11.願いは救いか
「あぁあ……っ!!」
レリアの呼吸音が乱れていく。広がっていく血溜まりに、レリアがひゅっと息を吸ったのが見えた。
マズいと思った時には遅かった。レリアが「いやぁあぁあっっ!?」と悲鳴を上げる。それに興奮している男が、銃口をこちらに向けた。
パウクは“にげろ”と言った。つまり、生きろと。汝の最後の願い。
(聞き届けた)
レリアに向かって、地面を蹴る。弾丸をギリギリで避け、レリアを庇いながら地面に転がった。
(むぅ……。ワタシ一人ならば、何の問題もないが。レリアを庇いながらとなると)
特に今のレリアは、取り乱している。逃げるにしても厳しい。ヴェルなら出来るとは思うが。
ちらりとレリアを見る。幸運なことに気絶していた。
(よし! このまま誘拐されよう!!)
相手の男は言っていた。“高く売れる”、と。ならば、殺されることはあるまい。
ここでワタシが暴れると、被害が拡大してしまう恐れがある。こういう手合いは、ヴェルが適任だろう。
「おい! 商品にまで撃ってどうする!? 殺されてぇのか!?」
「ひぃっ!? すみません!!」
男達が争っている内にと、レリアのリボンを抜き取る。
(うぐぅ……。帽子を置いていきたくない!! だが、致し方なし!!)
こっそりと帽子を脱いで、その中にレリアのリボンを入れた。それを魔法で隠し手に握る。
「お? 今日は、ついてる。特に怪我もなさそうだな」
「へ、へぇ」
「おい! そっちのガキはお前が持て! 商品だぞ、分かってるな?」
「もちろんです!!」
銃を撃った男が乱暴にワタシを肩に担ぐ。
(何も分かってないが?)
ヴェルの暖かい腕の中が恋しくなって、帽子を持つ手に力が入った。しかし、そんな事は言っていられない。
路地に入った所で、それを手放す。ぽとりと、帽子が路地に取り残された。
路地の狭い道の先、帽子越しにパウクの姿が見える。鮮血がじわじわと石畳を汚していた。
(人の子は、実に儚い)
何百年、いや、何千だろうか。昔の話すぎて、もはや感覚も曖昧だ。しかし、ワタシは確かに贄の子の願いを聞き届けた。
“どうか、どうか、お願いします――黒龍様”
その瞳に滲んだ憎しみをワタシは、美しいと感じた。あの子のために積み上げた屍の数をワタシは、覚えていない。
“なぜ分からない!!”
思考が散らばる。煩わしいあの英雄の嫌悪の眼差しがワタシを見た気がした。
そうだ。あの瞬間確かにワタシは、パウクの魔法防壁が砕けると分かっていた。しかしワタシは、助けるよりも“下がれ”というパウクの願いを取った。
“この世には、叶えてはならない――願いもある!! あるんだよ!!”
騒がしい英雄の声に、眉根を寄せる。
(ないさ。そんなものは、ない)
あの子の願いを邪魔した男の言葉など、ワタシには何の価値もない。それが何故、分からないのか。
“じゃあ――アルラ。なんて、どうだ? 君の名前だよ”
ヴェルの声が、私の心を落ち着けた。過去に沈みかけた思考が、急に引き戻される。
(あぁ――ヴェルは、きっと悲しむのだろうな)
そして、この死に心を痛める。何せ、魔獣にさえも弔いを捧げる男だ。どこまでも皆が求める英雄像をなぞれない。
“死は、救いにならない”
木格子越し。今にも死にそうな目をしたあの日のヴェルが、静かにそう呟く。ワタシは今もその言葉の意味を探している。
「あっ! お疲れ様です」
「あぁ、上玉だった。ほら、報酬だ」
「うお!? ラッキー」
不意に、第三者の声が聞こえてきた。扉が開く音に微かに目を開ける。肉の焼ける香りが鼻腔を擽った。
「親父は買い出しに行ってます。早くここから壁の向こうに」
「じゃあな。間違っても変な気、起こすなよ」
「へ、へへっ、勿論です」
会話だけでは、よく状況を理解できない。
「ランタン付けろ」
「へい! うへぇ、すげぇッスね」
「領主が逃げるための隠し通路だと。いいねぇ。守られてる人間ってのは。お幸せだ」
それが犯罪に使われている、と。どうやら街の人間に、誘拐犯側の道を選んだ者がいるらしかった。
(なるほど! だから捕まらないのか!)
実に狡猾。しかしこの二人からは、そのような雰囲気は感じられなかった。
「この国とのおさらばだ。船で発つぞ」
「へい! 成果は上々ですよね」
「あの方に殺されずに済みそうだ」
土臭い匂いが充満している。男二人の声がやけに反響して聞こえた。
「最近、物騒な用心棒を雇われたからな」
上司らしい男の声が震える。部下の男が、唾を呑んだ。
「例のですかい?」
「あぁ、人斬りらしい」
どうやら、元締めがいるようだ。そやつが、頭の切れる者であるのだろう。
しかし、ワタシはその元締めよりも船という言葉の方が気になった。
(船か。港というものを初めて見るな。まぁ、ヴェルがそちらの道を選べばの話だが)
思わずワクワクに体を揺らしそうになる。しかし、誘拐されている途中だったことを思いだし、何とか止まった。




