10.拐かし
パウクと手を繋いで、レリアを探す。単独行動させてくれなかったのだ。まぁ、別によいが。
「よかったの? お使い」
「パウクだって、心配だったのだろう?」
「まぁ、ね。それは、そうなんだけどさ」
気遣わしげな視線は知らぬ存ぜぬで、手を大袈裟に揺らす。パウクは、しょうがないかと言いたげに苦笑した。
「よいかね? 危険なことはせぬように!!」
パウクのごっこ遊びに「りょーかいしました!!」などと乗りつつ、辺りを見回す。ついでに、パウクのことを一瞥した。
(いつもの日常を信じているのに、どこか不安だ。と、いった所か)
これはきっと、元気なレリアを見て安心したいのだろう。あぁ、やっぱり。何もなかった、と。
薄い雲が優雅に空を漂っている。気持ちの良い秋風が、花を揺らした。
(さて、ではどうしようか。正直あの程度の“祈り”ではなぁ。かなり足りん)
別に人探しなど、容易い。しかしあれは、ワタシに捧げられた祈りではなかった。それもあり、力は使うべきではないと判断する。
(何より、ヴェルが嫌がるのだよなぁ。何故なんだろうか)
瞼の裏で、ヴェルが心配そうに眉尻を下げる。それに、心の中で(分かっている)と返した。
「レーリアー!」
パウクが声を張り上げる。それに、そうかとストンと胸に落ちた。人探しはこうやるのか。
パウクに倣って「レリアー!」と呼び掛ける。街の人々にも聞き込みをしながら、レリアを探した。
「いない……。これは、困ったな」
パウクから願いの気配が漂ってくる。
「――困っているのか?」
「え?」
いつもと同じ。気温が一段、下がる。ひやりと澄んだ空気が場を支配した。
「“我”に、願うか?」
パウクの瞳が安らぎに凪ぐ。雑念が消える一瞬の静寂のあと、パウクが口を開こうとした。
瞬間、路地から少女が飛び出してくる。反応が遅れて、正面衝突をした。ぶつかってきた少女が、強かに尻餅をつく。
秋風がパウクとワタシの間を吹き抜けて、空気が軽くなった。パウクがハッと、息を吸う音が聞こえる。
「すまん!! いや、本当に!! ヴェルに前をみろといつも言われているのに!!」
ワタシは、慌てて少女に駆け寄った。
「あれ、え、あっ!? レリアじゃないか!」
パウクの微かな疑念は、少女の存在に上書きされたらしい。安堵の混じったそれに、ワタシは少女がレリアであることに気付いた。
「あ……」
一拍のあと、レリアの瞳から涙が溢れてくる。それに、ワタシはぎょっとした。
「怪我をしたのか!?」
「うわぁあぁん!! ぱうくーー!!」
「そんなにか!?」
号泣し出したレリアに、ワタシはオロオロと手をさ迷わせる。幼子を泣かせてしまった罪悪感に、勝手に眉尻が下がった。
(うわー! ヴェル、どうしよう!?)
急激に慌ただしくなった空間に、パウクが肩の力を抜いたのが分かった。
「はいはい、落ち着けって! どーした? レリア」
「たすけて!!」
レリアの側に屈んだパウクの腕にレリアが抱き付く。ただ事ではないそれに、一瞬にして空気がピリッとひりつく。
じゃりっと地面を踏む音がやけに煩く聞こえた。周りに視線を遣る。いつの間に、こんな人通りのない場所に来てしまっていたのか。
路地を挟む建物は、今は使われていないのか。窓が割れてしまっていた。
「面倒なことになったな」
「どうします? 殺しときます?」
「お前は、黙ってろ」
柄の悪そうな男が、二人。薄暗い路地の奥からこちらに向かって歩いてくる。レリアが引きつった声を出した。
「いや、待て。ラッキーだ」
「何がです?」
「あのガキ。聞いていた通りだ。かなり高く売れる」
男達は路地から出ることなく、数歩先で止まる。男の視線がワタシに向いた。ジロジロと不躾に見てくるそれに、目を鋭く細める。
(随分と不敬だな?)
しかし、ワタシは寛大だ。この程度で怒ったりしない。
「二人とも、下がれ!!」
ワタシの感覚と、パウクのそれは違っていたらしい。
パウクがレリアとワタシを後方へ突き飛ばした。手荒なそれに、余裕のなさが滲む。そのまま、ワタシとレリアを背に隠すようにしてパウクは男達の前に立ち塞がった。
パウクの構えた左手の空間が揺らぎ、剣が姿を現す。流れるように、それを右手で抜いた。それと同時に、パウクの前に魔法防壁が展開される。
(魔法騎士だったか!)
しかもかなりの手練れとみた。これは、ワタシの出る幕はないか。レリアを立たせ、ゆっくりと引き寄せながら数歩距離を取る。
後ろには建物、右に道が続いているが行きすぎると路地の男達の姿が見えなくなる。そのため、ワタシはレリアだけを少し右に押した。
「近隣を騒がせている誘拐犯だな?」
「だったら、どうする?」
「捕縛する!!」
殺気がヒリヒリと肌に刺さる。レリアが息を呑んだ。
「おい」
手前の男が指示を出すと、半歩後ろに立っていた男が懐から銃を取り出した。
「やれ。試し撃ちしたがってたろ」
「いいんですかい!? やったぜ」
パウクが距離を測るように、じり……と足を動かす。カチリ、男が撃鉄を起こした。銃口から禍々しい黒い光が漏れ出す。
パウクが動揺した気配がした。「あれは……」パウクが剣を強く握る。一瞬の迷い。それを振り切るように、パウクの魔法防壁の光が強くなった。
男が引き金を引くと同時、パウクがワタシ達を守るように一歩前へと出る。一閃、路地から放たれた黒い光と魔法防壁がぶつかり合った。
かなりの練度だと一目で分かる魔法防壁に、ヒビが走る。次の瞬間、ガラスが粉々に砕けたような音を耳が拾った。
陽光を反射しキラキラと光るその中で、黒い光がパウクの腹を貫く。パウクの体が跳ねた。ぶわりと肌が粟立つ。
パウクの口から「ぐぷ……っ!!」と、出ていい量ではない血が飛び出した。ぐらりとパウクの体が傾く。
「にげ、ろ……」
合った瞳には、心配の色が濃く滲んでいた。どしゃっとパウクが地面にぶつかる重い音が辺りに響く。伏して尚、パウクの手は剣を握り締めていた。
「パウ、ク……?」
レリアが呆然とした声を出す。そのあと直ぐに「パウク? ねぇ、パウクってば!!」と言い募った。いつもの軽い笑みが返ってくると信じている。そんな声音だった。
(あぁ、ダメだ。パウクの魂が抜けていく)
これはもう、ワタシにさえも救えない。次いで浮かんだのは、この二人を殺すという選択肢。何の抵抗もなかった。
“やりすぎるなよ”
しかし、ヴェルとの約束が脳裏を過る。その選択肢は、一瞬で飛散した。




