10 王女襲来
嵐の前の静けさ、というのだろうか。
一見、なにごともおきぬ平和な日々。
静かに、穏やかに流れていく時間。
しかし、その陰で、一歩、一歩と確実に近づいてきている”変化”に、果たして誰が気づけようか。
護衛の契約から四日が経ったある朝のこと。
――――それは、何の予兆もなく、突然起こってしまった。
☆
「して、アイザック。フィーネの今日の様子はどうだ?」
時は黄の刻、謁見の間にて。
アイザックは、すっかり見慣れてしまった国の王に、吐き捨てるように言った。
「別に、なんともねえよ。いつも通り飯食って、本読んで、外の景色眺めて、寝る。そんだけ。
…つーか、俺が一々報告しなくても、レオタードがいるだろ。あの、監視の」
「気づいていたか」
王は驚いたように目を見開いた。その表情を見て、彼はため息をつく。実力以下だと認識されるのはいつだって不本意だ。
「おいおい国王サマァ、俺をなめてもらっちゃ困る。隠れてやっていたみたいだがバレバレだ。どうせあいつも報告してるんだろ?俺と、同じことを」
アイザックは、今この場にいない近衛騎士の一人――レオタードのことを思い出して顔をしかめた。
ここ数日、レオタードはパルマ宮を徘徊し、事あるごとにアイザックやフィーネの様子を遠目で観察していたのだ。普通の人間なら監視されていることになど気づきもしない。そのぐらいの遠さだったのだが、当の本人は勘付いていた。フィーネは…気づいていなさそうだったが。
というのも、これはアイザックが料理担当を受け持ったからこそ知りえた情報であるが、いつも宮の小窓に置いてある食材箱、あれの中身を補充しているのも、どうやらレオタードらしいのだ。
朝早くに食材の補充をして、帰った素振りを見せては監視を続ける。
あいつ、近衛兵じゃないのか?とアイザックは幾度も思った。王のそばに常にいるべき近衛騎士が、なぜか退廃した離宮の監視をさせられている。どう考えてもおかしな話だった。
「ふむ、気づいていたならしょうがない」
何に納得したのか、王は一人合点して頷く。相変わらず話についていけないアイザックに、王はこう言い放った。
「では、明日から来なくてもいいぞ」
「…は!?」
あっけらかんとした態度で言う彼を見て、アイザックは眉を寄せた。契約書に書いた内容を四日目で反故にするなど、契約が事実上無効だということを宣言しているのではないか。
「そんなに顔をしかめるな、アイザック。もともと、この一文はお前が嘘を吐いているかどうかを見極めるためのものだったんだ。もし、レオタードと異なることを報告したり、フィーネに何かした場合は、すぐに刑を執行するつもりだったんだが…」
首の皮一枚繋がった。急激にそう強く実感した。
「な、なんだよ」
「聞けば、自ら買ってフィーネに料理を作っているとか。甲斐甲斐しく世話をしているようだな。少しは信用に足りると見た」
「はあ」
「よって、本日から報告役はレオタードにし、お前はフィーネの護衛に専念すること。余程のことがない限り、もう王城に来なくてもいいぞ」
そう宣言する王の手には、例の契約書が握られてあった。
王は報告の義務を記した一行を削除し、こう書き直す。
【護衛に専念するため、今後は極力城には近づかないこと】
その一文の書き方に、アイザックは妙な胸騒ぎを覚えた。
何かが城の中で起きている、そんな予感がしたのだ。自分を信用したから城に来なくていい、というのは、ただの都合の良い建前なのだろう。本当はなにか別の意図があるのではないか。アイザックはそう思った。
「…姫サマに、護衛が必要な理由は何だ?」
気づけばそう口にしてた。王は、その質問にやはりか、という顔をする。いつか必ず聞かれると思っていたのだろう。まるで原稿を読むような口調で、彼は口を開いた。
「保険だ。最近城内で不穏な動きが少々見られるからな。万が一にもフィーネに飛び火がいかないように、という配慮だ」
「…不穏な動き?」
それはなんだと、視線で訴えるアイザック。しかし、その視線を直に受けても、王はまるではぐらかす様に言葉を濁すだけ。
「お前が知る必要はないよ。フィーネのことをただ、よく守ってくれるだけでいい」
「……」
ここ数日、いつもこうだ。
大事なことを聞こうとすると濁される。きっと王家の弱みを必要以上に握られたくないからだろう。アイザックは答えが突き止められないそのもどかしさにもやもやした。
ダニエルならわかるだろうか。そう考えもしたが、この四日でまだ彼と連絡を取っていない。監視のレオタードがいるのも理由だったが、一番は、声が出ないのにおしゃべり好きなフィーネに一日中引っ付かれていたからだ。懐かれたといってもいい。
一人になる時間がほぼなかったため、相棒に相談することも叶わなかった。
今ここでどんなに粘っても、王は何も教えてくれないだろう。そう悟ったアイザックは、とりあえず了承の意を示した。
「…わかった。城に近づかなければいいんだな。で、あのレオタードは相変わらず、四六時中俺たちを監視するつもりか?」
「今ほどではなくなるよ。あいつもいろいろと忙しいからな。三日は監視の強化を言い渡していたが、お前の信用が上がった今、監視の頻度は下がっていくだろう」
それは正直ありがたかった。何をするにしても人に見られるというのは、居心地のいいものではない。監視体制が緩められることにアイザックは内心ほっとした。これで、人目を忍んでダニエルと連絡できる。
「そういうことで、話は終わりだ。宮に帰ってもいいぞ」
「待て。信用が上がったついでに、これを外してくれないか」
そう言い、アイザックは両腕を王の前に掲げた。腕には例のバングル。これをつけて不便だったことは一度もないが、「手錠」と言われて外したくなったのだ。しかし、どうあがいても外せない。
王はただ一笑した。
「契約が終了したら外そう」
「はあ…そうかよ」
やはり、簡単に外す気はないそうだ。あきらめたように両腕を降ろしたアイザックは、そのまま謁見の間の扉を開けた。
バタンと、扉を閉める。一つ息を吐き、再びパルマ宮へ戻るために足を動かした。ここ三日継続的に行われていたこの行動も、今日でお終いになる。本当に、なんのための護衛なのだろう。歩きながらアイザックは考えにふけた。フィーネのそばは退屈だと言えるほど平和で、何もない。護衛がほしいというからてっきり、命を狙われていると思っていたのに。そんなこともなさそうだ。ここ数日は、レオタード以外の人影を宮のあたりでは見かけていない。
「一体何を隠しているんだ…?」
そう、つぶやいた時だった。
「みつけたわよ!!あなたがうわさのあいざっくね!!」
城内の廊下、その反対側から、幼いが凛々しい、そんな声が聞こえてきたのだ。
聞いたことのない声で名前を呼ばれたアイザックは、バッと後ろを振り返った。その、幼児特有の甲高い声に、まさかと思ったのだ。
廊下の反対側から、茶色い髪の毛を肩上まで切りそろえた小さな人影が、なにかを叫びながらぴょんぴょんと飛んできている。護衛もなにもいない、完全に一人な彼女は、しかしメイドの子供や傍仕えの童とは全く違った高貴な雰囲気を醸し出していて。
面倒ごとは嫌いだ。王とフィーネ以外の王族とはなるべく接点をもちたくはない。そう思い、ほかの王族の姿など見てこなかったアイザックは、しかし目の前のこの子どもの身分を一瞬で言い当てることができた。
「第一王女、リリアノ=オルディオ…?」
アイザックのすぐ目前に、その子ども――王女が走ってきた。全速力で走った彼女は、それでも息を上げることはなく、アイザックを見上げてにっとほほ笑む。
「そう!わたしがだいいちおうじょ、りりあの=おるでぃおよ!やっとみつけたわ、あいざっく!」
ビシッとアイザックにそう指さした第一王女は、幼いながらも王族らしい、凛々しさをその身にまとっていた。
じ、次回こそ、爆弾を…!
(前半の字数が多くて話が大して進みませんでしたね汗)




