24.未知の前では皆おのぼりさん
人の気配がして、俺は視線だけをそちらへ向ける。門兵がこちらを警戒するように見ていた。俺はシルクハットを取り、会釈をする。
「お前達、冒険者か?」
「いえ、しがない旅人でして。宿を探しているのですが」
「あぁ、そうかよ。ここは炭鉱だ。ご立派な宿は期待できねぇぞ」
やる気の無さそうな門兵の言葉に、俺はアルラに視線を遣る。アルラの興味は完全に門にある歯車にいっているらしい。全くこちらの話は聞こえていなさそうだった。
(えぇ……? 宿は重要なんだけどなぁ)
俺はどうしようかと悩む。野宿と炭鉱の宿とを天秤にかけて、アルラのワクワクと煌めく瞳に負けて町に入ることにした。
「入れますか?」
「あぁ、いいぞ。旅人なら一人につき、ドリズル銅貨四枚だよ」
「ルフト硬貨しか持ち合わせがありませんで」
「なら八枚だな。二人で十六枚、あるか?」
「分かりました」
俺は路銀入れからルフト銅貨を取り出す。数えたが、十枚しかなかった。
(金庫から出すしかねぇな。にしても倍かぁ。まさかルフト硬貨の方が価値が低いとは……)
俺はひとまず、その十枚を門兵に渡し鞄を下ろす。アルラの魔法がかかった金庫代わりの袋から、残りの六枚を取り出した。
(これは、宿代も結構かかるな)
ついでに、路銀袋にも銀貨を多めに入れておく。俺は最後に金庫の中身を確認して、頬を人差し指で掻いた。
(関所でもかなり支払ったから、ドーナツ食べ放題は暫く無理だな)
隣から視線を感じて、顔を上げる。アルラが俺の手元を見下ろしながら「ワタシのドーナツ……」と、気落ちした声を出した。
「大きい街に着いたらな」
「致し方なし……」
アルラの頭をポンポンッと撫でて、俺は残りの銅貨も支払う。門兵は銅貨の枚数を確認し、通行を許可してくれた。
「あんたらギリギリだったな。丁度閉門の時間だよ。さっさと入んな」
「すみません」
俺はアルラの手を引いて、門を潜る。一緒に入ってきた門兵が門の内側についたレバーを倒した。
金属のぶつかる音と蒸気が吹き出す音に、俺は目を瞠る。隣でアルラが興奮した声を出した。
歯車が複雑に噛み合いながら回り出す。それに合わせて、門が重々しい音を立てながら閉まっていった。
「凄いぞ、ヴェル!!」
「あぁ、どうなってんだろーな」
「これがあれか? 例の何か凄い鉱石のあれか!?」
「恐らくはね」
アルラがブンブンと繋いだ手を振る。このままではアルラが力加減を失敗しそうだったので、俺は手を離して抱えることにした。
(腕がやられる)
アルラは一変して、大人しく腕の中に収まる。抱えると途端に落ち着くのは何でなのか。
「おのぼりさんだねぇ。まだまだ、ここいらは田舎町だぜ? 首都の方に行ったら、笑われちまうよ」
門兵は薄ら笑いを浮かべると、ヒラヒラ手を振り去っていく。アルラが不思議そうに「おのぼりさんとは誰だ?」と小首を傾げた。
「俺らのことだよ」
「ワタシの名はアルラだぞ」
「そーね。おのぼりさんってのは、田舎者ってことだよ。からかわれたのさ」
「ふむ。ワタシは否定しないが、ヴェルは違うだろう?」
アルラが心底不思議そうに眉根を寄せる。王都にあったフォルティス家のタウンハウスが浮かんで、何とも言えない心地になった。
「どうだろーね。煌びやかなのは、ガラじゃないよ……」
「そうか?」
「それにこの国の物は、初めて見るものばかりだからなぁ」
「では、一緒だな!」
アルラが楽しげに笑う。それに俺も釣られて、ふっと頬を緩めた。
もはや侮辱には慣れすぎて、俺は麻痺しているが。アルラも自分の事には、大して腹を立てない。
(千年も生きると些末になるのか?)
子どもっぽいのか。大人っぽいのか。
完全に閉まりきった扉へ再び視線を向けたアルラに、俺は眉尻を下げた。
「さて、晩飯にするか?」
「そうしよう!! ペコペコだからな!!」
「ははっ、頑張って歩いたからね」
アルラの顔が勢いよく戻ってくる。キラキラと輝く金色の瞳に、思わず笑ってしまった。アルラを下ろして手を繋ぎ直す。
門から町へと視線を動かす。暖かみのあるガス灯の火が揺れた。配管が張り巡らされた独特の町並みが薄暗がりの中に浮かび上がる。
「はぁ~……。こいつはまた、凄いな」
「あの筒は何なのだ?」
「あぁ、さっきの見たろ? あの蒸気を通す配管なんだとは思う。何の用途なのかは俺にも分からねぇが……」
「ほう! 興味深いな」
アルラがキョロキョロと町並みを見回す。「行くぞ」と声を掛けてから、アルラの手を引き歩きだした。
「ふむふむ。いい匂いがするな。何処からだ!?」
「確かにするな。酒場が近いか?」
城塞都市に比べると、小さな町らしい。歩きだして直ぐ、食欲をそそる匂いが漂ってきだした。看板を探して、俺は顔を上げる。
「あれか? 【ブルーム】」
「よし! 行ってみよう!!」
俺が指差した看板を掲げている建物へとアルラは一直線に向かっていく。今度は逆に俺が手を引かれながら、その建物の入口に辿り着いた。
スイングドアの上部から中の様子を窺う。炭鉱夫だろうか。土に汚れた服を着たガタイのいい男達が酒を酌み交わしているのが見えた。
「どうやら正解みたいだぞ」
「やった! ご飯だ!!」
「今日はデザートは付けられません」
「悲しいな……」
スイングドアを押して中へと足を踏み入れる。空いている席を探して店内を見渡していると、「見ねぇ顔だな」そう誰かが零した。
「まさか?」
「冒険者か!?」
ガタッと男の一人が立ち上がる。それに俺は、アルラを背に隠した。
「ギルドの依頼を見て来てくれたのか?」
「いえ、俺達はただの旅人でして」
「そ、うか……。まぁ、そんな小さい子連れてあの依頼を受けるわきゃねぇな」
男が残念そうに目を伏せる。そのまま椅子に項垂れるように座り直した。場に静寂が落ちる。
(あの依頼……? 文脈からしてかなり危険度が高そうだが)
男の言葉に嫌な予感が俺の胸中を占めた。じわりと手に汗が滲む。
国境兵が言っていた追い返した冒険者というのが、その依頼を受けるために来た一行だったのだろうか。
「おいおい、待て待て!!」
静寂を破って奥から腰のホルスターに銃を収めた男が一人、こちらに近寄ってくる。二十代くらいだろうか。
俺はスゥ……と、目を鋭く細めた。
「その依頼は俺のもんだぞ」
男からピリッとした空気が漂ってくる。「ほう?」と、後ろのアルラが楽しげな声を出した。




