21.純真無垢な幼子のよう
結局、俺が四等分した岩を皆で協力し砕いて運びやすいサイズにすることになった。砕けた岩をアルラが魔法で複数個浮かせる。
「して、どこに運ぶ?」
「そうさなぁ」
片側は崖になっている。下に落とすのは危険だろうから、やはり道の端に寄せるしかないだろう。
「邪魔にならない位置に置けるか?」
「任された!」
隊商の男達が既に岩を運び積んでいた場所を指差す。アルラは岩が崩れないように低く積みながら岩を端に寄せていった。
「おぉお!? お嬢ちゃんもすっげーな」
「まぁ、当然だな!」
「その年で、大したもんだねぇ」
アルラは俺とは違い、褒められて鼻高々といった感じだ。嬉しそうなのでいいかと、俺は頬を緩める。
あっという間に、岩は道から撤去された。それに俺は、ほっと息を吐く。
「あんたらも国境を超えんのかい?」
「国境? この先は、別の国に入るんですか?」
「そうだよ。その国に行くんなら、礼に関所まで荷馬車に乗っけてってやるけど」
引き返すという選択肢はないので、有り難く乗せて貰うことにした。休憩したいと思っていたので、ちょうどいい。
アルラを抱っこで荷馬車に乗せてから、俺も続いて乗り込んだ。走り出した馬が軽快に進んでいく。アルラは外の景色を楽しげに見ていた。
「あー……」
「どうした? ヴェル。腰痛か?」
「ん、ちょっとね。ちょっとだけね」
「歳だな」
「悲しい……」
使い慣れないものを使ったからだろう。少し痛む腰を拳で叩いたり、軽く揉んでみたりする。
(あのハンマー、結構重かったからなぁ)
自然と横に置いた傘に目がいく。触れようとして、やはりやめた。
(あの技は、なるべく使いたくない)
屋敷の裏手にあった森が脳裏を掠める。何度、人目を避け独り剣を振っただろうか。
手の平の血豆が治る前に潰れを繰り返し、剣のグリップは俺の血で赤く染まっていた。もはや数えるのもやめた先、眼前の岩は――。
その光景と震えを思いだしかけた瞬間、「ヴェル!!」と幼い声が俺を呼んだ。
それに俺はハッと我に返る。いつの間に俯いていたのか。下から俺を覗き込むアルラの金色の瞳と目が合った。
「ん? どーした?」
「そんなに痛むのか?」
一瞬、そんなわけはないのに手の平が痛んだ気がして握り締める。眉根を寄せた俺を見て、アルラも同じような顔になった。
「ワタシに願うか? というか、願え」
「えぇ……? だから願わねぇよ」
何とかアルラを宥めようと頭を撫でる。しかし、アルラは納得してくれなかったようだ。不満そうに俺を見上げ続ける。
「あのなぁ。さっき願いの力とやらを使わなくても、何とかなったろ?」
やはり言葉にしなければ伝わらないかと、俺はアルラに言い聞かせるようにそう言った。それにアルラは、キョトンと目を瞬く。
「ふむ。それは……」
思案するように、アルラが目を伏せる。真剣に考えてくれているのか。その場に沈黙が落ちた。
「確かに、そうだ。あの者達の願いは叶った」
アルラが酷く静かな声で呟く。再び、暫しの間が空いた。ゆっくりとアルラの視線が俺に戻ってくる。とんでもなく難しい顔をしていた。
「ヴェルユス」
「うん」
「勝手にやってもいいものなのか??」
「許可は取ろうね」
アルラは「なるほど」と頷く。しかし直ぐに「いや、それでは祈りを捧げられるのと変わらんのでは?」と小首を傾げた。
「変わるよ」
「そうだろうか?」
「変わる」
アルラの純粋な瞳が、俺を映して瞬く。「うーむ……」と、納得したのかしていないのか。何とも微妙な返事だった。
「では、ヴェルよ」
「どーした?」
「腰が痛い時は、何をするのがよいのだろうか。真似して叩くか? 揉む方がよいか?」
アルラの小さな手が、俺の無骨な手を握る。まるで幼子が教えて貰ったことを恐怖もなく直ぐに試すように。アルラは、俺の反応を観察して真っ直ぐと見つめてくる。
「そーさなぁ。じゃあ、優しくさすってくれ」
「それだけでいいのか?」
「まぁ、冷やすのが一番だけど」
「では冷却のおまけも付けよう」
俺は一抹の不安を覚えつつも、魔法の力加減を失敗している所は見たことがないので「やり過ぎないでね」とだけ言っておく。
「ワタシに願う……。いや、ええと」
「――頼もうかな」
「そうか! そうだな。頼りなさい。いや違うな。ワタシに頼るか? 頼むか?」
アルラは代わりの言葉を探すように、何度か言い直す。しっくりきたようで「ヴェルユス、ワタシに頼むか?」と、キラキラした瞳を向けてきた。
「ははっ、そうするよ。頼むな、アルラ」
「任された!!」
アルラが荷馬車の上でとび跳ねそうだったので、慌てて「転ぶぞ」と止める。
「その頼み、このアルラが――そうだ! 承ろう!!」
「ん、よろしく」
俺は素直に、アルラに背を向けた。アルラの手が俺の腰に添えられる。その動きが慎重で、丁寧で。俺は思わず目尻を下げた。
触れたアルラの手の平は、服越しでも分かるくらいにひやりと冷たい。アルラが「どうだろうか?」とソワソワとした声を出した。
「ちょうどいいよ」
「そうか。それならばよいのだ。うん、よし!!」
先ほどもそうだが、アルラの嬉しそうな声を聞いているとこちらまで頬が緩む。心地のよい秋風が髪をゆったりと揺らしていった。
この荷馬車はそこそこに高価なものなのか。山道を行っているのに、そこまでの揺れがない。この隊商は、かなり儲かっているようだ。
(初めて乗り合いの馬車に乗った時は、酔って死ぬかと思ったもんなぁ)
今ではどんな劣悪な馬車でも特に気にはしない。まぁ、場合によっては歩いた方がマシな場合もあるが。
「仲いいねぇ、お二人さん」
「えぇ、まあ」
「とてつもなく仲良しだとも」
「だそうです」
盗賊や魔獣の見張りだろうか。後ろを歩いていた男が声を掛けてくる。男はアルラの手元を見て、感心したような声を出した。
「本当に大したもんだ。でも、次の国では気を付けな」
「……何か事件でも?」
「いやいや、そうじゃねぇよ。というか、アンタら本当に何も知らねぇのな」
男の呆れた視線に、俺は苦笑いを返す。「風の吹くまま気の向くまま」その俺の言葉に、「あてのない旅だからな!」とアルラが続けた。
「冒険者かと思ってたよ。今時、珍しいねぇ」
「楽しいぞ!」
「そうかそうか! いいねぇ、お嬢ちゃん」
「まぁな! して、何に気を付けるのだ?」
「その魔法だよ」
男の言葉に、俺もアルラも疑問符を飛ばす。
「国境を超えた先はな。魔法禁止国家、ベベルギオーアだからな」
俺は有名な国名に目を丸める。アルラが後ろで「魔法が禁止??」と、心底意味が分からないと言いたげな声を出していた。




