23.どうか楽しい旅であれ
国境の関所を無事に越え、山を下り終える。目の前には、再び山が現れた。それに、俺はがっくりと項垂れる。
「今日はこの辺りで休むか」
「待て、ヴェル。看板が立っておるぞ」
「看板?」
アルラが指差した方へと俺は顔を向ける。確かに山道の入口に看板が立っていた。アルラに手を引かれ看板の側まで行くと、文字が書かれていることに気付く。
「どれどれ」
「何と書いてあるのだ?」
「この先【ディバイン鉱山】」
「こうざん?」
アルラが小首を傾げた。それに俺は「鉱石、あー……。金や銀なんかが取れる山ってことだな」と説明する。
「なるほど。硬貨の材料だな?」
「その通り。まぁ、ここはベベルギオーアだからなぁ。取れるのは、もっと凄いものかもしれねぇが」
「凄いもの?」
アルラの瞳が好奇心で爛々と輝いた。俺はアルラと目線を合わせるために屈む。
「俺も聞いた話だ。何でも特殊な鉱石が発見されたらしい。膨大なエネルギーを持つその鉱石のお陰で、ベベルギオーアは急速な発展を遂げた」
「ほう! それは実に興味深いな!!」
「魔法のようで決してそうではない。技術者の国なんだってよ」
在りし日、家庭教師から教わったベベルギオーアの知識をなぞる。アルラが「何という鉱石なのだ?」と、当たり前の質問を俺にした。
「それがなぁ。覚えてねぇんだよ、悪いな」
俺は困って頬を人差し指で掻く。アルラがキョトンと目を瞬いた。
「ならば、聞きに行こう!」
アルラが楽しげに山道の先を指差す。それに俺は「そーだね」と立ち上がった。採掘場があるのなら小さくとも町がある筈だ。
(宿があるといいが……)
傾きだした太陽に目を伏せる。ここで止まるか。少し無理してでも進むか。自然と繋いだ手に力が入った。
「ヴェルユス」
「……ん?」
「さぁ、いい予感がするか。悪い予感がするか。どっちだ?」
アルラが俺を真っ直ぐと見上げてくる。俺は瞬きをし、次いで自然と眼前の山道へと顔を向けていた。
「いい予感、が、する、ような……」
「では、出発!!」
「えぇ……??」
アルラが俺の手を勢いよく引っ張る。それに俺は足を踏み出した。
「きっと今日中に辿り着く!」
「そう、か。だといいなぁ」
「いい予感がしたのだろう?」
アルラの金色の瞳が自信満々に細められる。それを見ていると、不思議と不安がなくなっていった。俺はアルラの隣に並ぶ。
「俺の勘が当たったことなんてあったかなぁ」
「あるだろう」
「そうだった?」
「まったく」
アルラが呆れたように溜息を吐いた。それに苦笑いを返す。どうしてだろうか。良くなかった記憶ばかりが残っていくのは。
(まぁ、アルラがあったって言うなら)
俺の勘も捨てたもんじゃないのかもしれない。
港ではなく、こちらの道を選んだことも。この国を出る頃に、後悔ではない別の何かになるのだろうか。
「どうだろうなぁ……」
「何がだ?」
「いや、何でもない」
アルラと目を合わせられなくて、顔を前に向ける。アルラは特に何も言わなかった。
ふと遠くの方から金属同士がぶつかり合うような音が聞こえてくる。聞き慣れないそれに、目を鋭く細めた。
「町が近いのだろうか? 妙な音がする」
「あぁ、聞いたことねぇ類いの音だな」
「ヴェル、ワクワクするな!!」
アルラの反応が想像と違っていて、面食らった俺はキョトンと目を丸める。いや、関所で好奇心に負けて腕輪を鳴らすのだから。
(アルラならそうなるか)
アルラは魔法なしでも強いとはいえ、いつものようにはいかないだろう。勝手が違えば、考える間が出来る。それが、命を落とす隙になるなんて珍しい話ではないのだから。
「アルラ、俺から離れるなよ」
「分かっている! 楽しみだな!!」
「本当に分かってる??」
既に手を振りほどきそうな勢いのアルラに、俺は心配になる。しっかりと握り直しておいた。
(楽しみ、かぁ……)
俺は、関所の兵に言った言葉を思い出す。
“楽しい旅であってはならないので”
その筈であった。いや、今でも思っている。仇討ちの旅が、楽しいものであっていい筈はない。しかし、アルラには関係のない話だ。
(せめてアルラの旅が楽しいものであれば――いい)
そうすれば、意味のないこのさすらいの旅も価値あるものになる気がした。
「ヴェルユス、お前さんも未知を楽しめ!」
「おれ、は……」
「それが旅の醍醐味というものなのだろう?」
いったい誰に聞いたのやら。楽しげに笑うアルラに、俺は目をすぼめる。
(いっそこのまま――)
頭に浮かんだそれに、俺は自嘲した。その選択肢を選べば、俺は一生後悔の中で生きることになると分かっている。
じゃあ、討てば後悔しないのか。
(……わからない)
結局は、いくら悩もうとも答えが出ることは今日もないのだろう。
(そんな簡単なことなら、ここまで来てねぇんだよなぁ)
俺はアルラに返事が出来ずに、笑って誤魔化す。上手く笑えずに、眉尻は下がった。
「楽しむくらい、よいだろうに」
「そう、なのかねぇ……」
「お前さんは、考えすぎだ! よくないからな!! 褒めんぞ!!」
「何だそれ」
アルラが、フンッと顔を背ける。どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。どうしたものかと思っていれば、視界の端で灯りが揺れた。
「着いた……?」
「町だぞ、ヴェル!」
「あぁ、みたいだな」
「ほら見なさい! いい予感が当たったぞ」
アルラがドヤァと、俺を見上げる。俺の口からは、ふっと気の抜けた笑い声がこぼれた。
「本当だな」
「それでよいのだ! 褒めてやろう!!」
「そりゃあ、嬉しいね。光栄の至り」
「くるしゅうない!!」
どこで覚えたのか。本当に謎だが、アルラの機嫌がよくなったのでよしとする。
辿り着いた町の門は、城塞都市とはまるで違っていた。それに、俺は目を瞬く。
「ヴェル、あれは何だろうか?」
「えー……。あぁ、あれだ。歯車だよ」
「歯車! 大きいのも小さいのも?」
「そうだな。ということは、あれは手動じゃねぇのか?」
アルラの弾む声に釣られたのか。俺は未知の技術に、不安よりも興味が勝ったのだった。




