13.祈りを捧げよ
後ろで、レリアの怯えたような空気を感じる。しかしそれは、男のイビキによって掻き消えた。
「寝ちゃったの?」
「そうだ。こやつがそれを願ったからな」
それでも、レリアの声は微かに震えている。我は、レリアの方を向けずに頭上の鉄格子を見上げた。
(人の進歩は凄まじい。なのに、閉じ込めるものは、いつまで経ってもこれなのだな)
長い年月、見続けた。あの木格子と景色が重なって見えた。
「檻の中は、もう飽きた」
手を翳せば、鉄格子がギギギッと嫌な音を立てる。この体が通れる隙間を作り、地を軽く蹴った。宙に浮いた我を見て、レリアが素っ頓狂な声を出す。
隙間から外へと出て、そのまま鉄檻の上に降り立った。幼子たちの視線が、我に集中する。恐怖、期待、疑念、様々な感情が交錯した。
「さぁ! 祈りを捧げよ!!」
それを飲み込むように、我は堂々と胸を張る。そして、口角を上げた。
「ただし、命を奪うようなものは駄目だ。あの子に怒られてしまうのでな」
あの日、我を牢から出す条件としてヴェルが提示した。いくつかの“約束”のうちの一つ。
幼子たちは、我の声に反応して顔の前で手を組んだ。
(願いのある者には、効くのだがなぁ)
朝のヴェルを思い出す。全くもって、無反応だった。いやあれは、“ワタシ”のせいなのだろうか。
「――お願いします」
そう口にしたのは、レリアだった。
「助けてください、誰か。お願い。どうか、助けて……っ!」
その祈りを皮切りに、皆が祈り始める。
「誰か、お願い」
「助けて、誰か」
「どうか、どうか、お願いします」
「――黒龍様」
願いが一つになっていく。漲る生命エネルギーに、我は思わず舌舐りをしてしまった。
「あぁ――お腹が減る」
願いを叶えるには、対価が必要。
“約束だ、アルラ”
ヴェルの声が脳裏を掠めて、思わず肩が跳ねた。
(分かっている)
全部は貰わない。皆から少しずつ、だ。
受け取った対価に、奪われた力が少しだけ戻る。幼い体が、レリアよりも五歳は成長した。
(ふむ。レリアが十歳くらいだろうからな)
服が窮屈になりだしたので、再び変える。
(特に我は気にしないが)
ヴェルの困った顔が浮かんで、笑い声を漏らしてしまった。
(仕方がない子だ。まぁ、ワタシはいい子だからな!!)
我とは対照的に、力を吸われた幼子たちは眠りへと落ちていく。
「優しくいこう。起こさぬようにな」
合図はシャボン玉にして、助けてくれる“誰か”を呼ぶ。道案内は、蝶にしよう。此度の出会いを運んだ者だからな。
「おやすみ、幼子たちよ。あの子は少し照れ屋でね。そのまま寝ていなさい」
目が覚めた時、そこには英雄譚などないいつもの日常が広がっているだけだ。
「理想の英雄は、夢の中にしかおらんよ」
だから、誰も知らなくていい。
不意に、外が騒がしくなる。これだけ派手にやれば、バレてしまうかと溜息を吐き出した。
誰も入ってこられないように、結界で小屋を守る。混乱を孕んだ怒号が飛んだ。
瞬間、くらっと視界がぶれる。「おっと……?」バランスを崩して、鉄格子に座り込んだ。
「あー……。少々、力を使いすぎたか」
手の大きさが元に戻っていく。ちょうど良かった服のサイズが、ぶかぶかになった。
子ども達からあまり多くのエネルギーを貰う訳にはいかない。何より、パウクからは何の対価も受け取っていないのだ。
“おじょーさん”
優しげな声に、手を握り締める。へらっと瞼の裏で、パウクが笑った。
「まぁ、サービスだな!」
思わずしっぽが、ゆらりと揺れる。
服が邪魔で、再び子ども用のスカートへと着替えた。服の裾を摘まんで、整える。乱れているだろう髪も出来る範囲で直した。
「ふふっ、ヴェルに沢山褒めて貰わなければな!!」
檻の端に移動して、足を投げ出す。前後に揺らして、ヴェルの到着をいい子に待った。思わず、欠伸が溢れる。
「ゆらりゆらゆら、ゆれる揺りかご」
眠い目を擦って、ヴェルがいつか歌ってくれた子守唄をなぞる。窓からは、歌に不釣り合いな陽光が射し込んでいた。




