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人魚姫と盗賊ガード  作者: 六花つづる
第1章 夜風の怪盗と囚われの姫
11/12

09 朝食Ⅱ

 「なんだこれ」


 フィーネに案内された食堂は、10人ほどが入ればすぐ埋まるような、こじんまりとした部屋だった。

部屋の中央には、簡素な丸い椅子と机が置いてある。年代物なのか、所々擦り切れ、黒みを帯びていた。

それでもアイザックのアジトにあるものよりかは、遥かにいいものを使っているのが分かる。

そして、部屋の左隅には小さいキッチンがあった。一見普通のキッチンだが、キッチンも収納も、一般のものと比べて高さが全然足りていない。座って料理ができるキッチンもあるのかと、アイザックは密かに感心していた。これならばフィーネも簡単に調理ができるだろう。納得だ。


 …が、アイザックが声を出したのは、その画期的なキッチンを目にしたから、ではなかった。

机に置かれた数々の料理。その一皿一皿すべてが、元の材料が何かを全く判断できなくなるくらい、黒々としていたからだ。

 

 こんなあからさまな焦げ方をした料理など、見たこともない。

アイザックは思わず眉間にしわを寄せ、凶器と化したその料理たちを睨むように見つめた。


『ザック?』


 と、すでに机に身を寄せたフィーネが困惑の表情で彼を見てきたので、はっと我に返る。

椅子に座ったアイザックは、この凶器を作り出した彼女に質問をぶつけた。


「…あんた、いつもこんなもん食べてんのか?」


 目の前の彼女は、その質問に不思議そうに首を傾げる。

彼女にとってみれば、これらの料理は特に異常でもなんでもないようだ。


『はい。三食これですよ』


 アイザックは頭を抱えたい気持ちになった。こんなものを三食…まるで地獄だ。

彼女に質問したのは、今日の料理がたまたま失敗したのかを知りたかっただけなのだが、そのけろっとした表情で可能性が打ちひしがれた。


 だが、一見恐ろしい見た目でも案外食べられるかもしれない。アイザックはそう思った。

彼女でさえ食べられるのに、自分が食べられないなんて格好がつかない、なんていう虚栄心が出てしまったのだ。

 ぱくっ、と彼は目の前の一皿から料理を取り、口に運んだ。

その様子を、フィーネはじっと見つめている。初めて他人に自分の料理を披露したので、その反応がきになるようであった。そわそわとアイザックを見つめる目は、期待と不安が混じりあっている。


 その視線にプレッシャーを感じながらも、アイザックは口の中のモノを慎重に咀嚼した。咀嚼して―――顔を盛大にゆがませた。


「…っ無理!無理だ無理!姫サマ、水くれ!」


 ガリッ、とおよそ食べ物を噛みしめる音ではない音を鳴らした直後、アイザックは素早く手で口を覆った。吐きそうだ。吃驚したフィーネは慌てて水が入ったグラスを渡す。それを乱暴に受け取り、一気に飲み干した後の彼の表情は、それはそれは酷いものだった。


『お、おいしくなかったですか?』


「当たり前だろ」


 そう答えるアイザックの声音は鋭かった。おろおろし出すフィーネに、彼は追い打ちをかける。


「姫サマ、これは料理じゃない。兵器だ。食べたのが俺だったから良かったものの…他のやつに出したら間違いなく死んでたぞ」


 そう言い切るアイザックの顔は、青白い。

フィーネはその言葉を受け、はっとしたように目を開いた。

傷ついているように見えた。その顔をみて、思わず彼は息をのむ。


 ―――しまった、言い過ぎた。

女相手にこんな無遠慮じゃダメなんだと、いつかダニエルが叱ってきたのをアイザックは思い出す。

昔、ダニエルにいつも引っ付いてきた女を、泣かせたことがあったのだ、と。

喧しい女だった。所かまわずダニエルに腕を絡ませては、24時間ずっと私といて、と意味のわからないことばかり言っていた。

どんな女の扱いにもうまいダニエルだったが、その時だけ顔が引きつっていたのを彼は覚えている。

だから、その女に言ってやったのだ。

「邪魔だから出ていけ。二度と来るな」と。


 結果、その女は泣いて逃げて行った。以来、彼女の姿を一向に見ていない。

ダニエルは彼を叱った。追い出すにしても言い方というものがあると。アイザックは女の扱いが下手すぎると。


 けれど、一通り叱った後、こうも言ったのだ。

「…でも、ありがとう。ザックがいなきゃ彼女を撒けなかったよ。やっぱり君は、最高の相棒だ」


 相棒のその感動的な一言を、しかしアイザックは忘れてしまっている。

叱られたことだけを思い出した彼は、青白い顔をさらに白くさせ、フィーネに言葉をかけた。


「あ、いや、今のはだな…」


『そうなんですか!?私も美味しくないとは思っていましたが、そんなにひどいとは思っていませんでした!』


しかし、謝ろうと動かした唇は、彼女の綴った文字を見て動きを止めた。


「姫サマも、不味いと思ってたのか?」


こくり、と頷かれる。


「じゃあ俺に出すんじゃねえよ…。殺す気か?」


 ため息がでそうな声で、アイザックはそう言った。

しかし、フィーネは首を横に振る。


『私もできれば美味しいお食事を作りたいのですが…。本で見たのです。食材にはちゃんと火を通してから食べなさいって。だから、ちゃんと火を通したものしか出せません』


「いや、火ィ通りすぎだろ!」


 思わず椅子を蹴って立ち上がる。またしても驚きの目で彼を見つめるフィーネに、アイザックは言い放った。


「あのなあ姫サマ、焦げてしまったものを食べると余計体に悪いんだ。少量ならまだいいが、こんなもん毎日食べていたら病気になるぞ」


『えっ!本当ですか!』


「嘘ついてどうすんだよ。ちょっとキッチン貸せ、俺サマが調理の手本ってもんを見せてやる」


 そう言ってのけ、フィーネの許可を取るのを待たずに、彼はキッチンの前に立ちはだかった。

盗賊に、キッチン。ひどくミスマッチな組み合わせだが、調理台に立つ彼は事もなげだ。


 手慣れたようにジャガイモを手に取り、一口サイズに切り分ける。火を通したフライパンにバターをを入れ、そこに切ったジャガイモを投入。炒めている間に、卵を二個、食材箱からとりだし、片手で割ってフライパンに投下する。

 火が通ってほどよくほぐされたジャガイモたちから、ほんわりバターのいいにおいがした。そこに、ローズマリーを細かく切り刻んだものを入れ、さらに風味をよくする。

 最後に全体を塩、こしょうで味付けすれば、簡単な朝食の出来上がりだ。


 料理ができたころには、部屋中に食欲をそそるいい匂いが漂っていた。

隣で見学をしていたフィーネの目が、燦々と輝いている。初めてまともな料理を見たのだろうか。早く食べたそうに喉を鳴らした彼女を見て、アイザックは小さく笑った。


「ほら。簡単だが、すぐにできたろ。これが料理ってもんよ、姫サマ」


 出来上がったものを二皿に分けて机に置く。フィーネは待ちきれないかのように、その料理を一口、口の中に運んだ。薄紅色の唇がもごもごと動く。料理の味を噛みしめるかのように。


「どうだ?」


『おいしいです!!こんな美味しいもの、はじめて食べました!』


「だろうな」


 きらきらと輝くフィーネの表情に、アイザックは柔らかに笑う。

ガオナーでは、いつも彼が調理担当だったのだ。団員の食事はほとんど全部、彼が手掛けている。

だからアイザックは、自分の料理に自信を持っていた。

目の前で嬉しそうに食事を平らげたフィーネ。

彼女を見ていると、アイザックも知らず知らずに嬉しくなった。


「なあ、姫サマ」


 そう呼びかけると、フィーネはジャガイモを咀嚼しながら彼と目を合わせた。食べるのに忙しそうな彼女は、それでも尊敬のまなざしをアイザックに向けている。

そのまなざしにこそばゆい思いをしながらも、アイザックは言った。


「あんたさえよければ、これからの食事は俺が作ってやるよ」


 瞬間、フィーネは食べる動きを止め、ぱあっと太陽のような笑顔をアイザックに向けた。


「っ…」


 その笑顔に、なぜかアイザックは胸を摑まれたような気持ちになる。


『嬉しいです!ザックは、とってもいい人ですね!』


 その言葉に、アイザックは頬を赤らませた。

いい人って。いいひとって…そんなのいままで、言われたことがなかったのだ。


「か、勘違いするなよ。護衛っつってもやることなさそうだから、ただの暇つぶしだ。好意でやってるわけじゃねえ」


 プイっと顔をさらし、彼はそういう。

机の向こうに座る彼女は、ほほ笑んでいるような気がした。


 彼と彼女の距離が一段と縮まった、そんな朝だった。

次回、日常に異変が起こる。…かも?

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