05.幼子の朝は早い
朝日というのは、どうしてこうも眩しく感じるのだろうか。ウキウキと弾むように陽光の中を歩くアルラの背をただ追いかける。眠気に負けそうになりながら、重い瞬きをした。
「ヴェル、しゃきっとせんか!」
「五時だぞ? 俺は今日! 君に朝五時に叩き起こされてんだよ!!」
「ドーナツが楽しみ過ぎたからな!」
「そんな時間から開いてねぇって……」
「それはもう、聞き飽きた」
アルラが頬を膨らませ、俺をジトリと睨んでくる。結局二度寝出来ず、店が開くだろう時間までアルラと何のドーナツを食うかの話をする羽目になったというのに。
(頼むから飽きるな。心の底から反省してくれ)
俺は何とか欠伸を噛み殺し、朝日に負けないよう姿勢を正した。そのまま、アルラの隣に並ぶ。
「まったく。前見て歩けよー」
「問題な――いや、その角から誰か飛び出してくるかもしれん」
「早く言え!!」
アルラを脇に抱えた瞬間、曲がり角から小さな影が飛び出してくる。迷うことなく俺に突進してきたその子を抱き止めた。
茶色の長い髪と蝶の髪飾りの赤いリボンが視界の中で、元気に揺れる。
「わぶっ!?」
「おっと、大丈夫か?」
「ごめんなさい!!」
アルラよりは確実に年上だろう少女の茶色の瞳と目が合う。少女は、へらっと誤魔化すように笑った。
「急いでて」
「俺の方は、大丈夫だが」
「私も大丈夫!!」
「そーかい。それは、よかった」
アルラと正面衝突してたら、この子が吹っ飛ぶところだった。ほっと胸を撫で下ろす。
「幼子は元気がよいな!」
「アナタの方が小さいわよ! 私はハイパーお姉さんなんだから!!」
少女が胸に手を当て、誇らしげな顔をする。俺としては微笑ましかったが、アルラはフリーズのち「なるほど分からん!」と言いきった。
「ヴェル、通訳してくれ」
「凄いってことを言いたいんじゃねーかな」
「凄いお姉さんとは何だ」
「ううん……。何だろうな?」
子どもとの会話は、雰囲気で察するもんだ。いざ説明を求められると、意外と難しい。
「レリア!!」
聞き覚えのある声が知らない名を呼ぶ。それに反応を返したのは、目の前の少女だった。
「ロアスだ! おはよう!!」
少女は俺の隣をすり抜け、走っていく。その背を追った先には、昨日の真面目な兵が立っていた。それに、空気がピリッとする。
「昨日の旅人か。何をしている?」
「ドーナツ屋だ!! です!!」
俺に抱えられたまま、アルラが声を張る。どう見ても大はしゃぎしているアルラに、兵の眉間の皺が取れた。
「そうか。それならば、ザイフェンブラーゼが良いだろう」
兵が口にしたのは、ちょうど探していたドーナツ屋だった。誰に聞いてもその名が返ってくるのだ。
「お母さんのお店よ!!」
「そうそう。レリアの母ちゃんのドーナツは絶品なんだよなぁ」
後ろから歩いてきた男が会話に混ざってくる。よく見ると、その男は人懐こい兵であった。
「パウクだ! サボり?」
「残念外れ!! ロアスが一緒でサボれる訳ないでしょ」
「それもそうね」
「サボるな」
「いやん!」
真面目な兵に睨まれても人懐こい兵に気にした様子は見られなかった。いつもの光景なのか、通り過ぎる人々の笑い声が聞こえてくる。
「レリア、あまり一人で出歩くなと言っているだろう」
「大丈夫よ。二人が街を守ってるもの!」
「おうよ! お兄さん達に任せなさい!!」
「茶化すな」
「そうだな。マジで気を付けろよ、レリア」
「え、うん、分かった……」
人懐こい兵が一変して真面目な顔をしたものだから、少女は目を瞬く。俺も眉根を寄せてしまった。
「すみません。何か、あったんですか?」
俺の問いに、兵達が顔を見合わせる。次いで真面目な兵がアルラに視線を遣った。
「まぁ、教えておいた方がいいか」
呟きがやけに重く聞こえた。それに唾を飲む。
「最近、近隣で拐かしが発生している」
「しかも、幼い子どもばっかりね」
その情報に、目の前が暗くなる。
(あぁ、ほらな。地獄の入口だった)
平衡感覚が曖昧だ。俺は、ちゃんと立てているのだろうか。
「拐かしか。金品目的か?」
「いや、そのような要求はなく子どもは返ってこないと聞く」
「なるほど。それは、気を付けなければ。な? ヴェル」
何も言わない俺を怪訝に思ったのか、アルラが再度「ヴェル?」と俺の名を呼ぶ。それに何とか「そうだな」とだけ返した。
「ヴェルユス、ちゃんと話は聞いていたのか?」
「え? あぁ、きいてた」
「近隣で発生してるんだぞ。どちらに進んでも変わらんよ。近隣なんだからな」
「それは、そう、か?」
「そうだ! ワタシがそう言っているからな!」
小脇に抱えられたまま、ドヤァと俺を見上げるアルラの勢いに飲まれる。俺は、ただ首を縦に振った。
「よろしい! では、ドーナツ屋に向かおう!」
俺とアルラのやり取りに周りが、奇妙な、異質な、そんなものを見るような空気になりかけ。アルラの明るい声が、それを一瞬で壊した。
「あぁ、そうだな。それがいい」
「はい! じゃあ、仕方がないから私が案内してあげるわよ」
アルラに負けず劣らずの元気な声に、視線が自然とそちらに向く。
「私、レリア!」
「俺は、ヴェルユスだ。この子が」
「アルラという! 大事に呼んでくれ」
アルラが目尻を下げる。しかし、レリアは不思議そうに小首を傾げるだけだった。
「でも、いいのかい? 急いでたんだろう?」
「いいの! チョウを追いかけてたけど、逃げられちゃったから」
「あぁ、そういうことか」
「捕まえる道具もなくか?」
「追いかけてただけだもの」
レリアの言葉に、今度はアルラが小首を傾げる。俺は思わず噴き出しそうになって、何とか耐えた。
不意に、「わぁあ!?」という驚いたような少年の声が辺りに響く。俺は、懐のリボルバーに触れた。兵達も腰の剣へと手を遣っている。
「オレンジが!!」
「あらあら、いやだわぁ」
どうやら、お婆さんが大量のオレンジを袋から落としてしまったらしい。それに、ほっと肩の力が抜けた。
俺が動くより先、人懐こい兵が「あ~らら。お婆ちゃん、大丈夫か?」と寄っていく。孫だろう少年と一緒に、オレンジを拾いだした。
「俺も行く。気を付けるんだぞ、レリア」
「はーい!」
真面目な兵は「あなた方も」と最後に言うと、オレンジ救出へと続いた。
「ヴェル、私達も手伝うか?」
「いや、あの二人だけで手は足りそうだ」
「では、ドーナツ屋だな!?」
「そーね」
俺はアルラを下ろし、いつも通りに手を繋いだ。




