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暗闘  作者: 伊藤むねお
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43/52

さん、にい、いち

〈さん、にい、いち、行きます〉

 クラプトンは長身をのけぞらせ額に手を当てた。それから、ほうっと声を上げ破顔して傍らの小柄な彼に抱きついた。抱きつかれた彼はすぐ後ろに控えて微笑んでいる妻と視線を合わせ少し顔を赤くした。何十年間もなかったことをされたからである。

 周囲から好意的な笑いと拍手が起き、それは次第に高まっていった。ふたりは上機嫌で互いの背中に手を回し杉ビルに向けて手を振った。

「サンキュウ タロー!」

 そこにはもはや日章旗も大海原も無く、代わりに櫛状に尖葉をつけた小さな苗木があった。苗木は勢いよく成長し枝を殖やし、その枝がまた新しい若葉と枝を殖やし瞬く間に巨大な樅木に成長した。

 地上、百八十メートルの樅の巨木は星くずのようにきらめく無数の光と雪を纏っており、雪が梢を縫って落ちると大小の枝がゆっくりと揺れた。クラプトンは息を飲み震える声で言った。

「MERRY XMAS!」


 およそ八百メートルの彼方の樅木の内側では、関係者たちが直立不動の姿勢のまま実景とテレビの両方を見ていた。杉社長は立花太郎の遺影を胸に抱いていたが、迎賓館の方に向って恭しく頭を垂れると二十秒ほど頭を上げなかった。涙ぐんでいるようにもみえた。

 やがて振り返り銀色のメッシュの入った頭を上げると晴れ晴れとした顔でこう言った。

「受けたようやなあ。どや? 樅ビルに改名しようかね。若葉の寓意はいずれ誰かが語ってくれることやろな」

 期せずして大きな拍手と歓声があがり、周辺にいた人間が一斉に杉の周りに集まり口々に成功を祝した。

 自社の人間の不祥事を知った青山総研は最優秀のCGメーカーを集め、昼夜を貫徹してこのツリーを作り上げたのである。

 榎本、堺、森、小野田らがTAROとテミスを復元して検証を完了させたのは、この時から五時間前でしかなかった。待機していたプロジェクト幹部および米国大使館の技官がすぐさま室内に入り、榎本と堺から詳細な報告を受け、法務省田中と文科省元木がそれぞれの立場から復元を確認してGOサインを出した。

 プロである榎本や堺らには当然ながら絶対の自信があったようだが、遠山は不安だった。フラッグスのクライマックスが近づくにつれて、かつて味わったことのない激しい動悸に襲われ、石井がカウントダウンを始めた時には赤い炎が視野一杯に広がった。特別認可を得てその場にいた伊能亮一がうしろからそっと背中に手を当ててくれなければ、その場に崩れ落ちていたかもしれない。

 大山と石井は操作室の窓際に立ち、コンソールとテレビを固唾をのんで見守っていた。成功裏に終わって拍手がわき上がる中、石井は感涙をとどめることができなかった。その涙に濡れた手を、やはり涙を浮かべた大山が固く握った。石井はその手が異常なほどに汗ばんでいるのを知り、大山のこれまでの深い苦悩をあらためて知ったのであった。


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