09.お使いと探し物
宿屋を飛び出して、街を歩く。花壇の花に溜まった雨粒が、朝日をキラキラと反射した。
「さて、朝ごはんだからな。パンがいいか」
ヴェルには、胃に優しそうなものを選ぶべきだろう。実は、ちょっと多めに銅貨を持ってきた。パン屋の前に何か買い食いをすることに決めて、辺りを見回す。
「うーん。果物かキャンディーか」
顎に手を添えて、唸る。
(果物ならば、ヴェルと一緒に食べた方が美味しいか)
そう結論付けて、キャンディーが並ぶ露天へと足を向けた。
「一つ、くださーい!」
無事にキャンディーを手に入れ、スキップ混じりにパン屋へ向かう。鳥が頭上を飛んでいった。
「あれ、お一人ですか? おじょーさん」
後ろから掛けられた声に、聞き覚えがあったために足を止める。振り向けばそこには、ヘラヘラした方の門兵が立っていた。
「お使いだからな!」
「あらら、意外だな」
兵はワタシをじっと見下ろし、困ったように眉尻を下げた。そして、目線を合わせるように屈む。それに、小首を傾げた。
「どこまで行くの?」
「パン屋だが」
「送ってあげよう! 迷子になると大変だからさ」
手を差し出されて、目を瞬く。
(むぅ……。完全に子ども扱いされているな!)
やはりこの姿は、少し面倒だ。しかし、ヴェルと手を繋ぐのも、抱っこをされるのも、好きなので困ってしまう。
「仕事はいいのか? まさか、これがサボりというやつか!?」
「残念、今日はお休みなんです」
兵が肩を竦める。確かに、昨日とは違う服を着ていた。防御力がなさそうだ。
断るのも変かと、「ヴェルにも気を付けろって言われた」そう口にする。
「だろう? はい、お手をどうぞ」
「よきにはからえ!」
「ぶはっはっは!! レリアといい。どこでそんな言葉覚えるんだか」
兵は本気で可笑しそうに肩を震わせる。へにょりと弧を描く眉毛が、人の良さを物語っていた。
触れる手が優しい。その手には、ヴェルと同じく剣ダコがあった。
(んー……。少々、年季が足りんか)
ワタシは、ヴェルの手の方が好きだなと感じた。早くパンと果物を買って帰って、安心させてやろう。
レリアで慣れているのか、兵はゆっくりと歩きだす。ワタシも素直にそれに付いていった。
「気になってたんだけどー……。二人って親子なの?」
「血は繋がっていないがな」
「んんっ!? ごめんね。いや、謝るのも違うか? ええと」
この手の話題は、いつも妙な空気になる。しかし、親子ではないと言った方が色々と聞かれて更に面倒なことになったのだ。このまま流してしまった方が得策。
ワタシは、ただ不思議そうな表情を作ってみせた。それに、兵はへらりと笑う。
「そっか。うん。仲良しそうだもんな」
「ヴェルのことは、大好きだ!」
兵は、「そっかぁ」そう染々と頷いた。
会話がふと途切れる。ヴェルが、「探し物はいいのか?」と呆れた声を出した気がした。それに、口をへの字に曲げる。
「なぁ、ええと」
「俺は、パウクでーす」
「パウク、さん!」
「ははっ、呼び捨てでいいよ」
「む、そうか?」
慣れないので、言葉に甘えることにした。
「パウクよ、【黒龍の神器】を知っているか?」
「こくりゅう……?」
パウクが疑問符を飛ばす。その反応を見て、これは外れだなとワタシには、“分かった”。
「ええと、闇竜のことか?」
「ドラゴンではない!」
「えぇ?」
「いや、すまない。ドラゴンと龍は別物なのだよ!!」
パウクの動揺が繋いだ手から伝わってくるようだった。しかし、ここはワタシも譲れない。違うものは、違うのである。
「まぁ、よい。神器という言葉に心当たりはないのだな?」
「んんー、そうだなぁ。ごめんね」
本気で申し訳なさそうな声音に、ワタシは首を左右に振った。
「別によいのだ。ただ、そういう名目でヴェルの旅に引っ付いてきたからな。一応な。聞いとかないとダメなだけだ」
こちらは、渋々そうな声音になってしまった。
(ワタシだって最初は……。本気で探す気があったんだがなぁ。でも、見つけたら旅は終わってしまうのだろう?)
ヴェルと旅を始めて三年。返礼に貰ったとかでヴェルが偶々持っていた『摩訶不思議な力が発現する鈴』以外は、影も形も見ていない。
どうやったのか。摩訶不思議な黒龍の力は、魔法という形で人の世に紛れ込み浸透してしまったらしく。その鈴は、意味をなさない過去の遺物となっていた。
(他の神器もそうなのだろうな)
歴史に埋もれた英雄譚。風化していくお伽噺。感傷に浸る歳でもないので、別に興味はないが。
(どうやって魔法を神器を使わず、子孫に継承したのかは気になるな! 人の子は実に愉快!)
不意に頭上に気配がして、思わず避けてしまった。パウクが見事に空振りして、体勢を少しだけ崩す。驚いた瞳と目が合った。
「すまんな! この帽子は、大切なものなんだ。気軽に触れてくれるなよ?」
「そうなの?」
「ふふっ、何を隠そう!! この帽子は、ワタシが初めてお礼に貰ったものなのだ!!」
ドヤァ! と、胸を張る。兵がキョトンと目を瞬いた。
「あれは、確か。そうだ。さつま芋だ。収穫を手伝ったお礼にと、さつま芋と一緒にくれたんだぞ!? 凄いだろう!?」
「そうなんだ?」
「ワタシの身に付けている物もヴェルの物も、ほとんどが返礼の品だ」
流石の兵も驚いたのか、「は?」と小さく零した。それに、ワタシはニヤリと口角を上げる。
「ワタシも驚いたさ。でも、ヴェルはずっとそうやって旅をしてきたんだ。ずっと。ずっと――一人でな」
面倒事はごめんだと口では言うくせに。いつも誰かに手を差し伸べている。それに、誰かは礼を言ってくれる。何かしたいと贈り物をくれる。
(あやつの血なのだろうな)
記憶の中で、忌々しいマントがバサリと翻った。それを掻き消すように首を左右に振る。楽しい気分が台無しになるだろう。
「つまり、あれだ! この帽子に触れていいのは、ワタシとヴェルだけということだな!!」
「そっか、宝物だったかぁ」
「そうだ! 無くさないように、魔法もかけていてな」
「へぇ、お嬢ちゃん魔法が使えるんだ?」
「まぁな!!」
角を曲がった瞬間、「パウク!!」と前から誰かが走り寄ってきた。それに、二人揃ってそちらへ顔を向ける。
「あれ、レリアの母ちゃんじゃないっすか」
「レリア、レリアを見なかったかい?」
「レリアを? 見てないですけど……」
「まったく!! あの子は何処で何やってんだか……」
ドーナツ屋の店主が、額に手をやり溜息を吐く。やれやれと言った風に「卵を買いに行ったんだけどねぇ」と続けた。
「また、道草食ってるみたいでね。卵がないと困るのさ。一緒に探してくれないかい?」
「あー、今は……」
「よいぞ! その願い――聞き届けた」
思わず反射で引き受けたあと、ヴェルの顔が浮かぶ。
(しまった。いや、これくらいの“願い”ならば、ヴェルとて手を貸す筈だ。問題なし!)
早く終わらせて、パン屋だ。気合いを入れるように、帽子を被り直した。




