08 朝食Ⅰ
すみません、今回の前半部分はかなりふざけてます…笑
「アイザック」
朦朧とした意識の中、微かだが、アイザックは誰かに呼ばれた気がした。女性のようなそれは、聞き覚えのない声だった。
「アイザック、目を開けて」
―――んあ…?
若干甲高い声につられて、瞼を開く。途端、眩しい光が彼を襲った。目に入ったのは、白い天井、白い壁。そして、足元には大量の、鉱石の山。ラピスラズリ、ガーネット、ターコイズにアメシスト…思いつく限りのカラフルな宝石たちが、表面を磨かれ、光を受けてきらきらと――いや、数が多すぎて眩しいぐらいなので、ギラギラと、輝いている。突然の光景にアイザックは目を丸くした。視線を巡らせ、周囲を確認する。するとこの白い空間には、自分と、有り余るほどの宝石たちしか存在していないことが分かった。
―――どこだここ…?
「やっと会えたわ、アイザック」
ふと、宝石たちの中から、緑の輝きを纏ったなにかが近づいてくる。
怪訝そうに声のしたほうを向いた彼は、その正体を見てぎょっとした。無意識に一歩引きさがる。
その緑色の物体に、見覚えがあったからだ。
―――お、お前は…エメラルドピアス!?
そう。今、彼の目の前でふわふわと浮いているモノ、それはまぎれもなく、アイザックが城から盗みそびれたピアスだった。
「会いたかったわ」
どこから声を発しているのか、ピアスが嬉しそうに笑う。
訳が分からない。アイザックは戸惑いながらも口を開けた。
―――…なんで?
ピアスがなぜか喋っている。そして、なぜか自分に会いたいと言い出した。
難解な顔をし出した彼に向けて、ピアスはあら、と笑った。
「そんなの、アナタに一目惚れをしたからに決まっているじゃない」
――――ひ、ひとめぼれっ…!?
聞きなれない言葉に、アイザックはすぐさま耳を赤くする。そんなことを言われたのははじめてだ、と。すぐさま、場がロマンティックな雰囲気で埋め尽くされた。…が、考えてみてほしい。
無機物相手に赤面する男。傍から見ればかなり哀れだ。阿呆の極みだ。
耳を澄ますと、口がきけるのはピアスだけではないことがわかった。
宝の山からかすかだが、「ほれた」「はれた」とささやく声が聞こえてくる。
そのささやき声を打ち切るように、ピアスが喋り出した。他の鉱物が一斉に黙る。どうやらこの空間でいちばん偉いのはピアスのようだった。
「ほかの子はちゃんと攫っていったのに、どうして私を置いて行ったの?」
寂しそうな、責めるような声でピアスが言う。その表情は…、相変わらずただの鉱物であるため、読めない。それでも、阿呆なアイザックはその声に動揺し、「うっ」と声を漏らした。
―――わ、悪い。兵が入ってこなきゃ盗めたんだ。
「なによソレ…。言い訳なんて、男らしくないわ!本当は私のこと、魅力的な女だと思えなかったからなんでしょ!?」
―――え、ちょ…
どこが女なんだ、という疑問が一瞬頭をよぎったが、それを指摘することはできず。アイザックは、突然怒り出した鉱物に困惑の視線を投げた。
すると、積まれた宝石たちが便乗するように非難し始める。
「おとこらしくない」
「めめしいやつめ」
「もう、アイザックなんて知らない!さようなら!」
―――は!?ちょ、待ってくれ!
「しらない」
「ばいばい」
プイっと後ろを向き、ピアスはふわふわと遠くに飛んでいく。
捕まえようと手を伸ばしたが、 なぜか届くことはなく。
山のように積まれてあった宝石たちも、宙に浮かぶピアスにつれられたかのように去っていった。
―――待て、ピアス!せめて、せめて―――!
「せめて宝の一つぐらい残してけ!」
そう叫びながら、バッとアイザックは身を起こした。ぱちりとまばたきを一つ。そこはすでに、宝石が喋る可笑しな世界ではない。見慣れぬ部屋がアイザックの眼前に広がる。
ぼおっとしていた視界がクリアになる。体にかぶせた白い掛け布団が目に入り、アイザックはため息を一つついた。
「夢かよ…」
久し振りに夢を見た気がする。それも随分馬鹿げた夢を。ベッドの寝心地が異様に良かったせいなのかもしれない、と彼は考えた。離宮とはいえ、ここは腐っても王族たちの住処。多少部屋が簡素だとしても、布団はふかふかだし、まくらは上質だ。
朝を知らせる柔らかい光が、窓に差し込み、アイザックの頬を撫でた。大きな伸びを一つして、彼はベッドの下へと飛び降りる。素足が床に触れる。ひんやりとした、ちょうどいい温度を足裏に感じていると、
―――コンコン
控えめなノックの音が、外から聞こえてきた。
アイザックは扉のほうに目を向ける。ノックをした割に、入っては来ない。
仕方なく「起きてる」というと、これまた控えめに、彼の部屋の扉は開かれた。
その隙間からひょっこりと金髪がのぞく。
『よかった。隣の部屋にいたんですね。昨日はどこに泊まるのか教えてくれなかったので、一部屋ずつ廻ろうかと思っちゃいました』
あ、とアイザックは声を漏らす。そういえば、彼女に自分の部屋を教えていなかった。
護衛というからには、自分がフィーネの部屋に出向かうべきだと思っていたから、特に教える必要はないと考えていたのだ。
それがまさか、逆に出迎えられるとは。
「悪いな、なんか」
『いえ、いいのです。時間は有り余るほどありますから!』
と、彼女ははにかむような笑みを向けてきた。
『おはようございます、ザック』
「…ああ、おはよう、姫サマ」
まさか自分にそれを伝えるためだけにきたのか、とアイザックは目を丸くした。
当の姫様は、アイザックの「姫サマ」呼びにまだ不満そうにしつつも、さらさらと何かを書き始める。
『朝食を準備したので、一緒に食べましょう!』
「ああ。…って、ハア!?」
見間違いではないか。思わず、フィーネが掲げる紙の文面を二度見する。しかし一文字も読み違えてなどなかった。
「姫サマ、自分で料理とかすんのか?使用人は?…仕女とかさ」
『?いたことはありませんが…』
なんということだ。まさか護衛のみならず、使用人も一人もついていないとは。いくら隠し子とはいえ、一人ぐらいはお付きの者がいるいるだろう、とアイザックは思っていたのに。
つまり彼女はこの離宮で、文字通り一人で暮らしてきたのだ。
なんだか王族の触れてはいけない部分に触れた気がして、アイザックは硬直した。
―――もし、三か月の契約期間が終わり、口封じとして殺されたら。…ありえない話ではない。契約そのものの意図がつかめないでいる今は、どんな可能性も無碍にはできなかった。
そうなったらどうしたらいい?アイザックは考え始るた。しかし、知略担当の相棒がいない状態では考えがうまくまとまらない。
『あの…ザック?』
不意に、シャツの袖をくいっと掴まれた。フィーネが心配そうに彼を見上げる。ああ、そういえば朝食に誘われているんだ、と今更ながらに思い出した彼は、彼女の誘いに頷いた。
「わかった。ありがとな。どこに行けばいい?」
瞬間、ぱあっと嬉しそうに目を輝かせた彼女は、『食堂です!』と、アイザックに見せるのもほどほどに、車いすを使って移動し始めた。そんな彼女の背中を見ながら、アイザックは苦笑する。
――まあ、あとでダニエルに相談すればいいか。
漠然とした不安を胸に秘め、彼は姫についていった。
アイザックの夢の内容は物語の伏線でもなんでもないのを先に言っておきます笑
ただ、彼のアホさ加減を引き立てたいだけの文章でした




