バード蘇生す
鴨原は蘇生した。
病室で秦の質問に答えた言葉を録音したものがある。
「よくもまあ助かったもんだ。伊能には負け続けです。手話は俺の両親が揃って難聴だったもんだから小学生のときから身についてました。時に、あの人のあの指はなんだったんです」
(それなんだがね。あの指というのが少しも心当たりがないというんだ。もちろん辰巳さんは手話は全く知らない)
「でも、たしかに指をこう動かしましたよ。おかしいな・・・あの人の誕生日はひょっとして二月十四日じゃありませんか」
〈中断〉
(本人ではないが身近な人にその誕生日の人がいるそうだ)
「やっぱり。じゃ叩いたパスワードは〇二一四だったんだ。偶然というやつは恐ろしいもんですねえ、堂島が実はそうなんですよ。俺は何年も女性ファンのふりをして毎年チョコレートを送ってやってましたよ。ちょっと失礼。また水を・・・・」
〈十秒ほど声が中断。グラスを置く音〉
「ことの始まりは野々山と柴田でした。野々山は娘さんの悲劇から一年ほど経ったころ、娘さんの遺品を整理していて初めて柴田の事を知ったそうです。一緒に撮った写真と裏蓋に『FROM WAKABA』と彫った柴田の為に買っておいた腕時計が出てきて、そいつは日本時間に合わされていてまだ動いていたそうですよ。野々山はそれを持って柴田を訪ねた。末は親子になるかもしれなかったふたりが悲しい対面をしたというわけです。その後、何度か会っては若葉さんの思い出話を交わしている内に、柴田はもらしてはいけなかった仕事の内容をつい語ってしまった。自分が娘さんの恋人としていかに相応しい人間だったかということを、誇示というよりは野々山への思い遣りがそうさせたのでしょう。それを知った野々山が何気なく思いつきをぽろりと口に出した。時計を握りしめてそれを聞いていた柴田に娘さんの怨念が腕を伝わって昇っていき、脳のどこかをチョンとつついた。魔が差したというやつでしょうね。ちょっとまたすみません」
〈グラスの音〉
「柴田はやりましょうと言った。野々山のアイデアは危ないものじゃなかった。FLAGの後に拳銃が大写しになって、NO MORE GUNとかいう文字が出る程度のものでね。野々山は、ほら、米国へ銃砲所持規制を働きかける日本の市民団体の理事です。しかしCGという特殊技術は柴田にはない。そこでCG班のメンバーでいつも金に困っていた大林という社員にそれを持ちかけた。そこが素人なんだ。そういうやつには決まって悪い虫がついている。ふたりが考えてもみなかった本物のワル共がここから蠢き出した。大林は首を賭けてやる以上、柴田や野々山から出る程度の報酬では満足出来なかった。
=GUNを外して火傷をさせる=
そこでかつて何度か仕事を請け負ったことがあるヒトマロに話をもって行き、ヒトマロはさらにお得意さんの沢田に話をつないだ。その沢田ですがね。警察はもう知っているでしょうが、あいつほど汚い奴はいない。奴はあっちのガンロビーの大物とつなぎをつけたんです。あいだに日本の代議士も入ってますね。その大物のひとり上院議員のマクネリが乗った。自分のところのボスが火傷を負わされれば日本からの運動の鉾先も鈍ると思ったんでしょう。日本からの熱心な運動のおかげで銃規制の機運が盛り上がって連中は結構いらついていましたからね。手付け金だけでも相当な金額が奴の懐に入った筈ですよ」
(鴨原さん、そのことを知っているのはあなたの他には誰です)
「沢田とその一味、というより沢田ひとりだと思います。電話を盗聴した感じでは」
(ほかには?)
「秦さんだけです。その沢田もお金には困ってました。大林どころじゃない借金を背負っていたらしく怖い連中から追い回されてびびってました。そして沢田から折り返しヒトマロにメンバーの斡旋依頼がいった。でもやつのテフダだけでは足りないもんで俺のところにもきたんです。迷ったんですがびっくりするほどいい報酬だったもんだから。で、青虫こと堂島を紹介してやったというわけです。そこからは柴田も野々山もカヤの外だった。計画は一切沢田とヒトマロとマクネリの息のかかった組織が仕切ったはずです。沢田はどうやってか俺を出し抜いて堂島と直接組みやがった。またすみませんが」
〈グラスを取る音〉
「堂島は自動と手動のふたとおりを作ったんです。自動は露見しない為の細工が複雑になり過ぎて確度が落ちると言いましてね。手動の方はご存じのとおり、あの人の手に渡ってしまった。あれは本当にどうしたんだろう」
(手話のことですね)
「はい。今思えばとても読めないほどへたくそだったんですが・・・はい? 予定を変えたというのは堂島から聞いてました。だけどちょっと皮膚がひりひりする程度だというしね。しかし、それもまた嘘だった。沢田? やつにはたっぷりと仕置きをしてやりたいが、もう見つからないでしょう。どこか海の底か土の下で息を詰めてると思いますよ。ずっと」
(伊能さんはどうしてあんたのマンションを知ってたんだね)
「それは伊能に聞いてください。・・・秦さん。許してください。こんな男になってしまいました。ですが、今年もまた年賀状はきっと送ります。たとえ塀の中からでも送ります」
(楽しみにしております。ユミさんはお気の毒でした)
「可哀想なことをしました。俺を裏切ったやつで、俺の仕置きを逆恨みしている、ユミとの面識も持ってるやつが二人います。そいつを叩いてみてください。ヒトマロですか? いやあ、やつとは思えませんね。え? 自殺を図ったですって。まさか、やつはそんなタマじゃありませんよ。それもっと詳しく聞かせてもらえませんか」
(テープを止めます。〇月X日、午後四時二十三分。警察病院の三〇五号室にて。質問者、秦信次、有田剛三。以上)
有田が録音機を持って、同じ病院に収監されていた桐山辰造の病室に向かったあと、残った秦と鴨原の間で以下のような会話がなされた。
「ヒトマロの自殺の一件の前に、鴨原さん。あなたの手帳ですが」
「没収ですか」
「ほう? ということは、やはり手帳はあのマンションにあったのですね」
「え?・・・あ」
秦の巧みな語りにあっさりと乗せられてしまった鴨原は、苦笑せざるを得なかった。
「実はみつかってないんです。仲間うちで捜し物名人といわれる男が、それこそ隅から隅まで調べたのですがね。もちろん絵などの置物には十分な注意を払いましたから、それはご安心を。よほどうまいところに隠したのでしょう。それとも」
「・・・」
「誰かさんが持っていってしまった・・・」
「・・・」
「鴨原さん。もし誰かさんが持っていったのだとしたら、わたしはもう手帳のことは忘れるつもりです。どうしてか分かりますか」
「・・・いいえ」
「もし、わたしが警察官でなければ、わたしも誰かさんと同じことをしたと思うからです。あなたに今の仕事からきっぱりと足を洗って欲しいのです。手帳はその内に誰かさんから必ずあなたの手にもどるでしょう。そうしたら鴨原さんは、その手帳にあるひとりひとりにきちんと身を退くことを宣言するのです。あなたが安全に退くにはそれが一番ですし、それしかないともいえます。そうでしょう? あなたにはそれだけで一家をなせる芸術という立派な才能があります。われわれを欺いてまでそう計らった誰かさんの心を無駄にしないために、そして亡くなったユミさんのためにも是非、そうしてください。今日はこれまでとします」




