水上ヘリ
どこまもどこまでも海だ。
――もの皆、海を母として誕生せりか。生んでもらった俺たちが汚しちゃ申し訳ないな。
バシー海峡を進む二十八万トンの巨大タンカーのブリッジで榎本浩介、三十四歳はそんなことを思っていた。海原と空、数キロの距離を隔てて行き交う大小の船影を一時間以上も眺めているのだが、少しも飽くことがなかった。ペリー提督も、更には古くは聖・ザビエルもこの海洋と空を眺めたのだろう。
――・・・ああ海はいいなあ。石井さんには悪かったけど来てよかった。大山さんに感謝だな。柴田と堺は今頃どうしてるだろう。石井さんはまだ怒っているのかな。なんかおみやげを買っていかなくちゃ。
クルークルーという電話音が鳴った。
「榎本くーん、東京から電話だよう」
航海長が栃木訛りで榎本に電話をつげた。出てみると石井だった。急に気圧が下がったときのような胸騒ぎを覚えた榎本だったが、話を聞いて絶句した。
「ほんとうなんですね」
「もちろんだ。信じられないだろうがな。そういうわけで君にすぐに帰ってきて欲しい。大山さんもそういっている」
「わかりました。ええ、こちらは順調ですから、もう俺がいなくても大丈夫です。・・・はい。では航海長に代わります」
代わった航海長に石井がなにごとかを説明をすると、航海長は赤銅色に日焼けした顔をほころばせて言った。
「榎本くーん、難しい仕事のようだが頑張ってきてくれや。終わればすぐにもどってくんのだろう」
「はい。クーエイトで待ってて下さい」
榎本が手回り品をまとめ終え、部下への引継を終えたとき腹の底に響く汽笛とともに重い震動が全身に伝わってきた。船が全速後退をかけ停船に入った。
航海長から電話がきた。
「香港の領事館が手配した水上ヘリがまもなくやってくるよう。クレーンの先にケージをつけっから、そいつに乗っておりっかね」
弁当と共に男が一人、押し込まれてきた。男はふらりと中に入ってくるとすぐ床に座り込んだ。
「柴田! 柴田じゃないか」
柴田はとろりとした目を上げ、小さな声で言った。
「堺・・・おまえもか・・・」




