高校です。埼南大学の現在の監督は、以前この高校の陸上部の監督だった男ですが金銭面がルーズだという芳しくない噂があります。この真ん中にいるのが監督です。名前は黒木憲三、火傷を負った最終ランナーは彼のたしか一番下の息子です」
「ほう、堂島とランナーにそんなつながりがあったとは。そうだ、榎本さん。仮に堂島に黒木に対するなんらかの遺恨があったのだとして、辰巳さんのパスワードの謎が解けませんか。わたしはあれがひっかかって仕方がないんです。一体ああまで偶然が重なるものかって」
佐野が榎本に聞いた。榎本は目をぱちくりさせていたがすぐにこう言った。
「え?・・・あ・・・ああ、わかりましたよ」
榎本はぱちんと手を打ち合わせた。
「やられましたね。この糞虫野郎がろくでもないことを。しかし、うまいことを考えやがったな。ええ、パスワードは偶然なんかじゃありませんね。佐野さんの今の言葉で目から鱗が落ちましたよ。ハナから偶然などはないのだと考えるべきでした」
全員が手を止めて榎本を見た。
「これでやつのシッポを掴まえたかもしれません。物証というやつじゃないですか。辰巳さんの手に渡ったCDはTAROではなくここのサーバーにつながる仕組みだったんです。青虫はここでパスワードをメケン(目検)して、まちがいなければTAROに渡してやる、いわば隠れた中間走者の役割をやったのです。堂島はパスワードが違うのはわかったが、黒木に恨みを晴らすチャンスだと見て通してやったんでしょう。そもそも青虫ほどのやつが自分の誕生日などをパスワードにするなど、そんな安直なことをするわけはないんだ。8桁とか16桁でしょう。中身はパスワードがなんであれ、SHOTまで行けば消してしまう仕掛けでした。堂島はブツを手渡したあとで金銭トラブルなどが起きた場合のことを考えて、この仕組みを担保にしたんでしょうが、うまい手を考えたもんだ」
佐野が肯いた。
「なるほど。榎本さん。今の話を証明出来ますか」
「あれれ、佐野さんらしくもないことを。この件は日時が正確に掴めているのが強みじゃありませんか」
「あ、そうか」
佐野は頭を掻いた。
「そうでしたね。辰巳さんが加入しているプロバイダーのログを調べるといいのだ。てっきり杉電器のサーバーに繋がったとばかり思っていたので盲点になってました。五十風。聞いてたな。室長がどこかの所轄に指示してくれたはずだが、君が引き継いで結果を至急出してくれ」
「わかりました」
五十風は手袋を外すと急いで部屋を出ていった。全員に特別褒賞が出るとあって動きが軽ろやかである。
「まてよ」
その後ろ姿を見送った榎本が言った。
「ひょっとするとランナーに火傷を負わせたのは辰巳さんではなく堂島かもしれませんよ。辰巳さんはSHOTはひとりで点滅を始め、マーカーも最後に少し動いたと言ってたんですよね。証拠ですか? ここのサーバーからログを吐かせて調べればわかると思いますが、その必要はないかも。やつの性格からして吐くと思いますよ」
その時、佐野の携帯が鳴った。
聞く内に佐野は驚きの表情になった。
「柴田が自殺? なに大山さんも、ああ」
一同は棒立ちになり、榎本は床に腰をおろすと頭を抱えてしまった。
「柴田が・・・なんというはやまったことをしたんだ。落ち着いたら海に誘ってやろうと思ってたのに・・・大山さんも・・・一体なんなんだよ。




