↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さすらいの旅人よ~優しすぎる旅人と願いを叶える黒龍~  作者: 雨花 まる
城塞都市編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/30

08.人死にの英雄譚

 飛び起きるように目を開ける。吐き出す息が、震えていた。前髪をぐしゃりと握り締める。


「ヴェル?」


 名を呼ばれ、体が強ばった。しかし、「おはよう」続いた言葉に息を大きく吐く。


「アルラ……」

「うん?」


 姿を探して、声を辿る。アルラは、窓辺に椅子を置き外を眺めていた。

 朝日がアルラに柔らかく降り注いでいるのが見えて、ベッドへと逆戻りする。


「おはよう」


 軽やかな鳥の囀りが聞こえた。


「ヴェル、何か願うか?」


 ベッドが軋んだのに、視線だけをそちらへ遣る。アルラが腕の上に顔を置き、こちらをじっと見ていた。


「願わねぇよ」

「むぅ……。仕方あるまい。では、朝ごはんを買ってこよう」


 アルラは、魔法で櫛と鏡を浮かせる。あっという間に髪をセットすると、キャスケットを被った。


(自分で出来るくせになぁ)


 俺はそれをぼんやりと眺める。許可を求めるように、アルラの視線がこちらへと戻ってきた。


「拐かし。忘れてねーな?」

「無論だ!」

「一人で大丈夫か?」

「ふふっ、ついでに誘拐犯を捕まえてきてやろうか?」


 アルラの瞳が物騒に細まる。


「やりすぎるなよ」

「それは……。約束だな?」


 一変して、表情がパッと輝いた。それに、目をすぼめる。


「ん、約束だ」

「任せておけ! その約束、このアルラが必ず守ってみせよう!!」


 アルラは、胸に手を置く。それに、俺は頬を緩めた。


「アルラ」


 不意に、不安がぶり返す。手を伸ばせば、アルラは俺の手を握った。


「碌に眠れていないのだろう? いい子に待っていなさい」


 アルラは、俺の手の甲をポンポンと叩くと離れていく。俺の鞄から肩掛けポーチを取り出すと、その中に銅貨を数枚入れた。


「無駄遣いするなよー」

「いってきます!」

「おおーい……」


 あの銅貨は一枚も残らないな。扉の先に消えていくアルラの背中を俺は扉が閉まるまで見送った。

 部屋に静寂が落ちる。思わず、布団の中で小さくなった。


“兄の仇を討ち、めでたしめでたし! 最高の英雄譚だろう!?”


 あいつの声を頭から追い出したくて、握った手の親指部分で額を叩く。何度も、何度も、何度も。


「どこがだよ……」


 それに返ってきたのは、外からする子どもの明るい笑い声で。走りながら振り返った先、何の不安もなく笑い合ったあの日の情景が浮かんで消えた。


 嫌な喧騒に目を開けた。どれくらい眠っていたのか。固まった体が痛みを訴える。


(丸まって寝るもんじゃねぇな)


 昔は平気だったことが、年を追うごとに辛くなっていく。


「二十四年か……」


 このまま俺は、たださすらい続けていられるのだろうか。


「死んでるって!?」


 悲鳴混じりのそれが壁を挟んでいるのに、やけにはっきりと聞こえてきた。それに、心臓が急激に冷える。


“お前のせいだよ、ヴェル”


 優しい声が手招きをした。


(あぁ、行かないと)


 ふらりとベッドから出る。幼い頃からの習慣とは恐ろしい。教えられた通りに体が身なりだけは、しっかりと整えていく。

 鏡に映った酷い顔は、顔を冷水で洗ってもマシにはならなかった。それをシルクハットで無理矢理に隠す。

 騒ぎの方へと、俺は足を動かした。


「どうしたの!?」

「人が死んでるって……」


 街全体に不安が伝播していくのが分かる。その発生源に人が走っていく。集まっていく。その波に逆らわず、俺は足早に進んでいった。

 野次馬越しに、血溜まりに横たわる男が見えた。指先の感覚がなくなっていく。なのに、右手の鈍痛だけは鮮明だった。


「パウクッ!!」


 俺を押し退け、野次馬から飛び出していったのは真面目な門兵だった。その後ろ姿が、母と重なる。そのまま血溜まりの中へと崩れていった。


「パウク! なんで!? 起きろ、おき、あぁあ!!」


 悲痛な叫びに、脳が揺さぶられる。


「いてっ!? 何だぁ!?」


 意識が暗闇に沈み込みそうになった瞬間、路地の方から場にそぐわない声が聞こえた。それに、顔を上げる。

 バチバチと金色の魔力が迸る。その中心に、アルラが一等大事にしている帽子が見えた。


「――アルラ?」


 俺の前にいた人々が、俺を避けて逃げる。兵の警戒するような視線が一斉に俺に向いた。


「その帽子、俺の連れのものです」


 思いの外、低い声が出た。真っ直ぐとそちらへと歩いていく。兵が一歩、怯んだように足を引いた。

 俺は帽子の側に屈み、手を伸ばす。帽子を守っていた魔力は、当たり前のようにふっと消えた。

 帽子をゆっくりと拾い上げる。下から、赤いリボンの蝶の髪飾りが出てきた。それに眉根を寄せる。


(見覚えがある、ような……)


 どこでだったか記憶を探りながら髪飾りも拾い上げる。立ち上がり、兵へ見せようと体の向きを変えた。


「レリア……?」


 真面目な兵が呆然と落とした言葉に、髪飾りと記憶が結び付く。日だまりの中で、赤いリボンが元気に揺れた。


(あぁ、そうか。あの子を優先したんだな、アルラ)


 真面目な兵へ髪飾りを渡す。兵は、震える手でそれを受け取った。

 俺は少し距離のある場所まで下がる。動きそうになる体を押し留めるように、帽子をぐっと両手で抱き締めた。


(分かってるよ、アルラ。これを置いていったってことは、無事なんだろ?)


 俺は、乱れそうになる呼吸を整える。やることは、決まっていた。


(待つ。アルラの合図を)


 いつでも動けるように、神経を尖らせる。


「私に!! 私に、行かせてください!!」

「ならん!! 規律に従え」


 その会話に視線だけを上げた。真面目な兵が、苦しげに拳を握り締めているのが見える。

 ここは、俺の故郷とは違う。今時、仇討ちなど認められないだろう。それでも、彼の表情には憎しみが滲んでいた。


「わかり、ました……」


 しかし、兵は全てを飲み下したらしい。


(君は、とどまる(そちらの)道を選ぶのか……)


 もし、仇討ち許可証が手に入ったとして。もし、周りがそれを当たり前のことのように扱ったとして。背を押されたとして。彼の選ぶ道は、変わったのだろうか。

 秋風が、街路樹を強く揺さぶりさざめいた。


「ひっ!? なんだ、あれ?」

「この街は、どうなるんだ……」


 西の空に、何かが大量に登っていく。


(あれは、シャボン玉?)


 皆の視線がそこに釘付けになった。瞬間、俺の視界を何かが掠める。それは、黄金に輝く蝶であった。


「アルラ……っ!!」


 呼ばれている。そう感じた俺は、迷わずその蝶を追いかけ駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。