尾行
来た。
半蔵門線、有楽町線、南北線の三線を連絡する永田町駅のフラットは夕刻のラッシュを迎えていた。
鴨原はコーナー待ち合わせ組の中にとけ込んでいたが、辰巳が半蔵門線のホームのエスカレータから姿を現して、有楽町線のホームへ向いかけると、ゆっくりと革ジャンの背中を壁から離した。この前とは服装、髪型はもちろん姿勢や歩き方も変えている。
今、あらためて辰巳を見た鴨原は――この時点では名前は知らない――心の内で舌打ちをした。辰巳には闇に生きる者が持つ崩れがなかった。あらためて思うと失敗だった。ドジったといわれても仕方があるまい。
しかし、ここは集中してかからければならない。
沢田は警察はまだ目をつけてないなどと言ったが、鴨原はそれを信じていなかった。
音楽か英語でも聴いているのか辰巳は小さなイヤフォンを耳に差し込んでいる。有楽町線への階段を降りかけたが、そこで急に新聞を思いだしたように左に折れて鴨原のいるコーナーに向かってきた。その為に鴨原はフェイントをかけられたようになり、わずかながら足を乱しかけた。それでも体勢を整え、さりげなく辰巳とすれちがって階段脇の売店でパンを物色する風を装った。しかし、そのわずかな足の乱れが練達の尾行チームにとっては十分な識別情報となった。
(テキ発見! 辰巳さん、ナイスでした)
テキがサングラスを掛けた茶色の革ジャンの男であることは辰己には教えなかった。事前の打ち合わせのとおりである。
(あとはわれわれに任せて下さい。電車の中では辰巳さんのそばに井口と向山がはりつきますので、ご安心ください)
辰巳は川越行き有楽町線に乗り、鴨原も少し間を空けて同車に乗った。そこから四十分、みずほ駅で辰巳と一緒におりた。二十メートルほど離れてついてゆき、徒歩八分で辰巳が自宅に入った。表札・辰巳祐二。
――辰巳祐二・・・不思議だ。全くうしろめたさを感じていない男の態度だった。自分のしでかした事に気がついてないのか。それとも、あのCDを操作したのはまた別の男なのか・・・。
このことは辰巳をつけながら気にはなっていた。辰巳がCDに関心も知識もない男のために捨ててしまい、それを拾った誰かが操作してしまった、あるいは誰かにくれてやった。例えば子ども。その子どもがゲーム感覚でやってしまった・・・。
――おっとパスワードだ。またうっかりするところだった。まさか辰巳が沢田とどこかで繋がっているのじゃないだろうな・・・いやそうは見えない・・・すると?・・・要は俺の知らない何かがあるということか?・・・なんだろう・・・ん? まさか青虫のやつが・・・そういえばなにか妙だったが・・・
鴨原の思考がそこまで及んだ時であった。はっとした。二階の窓に引かれたカーテンの後ろで人影がよぎった。もちろん家人はいるだろうし、あるいは本人かもしれない。
――しかし俺が首を上げた瞬間に動いた。ん? だとしてどういうことになる?。
この冷静俊敏な男としては、重ね重ねの失態だったと言わねばなるまい。
――・・・あの駅での新聞か。イヤフォンもそうか。やられたな・・・もう写真を撮られたかもな。サングラスを外さなかったのがせめてもだったが、くそ・・・最近の俺は全くどうかしている・・・。
鴨原は月明かりの中その一画をゆっくりと周回すると、いくぶん足を速めてもとの駅に向かった。帰宅の時間帯が続いており、行き交う歩行者は少なくない。街灯に照らされながらコートの襟をたてて寒そうに歩いてくる男。大きなレジ袋を下げた母子らしいふたり連れ。塾から帰る中学生。共稼ぎが語り合いながら歩く。
――みるところデカなどはいないようだ・・・が、事が事だけに、最高の腕利きにつけさせているとすればそう簡単にシッポはださんだろう。こいつはつけられていると思ったほうがいい。




