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さすらいの旅人よ~優しすぎる旅人と願いを叶える黒龍~  作者: 雨花 まる
城塞都市編

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16/30

16.汝、好きに生きよ

 カラーン……、カラーン……。教会の鐘が物悲しく鳴る。

 棺が地面に埋められていくのを俺とアルラは、少し離れた木陰から眺めていた。泣きじゃくっているレリアを母親が抱き締めているのが見える。


「ヴェルユス」

「ん、分かってる。分かってる、けど……」


 どうしても、心には罪悪感が広がる。それをやり過ごす術を見つけられない俺は、その場にしゃがみ込んだ。


「……兄のことでも、思い出したか?」


 言葉を探すような間のあと、アルラが静かにそう問いかけてくる。それに、顔をアルラへ向けた。


「尊敬していた、というような事を前に言っていただろう?」


 アルラが顔を覗き込んでくる。そんな事を言っただろうかと、俺は内心で自嘲した。

 (あいつ)が記憶の中で、嬉しそうに笑う。


“あれ? ヴェルなら、喜んでくれると思ったのになぁ。だってお前、兄貴のこと――”


 俺は、シルクハットを少し下げ目元を隠した。


「大嫌いだったよ、長兄のことなんて」


 アルラから驚いたような気配がする。微かに息を飲んだ音が聞こえた。誰にも言ったことがないその事実をなぜ口走ってしまったのか。


“お前はなぜ、英雄を夢見ない!! この――フォルティス家の恥さらしが”


 俺を見る長兄の瞳は、いつも冷めきっていた。木剣がめり込んだ腹部が、そんな筈もないのに痛みだす。

 俺は、その記憶を追い出すように息を吐いた。シルクハットをあげ、人差し指を口元に持っていく。


「これは、アルラにしか言ってないことだ。秘密にしてくれるか?」


 アルラの金色の瞳がキョトンと丸くなる。次いで、パッと輝いた。


「それは――約束だな?」

「そうだ、約束」

「任せろ! その約束、このアルラが必ず守ってみせよう!!」


 アルラが胸に手を当てる。それだけで、俺の心は少し軽くなった。


(本当に、アルラと出会うまでは、どうやって旅してたんだっけか)


 情けなさに、苦笑する。ふと人が近付いてくる気配がした。それに、俺は立ち上がる。


「ヴェルユス殿」


 埋葬が終わったのか。真面目な門兵、ロアスがこちらへと駆けてきていた。それに、会釈を返す。


「本当に、もう発たれるのですか」

「あぁ、領主様には申し訳ないですがね」


 誘拐の件で、領主は俺に褒賞金をくださった。ルフト金貨を三枚。かなり破格だ。アルラは「ドーナツ食べ放題じゃないか!?」と純粋に喜んでいた。

 因みに、これはロアスに聞いた話だが。俺とアルラの証言によって、誘拐組織に手を貸した【ブラーテン】の店主の息子は捕まったそうだ。


「ヴェルユス、本当によいのか? この街にとどまってよいと言われたのに」

「いいさ。俺は、旅人だ」

「……そうですか」


 ロアスは残念そうな表情を浮かべる。そこに、領主のような打算は感じなかった。

 アルラの視線が何か言いたげなものになる。


(分かってるよ。旅を続けるのなら、聞かねぇとダメなことくらい)


 急激に喉が渇く。思わず、ごくりと唾を飲んだ。それでも、懐から一枚の紙を取り出す。それを広げて、ロアスに見せた。


「この男は、この街に来たことがありますか?」


 ロアスが紙に視線を遣って、目を丸くした。そして、怪訝そうに眉根を寄せる。


「この手配書、人斬りマクシムスですね」

「えぇ、探しています」


 ロアスは「申し訳ありませんが、見ておりません」と首を左右に振る。そして、視線を手配書の下の方へと移した。恐らく、賞金を見ているのだろう。


「こいつは――」


“どう、して――マクシムス”


 雨の音に、その名が混ざって消えた。


「兄の仇でな」


 ぐしゃっと手配書に皺が寄る。ロアスの瞳が弾かれたように俺を見た。


「では、ヴェルユス殿は――西の大国の?」

「まぁ、そうです」


 今の時世、仇討ちなど俺の故郷以外の国々では忌避的だ。しかし、ロアスの瞳に滲んだ感情はそういった類いのものではなかった。ほの暗く揺らぐ、羨望。


(あぁ、仇討ち許可証があったら、君は――)


 思わず、聞いてみたくなる。


「アルラちゃんっ!!」


 それをレリアの涙に濡れる声が遮った。

 アルラを見つけて、こちらへ走ってきたらしい。必死に涙を拭いながら、レリアはアルラを縋るように見つめた。


「アルラちゃんは、すごい、ん、でしょ!?」

「そうだが……」

「じゃあ、パウクを、生き返らせて!!」


 レリアは、「お願いだからっ!!」と言い募る。その純粋な願いに、俺の胸に広がったのは痛みだった。


「それだけは、無理だ」


 静かにアルラがそれだけ返す。レリアの肩が、びくっと跳ねた。


「どれだけ重い対価を支払おうとも、一度失われた命は元に戻らない」


 レリアはアルラの言葉を否定するように、首を左右に振る。


「だから、残された者は……。生きねばならない、と……。その者の分まで、らしい」


 珍しくアルラの声音に、自信のなさが滲んだ。それに、レリアは「わからない!!」と返す。


「わからないよ! やだ! むずかしい!!」

「そうだな。分からない」


 アルラは、目を伏せながら自嘲気味に口角を上げた。しかし次の瞬間には、しっかりと顔を上げレリアを真っ直ぐと見る。


「しかし、だからこそ。ワタシは、向き合い続けると決めた」


 決意のこもった声だった。それに、俺は目をすぼめる。


「レリアよ、好きに生きるがよい! お前さんの人生だ!!」


 アルラが太陽のように笑った。それに、俺は目尻を下げる。


(あぁ、そうだな。聞いたって、意味はない。これは、俺の人生だ)


 パウクの仇を討ちたいか。俺は、ロアスに聞きそうになったその問いを飲み込んだ。

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