15.孤独な神よ
アルラの怒気で、空気が震えている。
ここに辿り着いた時、すでにアルラの瞳孔が爬虫類のように縦長に戻っていた。それに加え龍の角が見えている時点で、嫌な予感はしていた。
怒りで理性が飛びかけたらしい。アルラの首から頬にかけて、黒い鱗が浮き出ている。尾は最初から出ていたのか、今出たのか。
(まだ、人の姿は保てているな)
しかし、かなり危うい。小屋を守るように張られた結界が、不安定に揺れていた。
ここでアルラが暴れれば、今までのアルラの頑張りが全て水の泡になる。
俺は戦闘で上がった息を整えようと、大きく息を吐き出した。そのまま、立ち上がる。
「何なんだよ!?」
男はアルラの姿に混乱しているらしい。しかし、俺が立ち上がったことにより、視線がこちらへ戻ってきた。
「クソッ! クソォ!!」
男が銃の撃鉄を上げる。再び、銃口から黒い光が漏れ出した。
(あれが件の違法な改造銃か?)
普通の魔法銃より確かに、威力やスピードは上がっている。しかし、毒、呪い、そっち系は付与されていないようだ。
肩の傷が、ズキズキと痛みを訴えた。それが、俺の頭をクリアにしていく。
銃口がこちらを向く。俺が動くより先、アルラの方から破壊音が鳴り響いた。
積まれていた木箱を尾で薙ぎ払ったのか。食料らしきものが散乱する。男の顔に恐怖が滲んだ。
俺は迷わずリボルバーを頭上に撃つ。男の肩が跳ねた。しかし、狙いどおり銃口の照準は、俺に向いたまま動かない。
(そうだ。そのまま、俺に向かって撃て)
魔法銃は厄介な武器だ。撃鉄を起こしてしまうと、撃つまで手を離してはならない。暴発するからだ。
あの威力。暴発すれば、人死にが出る。手に汗が滲んだ。
「ヴェルユス……っ!!」
アルラの不安そうな声に、剣をしっかりと握り直した。
(分かってる。大丈夫だ、アルラ)
男の表情に迷いが滲む。俺に撃つべきか、アルラに撃つべきか。
(あぁ、分かるよ。怖いと迷うよな)
リボルバーを持つ俺の手が震える。仇との目に見える相違点。一度だって、手放してこなかったそれ。
(いつまでも、目を逸らしてはいられないのかもな)
手の震えは止まっていた。
ふっと、リボルバーを手放す。男の瞳が驚愕に見開かれた。
腰にある傘へと手を伸ばす。引き抜き、カチッとスイッチを押した。瞬間、傘が俺と男の間を隔てるように開く。
空中に傘を置くように手放し、身を低くした。黒い閃光が傘を貫き、俺の髪を掠める。俺は間髪容れずに、傘の影から飛び出した。
「ひっ!?」
その距離、推定五メートル。一気に距離を詰め、銃を持つ男の右手首の腱のみを斬る。
“甘いよねぇ、ヴェルは”
耳の奥で仇の嗤う声が聞こえた気がした。吐き出した息が震える。
「いってぇえ!?」
男は喚きながら銃を取りこぼした。そのままその場に踞る。俺は、銃を遠くへ蹴り飛ばした。
「殺さないでくれぇ……っ!!」
俺は男を一瞥もせず、顔をアルラへ向ける。合った瞳が泣きそうで。俺はアルラへ向かって駆け出した。手から剣が滑り落ちる。
「アルラ!!」
俺は、腕の中にアルラを掻き抱いた。アルラの体が一瞬、強張る。ふっと力が抜けると同時。アルラの角も尾も、スゥ……と空気に溶けるように消えていった。
「ヴェル」
「ん?」
「帽子、ちゃんと守っておいたぞ!」
アルラがいつものように、笑う。それに俺は、やっと呼吸がまともに出来た。
素直に頭を差し出し、アルラからシルクハットを受け取る。お返しに、俺はコートのポケットからアルラのキャスケットを取り出した。
それに、アルラの金色の瞳が煌めく。被せてやって、流れるように抱き上げた。
「ヴェル、傷を治してあげよう」
「いや、これくらい平気だ」
「むぅ……。ワタシに願え!」
「無茶したんだろ?」
俺は、アルラを宥めるように背をポンポンと優しく叩く。
「これくらい、問題ない!」
「俺も」
「んむぅうぅ……っ!!」
アルラがぐずるように、俺の左肩に額を押し付けてくる。それを甘んじて受けながら、寝かし付けにかかった。
「早く神器を手に入れて、力を返して貰わねぇとな」
「……いい。ゆっくりで。いそぐ、たびでも、ないだろう?」
「そうだな」
アルラの声がうとうとと、微睡み出す。
「もう大丈夫だ、アルラ――おやすみ」
「おや、す、み……」
規則正しいアルラの寝息を聞きながら、目を伏せた。
別に早く探し物を終わらせたい訳ではない。確かに初めは、面倒なことになったと思った。
早々と【黒龍の神器】とやらを集めきり、いつも通りに後腐れなくアルラと別れる予定だった。なのに。
(もう俺は――アルラを牢の中の孤独な神に戻したくないと思っちまってる)
いつの間に、こうなってしまったのか。アルラは、力を使う。いっそない方がいいのかもしれないが、今のようになるくらいなら取り戻した方がマシだ。
しかし、だからこそ、おれは。
「何も願わねぇよ」
これからも、ずっと。
俄に辺りが騒がしくなる。兵達が追い付いてきたらしい。
そこで俺は、昨日の夜から何も食っていないことを思い出したのだった。




