↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さすらいの旅人よ~優しすぎる旅人と願いを叶える黒龍~  作者: 雨花 まる
城塞都市編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/31

06.ドーナツは世界を救う

 レリアの案内に従い、街を歩く。魚屋の店主が安い品が入ったと声を張り上げ、道行く人が足を止めた。

 かと思えば、男女が道のど真ん中で揉めている。レリアとアルラを端に寄せ、隠すように通り過ぎた。


「お願いよ!!」


 女性の言葉に、アルラが握る手の力を強めた。一瞬の内、アルラの纏う空気が凪ぐ。頭上の空間が不自然に歪んだ気がした。


「――アルラ」


 俺はただ、静かに名を呼ぶ。今はそれで十分に引き戻せると知っているからだ。


「……分かっている」


 不満げな返事と共に、アルラの雰囲気が元に戻る。それに俺が溜息を吐いたのと、不意にレリアが駆け出したのは、ほぼ同時だった。それに、意識がそちらへ向く。


「じゃじゃーん! 到着でーす!!」


 レリアが両手を広げて、一軒の店を指す。暖かみのある外観をした店の看板には、ザイフェンブラーゼの可愛らしい文字。

 香ばしいだけではなく、甘ったるさの混ざった香りが鼻腔を擽った。それに、アルラが繋いだ手を激しく揺らす。

 テラス席では、男性が珈琲を飲んでいた。深みのある香りに、眠気が少し消える。


(俺は、あれでいいか)


 小気味良いドアベルの音が、朝の空気を軽やかに震わせた。レリアが扉の向こうに「ただいまー!」と飛び込んでいく。


「行くぞ! ヴェル!!」

「はいはい」


 アルラに手を引かれるまま、俺はドーナツ屋の扉を開けた。急に世界に色が増えて、俺には少し刺激が強い。

 ドーナツが並ぶショーケースに、アルラは我慢が出来なくなったようだ。俺の手を擦り抜け、駆けて行く。それに、今度こそ噴き出してしまった。


「走るな、アルラ」

「許せ! どれにする? どれだけいい?」


 アルラがショーケースの前で、嬉しそうに跳び跳ねる。その背に近寄り、ショーケースの中を覗き込んだ。


「いらっしゃい」


 店主の女性が快活な笑みを浮かべる。それに会釈を返した。

 レリアが店主の隣でそれをなぞるように「いらっしゃい!」と胸を張る。俺はそれに「どうも」と返した。レリアの後ろに、パッと花が咲く。


「美味しそうだな」

「迷う!!」

「いくつ食べたい?」

「沢山!!」


 アルラが勢いよく俺を見上げる。合った瞳に、俺は路銀いれの紐を緩めるしかなかった。


「じゃあ、五つでどうだ?」

「もう一声!!」

「よし、七つ」

「やった!!」


 俺はアルラを抱き上げ、ショーケースの中を見やすくしてやる。アルラは端から端まで中のドーナツを確認すると、真剣に悩みだした。


「あのキラキラが乗っているのは、絶対に食べたいだろう」


 アルラの目には、そう映るらしい。


(キラキラ――チョコスプレーの乗ってるあれか)


 その呟きを拾いながら、俺でも食べられそうな甘さ控えめのシンプルなものを探した。


「むむっ、白か桃色か……。桃色だ!」

「決めたか?」

「決まった!」


 レリアがドーナツを指差しながら店主に欲しいものを伝える。最後に俺のものを追加して、珈琲と林檎ジュースも頼んだ。


「いくつか、お持ち帰り用に袋に入れるかい?」

「全部、ここで食べる!」

「だそうなので、大丈夫です。ありがとうございます」


 店主は少し驚いた顔をしたが、直ぐに豪快に笑った。


「そうかいそうかい! 畏まりました」

「そんなに食べると、お腹が痛くなっちゃうわよ!!」

「こらっ、レリア!!」

「だって!」


 俺は笑うことで、店主に大丈夫だと伝える。店主は「すみませんね」と苦笑した。


(まぁ、もっともな意見だからな)


 アルラを下ろし、銅貨で支払いを済ます。店主からドーナツの乗った皿を受け取って、アルラに渡した。飲み物は俺が持つ。


「どうも」

「ごゆっくり!」


 アルラと隣り合い、テラス席へと向かう。


「それで? 頼んだお使いは?」

「げっ!? 忘れちゃった」

「あんたって子は……」


 後ろでそんな会話が聞こえた。

 俺の両手が塞がっているのを見て、アルラが魔法で扉を開けてくれる。それに礼を言って、外へと出た。


「秋の気候は好きだ! 絶好のドーナツ日和だな!」

「そうだな」


 空いていた席に座り、ほっと息を吐く。心地のよい風が、色づき始めた街路樹を揺らしていった。それに、目を細める。


「さて、手を組めよ」

「無論だ!」


 祈りを捧げ終えると、アルラは早速ドーナツにかぶり付いた。金色の瞳が蕩けるように弧を描く。釣られて、俺も頬を緩めた。


「美味しいか?」

「おいしい! ドーナツは世界を救う!!」


 アルラが言うと大袈裟に聞こえないから、たちが悪い。俺は「そいつは、ようございました」と流しておくことにした。


「あんたら、冒険者か?」


 珈琲を飲んでいた三十代くらいだろうか。男性が話し掛けてくる。それに、「まぁ……」と濁して返した。


「その祈り、西の大国出か?」

「えぇ、俺はですが」

「ふぅん」


 男性は、ジロジロと俺とアルラを見てくる。俺は、珈琲カップに手を伸ばした。カップ本体に指が当たる。暖かいを通り越し熱かった。


「さては! 英雄譚に憧れたクチか?」


 茶化すように落とされた“英雄”という言葉。それに俺は、カップを取り落としそうになる。カップがソーサーに当たり、耳障りな音を出した。


「ははっ、そんな風に見えます?」

「西の大国出の冒険者は、よく酒場で英雄譚を語ってるぜ? 俺は好きだけどな」

「おれ、は……」

「ワタシは全く好きではない! ので、ヴェルは英雄譚を語らないぞ!!」


 アルラが頬を膨らませ、話に割って入ってくる。男性は、少し困った顔をした。


「そうだったのか。それは、すまないな」

「いーよ! おにーさんは、この街の人?」


 あからさまに話題を変えてくれたアルラに、ほっと胸を撫で下ろす。そこで、指先が震えているのに気付いた。


「そうさ。ずっとこの城塞に囲まれて生きてる。……冒険ってのは、楽しいかい?」

「ワタシはね!」


 男性は、眩しそうに目をすぼめる。珈琲を飲み干すと、逃げるように席を立った。


「まぁ、ゆっくりしていきな。旅も大変だろう」


 まるで自分に言い聞かせるようだった。


(あぁ――この人は、|冒険者にならずに生きる《そっちの》道を行くのか)


 男性は俺達の返事を待たずに、珈琲カップを持ち店の中へと消えていく。俺はゆっくりとカップを持ち上げ、今度こそ珈琲を口に含んだ。


「苦そうだな?」

「ん、ちょっとだけな」


 アルラが少し意地悪に笑む。俺は誤魔化すように、ドーナツを千切り口に放り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。