14.英雄かくあるべし
小屋の外で銃声が聞こえた。あの魔法銃ではない。ヴェルのリボルバーの音。
それに、眠気が飛ぶ。逸る気持ちのまま、窓に張り付いた。
小屋の前には誘拐犯の集団が思いの外沢山いる。先頭の男の怒号が飛んだ。その視線の先、全員と対峙するように、ヴェルが立っていた。
左手に、リボルバーを握っている。バサリとヴェルのロングコートが翻った。
「むぅ、声が聞こえん!!」
窓を開けようにも、板で塞がれている。それに苛立って、窓を叩いた。
バキャッ! と結構な音がして、窓枠もろとも壊れてしまう。疲れで力加減が上手くできなくなっているらしい。
全員の視線が、こちらへ向いた。
「ヴェル!!」
ブンブンと手を振る。ヴェルの快晴の空のような。綺麗な青色の瞳と目が合う。顔に安堵が滲んだ。
「そのまま、そこにいろ!!」
後ろから近付いてきた男が振り下ろした斧をヴェルが避ける。ヴェルの右手が、吊るしてある傘に伸びた。
「珍しい」
本気でやるつもりのようだ。ワタシは、ヴェルの言う通りに大人しくしておく。壊れた窓枠だった所に腕を置いて、ヴェルを見守った。
ヴェルの手が傘の柄を握る。引き抜かれた刀身が陽光を反射し鈍く光った。あの片刃の剣には、何度も傷付き、それでも立ち上がってきた。ヴェルの全てが詰まっている。
目で追えるギリギリ、ヴェルの一太刀が斧を持つ男の手首の腱を斬った。痛みに、男が手首を掴んで膝を折る。
誘拐犯達に、動揺が広がった。ビリッと殺気で空気が揺れる。誘拐犯達は理解したようだ。目の前の冴えない男は、死線を生き残ってきた側の人間だと。
「――殺せ!!」
不安が弾けたようなそれに、誘拐犯達が雄叫びを上げる。小屋の正面に立つヴェルを一斉に取り囲んだ。ヴェルはただ、静かに剣と銃を同時に構える。
右から斬りかかってきたナイフを剣で弾き、相手の足の腱を斬る。中距離から銃を撃ってきた男の肩をリボルバーの銃弾が撃ち抜いた。
一切の無駄も迷いもない動き。元々、あの子は目がいい。それをいかすために、頭が思考をやめたのだろう。ほぼ反射の域で動いている。
洗練されたそれは、もはや舞の領域だ。我は、沢山の舞を献上されてきた。そのどれもが霞むほどに。
「あの子の剣舞が一等――美しい」
うっとりと目を細める。できれば、剣だけで戦って欲しいところだ。
(まぁ、リボルバーは精神的なお守りのようなものなのだろうよ)
詳しくは聞いていないが、出会ってから三年。あの子が剣だけを持つ所は見ていない。
「しかし、まぁ……」
ヴェルの剣は、あまりにも英雄の血筋。五人の英雄の中でも、一番英雄像を体現していたあの男の末裔なだけはある。なのに、本人はあまりにも英雄に向いていない。
血飛沫の向こう。ヴェルの眉間に、ぐっと皺が寄った。斬った側のヴェルの方が痛そうだ。
「あの子は、優しすぎる」
英雄かくあるべし。優しく、強く、迷わず、揺らがない。その背中だけで、人々を安心させる。
(ヴェルには、ちと重すぎるな)
ヴェルは、ずっと決められない男だ。殺す覚悟がないから、討てない。しかし、やめることも出来ないので歩みをとめられない。
だから、さすらい続ける。答えを出さずに済むように。
「何とも――愛愛しいことよ」
しかし、これは旅の対価。我は、迷うヴェルの背を押し続ける。どちらかを決めるその瞬間まで。
「やはり、あの英雄とは似ても似つかんな!」
ワタシは、頬を緩める。
(ヴェルの方が百倍、いや、千倍はいい男だ!!)
ふふんっと胸を張った。
「たった一人だろうが!!」
男の苛立った声で、思考を目の前の戦場へと戻す。ヴェルと対峙する誘拐犯は、最後の一人になっていた。
小屋と平行に二人は立っている。その男には、見覚えがあった。パウクを撃つように、指示した男だ。
その男の手に、件の銃が握られていた。銃口からは、黒い光が漏れ出ている。それに、胸がざわついた。
ヴェルが警戒するように、「なんだ……?」そう一歩後ろに下がる。瞬間、男が自棄になったように銃口をヴェルへと向けた。間髪いれず引き金を引く。
真っ直ぐとヴェルへ向かってきた黒い閃光をヴェルは身を翻しギリギリで避けた。そのまま地面を転がり、膝を付く体勢でとまる。
掠ったのか、右肩に血が滲んだ。それに、目の前が真っ赤に染まる。
「ヴェルユス!!」
気付けば、しっぽで小屋の壁を破壊していた。ガラガラと木の板が地面に落ちていく。踏み出した足が、バキッと板を踏み砕いた。
「ひっ!? バケモノ!!」
ヴェルに斬られ、小屋の側で地に転がっていた男が悲鳴を上げる。それがあっという間に伝播していった。
「アルラ!!」
名を呼ばれ、動きをとめる。こちらに、ヴェルのシルクハットが飛んできたのが見えた。しかし、飛距離が足りず落ちそうになる。
「あっ!」
思わず、魔法で浮かせ引き寄せた。それを両手に抱える。
「それ、守っといてくれ」
ヴェルがワタシを安心させるように笑う。ワタシは何も言えなくなって、ただシルクハットを優しく抱き締めるしかなかった。




