12.昔々のお伽噺
ワタシは鉄檻の中、心底困って溜息を吐き出した。隣でレリアがずっと泣いているのだ。
「レリア、少し落ち着きなさい」
「うぅっ、おかあさん、おかあさぁん」
「ううーん……」
レリアだけではない。そこかしこにある檻の中から啜り泣く声が聞こえてくる。
狭い小屋内に、強い願いの気配が充満していた。しかしその内容は恐らく、皆バラバラ。これでは、叶えてやれない。
(さて、どうしようか)
ふと、記憶の中で幼子が笑った気がした。
“お伽噺は、『めでたしめでたし』じゃないとダメなのよ”
その子は、お伽噺が好きだった。自分は、救世の乙女だと信じていた。だから、雨を願ってその身を捧げたのだったか。
「めでたしめでたし、か」
少しは空気が和らぐだろうか。確信は全くなかったが、ワタシの知るお伽噺をレリアに語ってやることにした。
「よし! お伽噺を語ってやろう!!」
レリアの瞳がやっとワタシに向く。こんな時に、何を言い出すのかと言いたげではあったが。
「そうだな。昔々ある村には、願いを叶える黒龍がいた。黒龍はある時、贄の少女の願いを聞き届け、村を焼いた」
「こわい……」
レリアの瞳に涙が溜まる。それに、「待て待て待て!」と背を擦ってやった。
「黒龍は、五人の英雄によって封印される。力を奪われ、牢に閉じ込められるのだ」
レリアがほっと、息を吐く。それに、何とも言えない気持ちになった。
「それから、何百年、何千か。黒龍は、木格子越しに滝の水を見続けた。時折、冒険者がやって来るが、封印の力か。話しかけようと何をしようと、誰も返事はせんかった」
「ずっと?」
「そうだ――ずっとな。しかしある日、そう。あれは、雨の日だった。滝の水量が増えていたからな。男がふらりと洞窟の中に入ってきた」
あの日の情景が脳裏に浮かぶ。フラフラと酷く危なっかしい足取りの男が、ふと牢の前で足をとめる。今にも死にそうな瞳が、確かにワタシを見た。
「『あぁ、悪い。ここは、君の寝床だったのか』男は、黒龍を見てそう言った」
「なんで? 見えないのに?」
「見えたのさ。その男には、黒龍が見えた。男はな。熱を出していた。牢の前にズルズルと崩れ落ちると弱々しく呟いた。『少しだけ、雨宿りをさせてくれ』」
男は、幼子のように小さく小さく丸まると、膝に顔を埋めてしまった。ワタシは、久方ぶりに聞いた“願い”に心浮き立つのと、あの英雄の顔がちらつくのとで、複雑な心境だった。
「黒龍は、暇を紛らわすためお喋りに興じることにした。『冒険者か?』男は答える『ちがう』」
「違うの?」
「あぁ、そうだ。『では、何故ここに来た』『ただの雨宿りだ』『こんな場所で?』男は黙った。暫しの沈黙の後、『俺は、仇討ちの旅をしている』と震える声で言った」
「あだうち? ってなに?」
「復讐の旅だよ」
レリアが目を丸める。きゅっと眉間に皺が寄った。パウクのことでも思い出しているのだろうか。瞳が、危なげに揺れる。
「男は続けた。『分からないんだ。俺は、どうして――』」
そこで、ワタシは言葉をきった。
記憶の中で、男が鼻を啜る。その音が洞窟内で、やけに響いて聞こえた。
「『あの日、旅に出てしまったんだろう』」
酷く覚束ない、危なっかしい声音だった。だから、ワタシは手を差し伸べようとした。したのに。
「黒龍は問うた。『我に、願うか?』、と。男は言った。『願いなんて、何もない』、と」
確かに、男からは何の願いの気配もなかった。か細い生命エネルギーが、ゆらゆらと不安定に揺れている。
「『いっそ死んだら楽かもしれんぞ?』黒龍は、親切心からそう言った。しかし、男ははっきりと『死は、救いにならない』それだけ言って眠りに落ちた」
「どういうこと? むずかしい」
「あぁ、そうだな。ワタシも分からない。むずかしいなぁ」
目を伏せた瞬間、鉄格子が強く叩かれた。それに、レリアが短く悲鳴を上げワタシに抱き付く。それを受け止め、顔を上げた。
「静かにしてろ!!」
あの二人とは違う男だった。見張りだろうか。男の目の下には、濃い隈があった。血走った目が、ワタシを見下ろしている。
「クソッ! こっちは寝不足だってのに!!」
男が親指の爪を噛む。ワタシは、レリアを下がらせ一歩前へと出た。
「眠りたいのか?」
「あ?」
鉄格子の間から両手を差し出す。ワタシは、ゆったりと笑った。
「我に――願うか?」
しん……と小屋に静寂が落ちた。男の瞳が安寧に凪いでいく。跪くようにして、男が両膝を地面に付けた。
ゆらりと頭上と背後の空気が揺れる。
(おっといかん。ズボンが破けると、ヴェルに怒られる)
我は、魔法でスカートにさっと着替える。瞬間、隠していた龍の角としっぽが出てきてしまった。
「祈りを捧げなさい。汝の強き願いを込めて」
男が、「あ……」と希望の乗った声を出す。そして、手を顔の前で組んだ。
「我、黒龍なり」
肌寒いほどの澄んだ空気が張り詰める。男の表情が歓喜に染まった。
「黒龍様、どうか、眠れないんです。どうか、お願いします」
「その願い、この黒龍が聞き届けた」
男がふらりと後ろに倒れる。
(さぁ、もっと願え。我、汝の願いを叶える者)
お伽噺はめでたしめでたし。黒龍はただ、人の願いを叶えるのが、大好きなだけだったのに。




