04.喧嘩は両成敗
時間もちょうど良かったので、大通りに出たついでに【ブラーテン】の看板を探す。比較的早く見つかった。
店の外にいても漂ってくるこれは、肉の焼ける匂いだろうか。アルラが感嘆の息を吐いた。
「これは、期待できるな!」
「デザートもつけられるぞ」
「やったな! いざ!!」
扉の先は、オススメなだけあり活気づいている。煌びやかというよりは、シンプルな内装。空きを探して足を踏み入れた。
通り過ぎたテーブル席で、木樽ジョッキのぶつかる音が聞こえる。会話の内容からして、討伐成功の祝杯らしい。
(冒険者か? 他は、町人がほとんどみたいだな。堅苦しくなくていい)
カウンター席に空きを見つけ、アルラを座らせてから俺も隣に腰かけた。全品注文し出しそうなアルラを宥めて、注文を済ませる。
「ヴェル、換金所では手慣れておったな」
「まーねぇ。年の功よ」
「失敗の香りがするな」
「若い頃ね。何回も泣きを見た」
思わず遠い目になる。欠けは分かりやすい。しかし、削れているだけでも価値は下がる。
「『この銀貨は価値が低いから、この商品は売れない』なんて言われた時は、開いた口が塞がらなかったよ」
「商人はとかく手厳しいのだろう?」
「その通り」
アルラと会話をしながら、視線を横に向ける。キッチンから男の店員がこちらに歩いてくるのが見えた。
「料理が来たぞー」
「なに!?」
「失礼しまーす。ご注文のハンバーグとステーキです」
「ワタシがステーキの方だ!」
「え、あぁ、はい」
店員が俺の前に置きかけたステーキをアルラの前に移動させる。俺の前にハンバーグが来てからも店員は暫くそこを動かなかった。
「何か?」
「……いえ、ごゆっくり」
慌てた様子で去っていく店員の後ろ姿に、眉をひそめる。一瞬感じたあの粘ついた視線。
(何だったんだ?)
しかし、アルラの「手を組め!!」という声に、思考が途切れ店員から目を離してしまった。ソワソワとしたアルラの雰囲気に急かされ、俺も顔の前で手を組む。
「恵みに感謝を実り続かんことを祈って」
アルラと声を合わせ、祈りを捧げる。暫しそのまま目を閉じ続けた。
「では!」
そんな声に目を開ける。アルラが既に、ナイフとフォークを握りしめていた。
「あぁ、待て待て。俺が切ってやるから」
「そうか? ならば、任せよう」
「任された」
アルラの手からナイフを優しく取る。それと自身のフォークを使って、ステーキを一口サイズに切ってやった。
「はいよ」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
アルラはステーキを頬張り、幸せそうに破顔する。それを見届けてから、先程の店員を探して店内に目を走らせた。
(いない……?)
奥に引っ込んだのか。終業時間の可能性もあるが……。妙な引っ掛かりを覚え目を伏せた。
「ふぉいひいふぉ、ふぇる!!」
「ごっくんしてからにしなさい」
アルラは素直に頷き、教え通りにモグモグしてから飲み込んだ。
(考えすぎんのは、俺の悪いところか)
アルラに倣って、ハンバーグが冷めない内に食べることにした。口に広がった肉汁に、頬を緩める。アルラと顔を見合せ、「美味しいな」「だろ?」と笑い合った。
瞬間、何かが割れた音が店内に鳴り響く。店内の雰囲気が一変した。静寂が耳に痛い。
「見てんじゃねぇぞ!!」
「あぁん!? てめぇ、やんのか!?」
一拍の後、怒号が飛んだ。俺は覆い被さるようにしてアルラを隠し、声の出所を探す。体格のいい男が二人、掴み合っていた。
「酔っぱらいの喧嘩か?」
「らしいな」
右手に掴んだままのナイフがやけに冷たい。周りは遠巻きに二人を見ていた。
兵を呼びにいくべきか。あれくらいなら……。
(どちらが、正しい?)
ぐっとナイフを握る手に力が入る。俺の迷いを嘲笑うかのように、ナイフがアルラに向かって飛んできた。
ほぼ反射で右手を動かす。が、それは途中で止めた。アルラが張った魔法防壁が、飛んできたナイフを弾く。
「随分とやんちゃだな」
アルラはゆうるりと口角を上げた。
何かを考える間もなく、俺はナイフを机に乱雑に置く。ないより良いかとアルラに俺のシルクハットを被せ、「扉開けといて」とだけ口早に伝えた。
席を立ち、迷いなく足を踏み出す。三卓分の距離を詰め、男達の首根っこをひっつかんだ。
相手の勢いを利用できず、腕にずしりと重さがのし掛かる。相手の男の間の抜けた声が聞こえた。しかし全てを無視して、一人ずつ外へと投げ飛ばす。
二人の絶叫は、扉の先へと消えていった。戻ってきた静寂に気まずくなり、ソロソロと席へと戻る。
「締まらんな」
「間違えたかも……」
「喧嘩は両成敗だろう?」
自信に満ちた金色の瞳に、情けない顔をした俺が見える。アルラは強めに俺の頭にシルクハットを被せた。
「仕方のない子だ。不安ならば、ワタシを抱き締めてよいぞ」
「ははっ、そいつはどうも」
その日アルラは本当に、何も言わず朝まで俺の腕の中にいてくれたのだった。




