20.人助けの度に花丸を書こう
朝日が跳ね返り、海面を輝かせている。それに、俺は目を細めた。
山頂付近の高台で、俺とアルラは足を止める。アルラが興奮した様子で「あれが海だな!?」と、とび跳ねた。
「そうだね。そういえば、アルラは初めてか?」
「そうだ! 湖や泉はあるがな!!」
この三年、内陸部を移動していたらしく俺も久方ぶりの海だった。
(いや、もしかしたらもっとか?)
アルラと会う前の記憶は所々、曖昧だ。俺はまた考え込みそうになる。しかしアルラが手を離しそうになったことで、思考が浮上した。
「ほら、危ねぇぞ」
海が見えやすいように、アルラを抱えてやる。アルラは素直に俺の腕に収まった。
「ほう! 本当に広いのだなぁ」
眼前には、青い海が何処までも続いている。快晴の空とぶつかり合い先は見えなくなっていた。あれを何と呼んだのだったか。
(たしか……。あぁ、水平線だったはず)
風向きがよかったのか。微かに潮風の香りが届く。その独特な匂いに、アルラは不思議そうに小首を傾げていた。
「潮の香りだよ」
「これがか?」
「近くに行くと、もっとするぞー」
「これよりもか? 興味深いものよ」
アルラがソワソワと体を揺らす。その瞳には、純粋な好奇心が滲んでいた。
俺は再び、海へと顔を向ける。こんなにゆっくりと海を眺める時間なんて、取ったことがなかったことに気付いた。
(海は、こんなにも綺麗なものだったっけ)
ふと、砂浜を走り回るアルラが脳裏に浮かぶ。俺の制止も無視して、海に飛び込みそうだなと苦笑した。
「久しぶりに地図でも買うかなぁ」
「急だな?」
「ん、海岸を目指すのもいいかと思ってさ」
地図を買わなくなったのは、いつからだったか。訪れた街に仇がいなかったとバツをつけて、またコンパス片手に歩き出す。
全てがバツで埋まれば、新しい場所の地図を買うを繰り返していた。増えていく地図に(また会わずに済んだ)と、安堵を覚えた自分に嫌悪して吐いてからだった気がする。
(そこからは、目的地も決めずに目の前の道をただ進むだけになったんだよなぁ)
俺は、俺が今立っている現在地が何処かも分からない。前進しているのか、停滞しているのか、後退しているのか。
「いらんよ、地図など」
「――え?」
「『風の吹くまま気の向くまま。あてのない旅』それが、ワタシ達の旅路だろう?」
アルラが愉快そうに目を細めた。それに、俺は目を瞬く。次いで、情けなく眉尻を下げてしまった。
「そうだね」
「歩いていればその内、辿り着くこともあろうて。そのくらいが、ちょうどよい」
「ははっ、お楽しみってやつだな」
「その通りだ! では、出発!」
「おー」
俺はアルラを降ろして、手を繋ぐ。潮風に背を押され、俺は足を踏み出した。
山頂を過ぎ、道は下り坂になる。暫く行ったところで、隊商が立ち往生していた。
それに、俺とアルラは顔を見合わせる。近くにいた男に声をかけた。
「何かあったんですか?」
「あぁ、落石だよ。しかもかなり大きな岩だったみたいでな」
男が親指で示した方へ視線をやる。砕けた岩に道が塞がれていた。
(あぁ、確かに。ありゃあ、荷馬車は通れねぇな)
隊商の男達が何人かで岩を退かそうと試みている。しかし、魔法使いはいないらしく酷く苦労している様子が見て取れた。
「困っちまうぜ」
「我に――」
「アルラ」
「んむぅう……っ!!」
アルラが不服そうに唸る。俺は思わず溜息をついてしまった。「手伝いますよ」と言えば、隊商の男は目を丸くする。
「いいのかい? 人が通るには問題ねぇぞ」
「えぇ、人数が多ければ早く終わるでしょう? それに、この子は優秀な魔法使いでして」
アルラの頭をポンポンと撫でた。それにアルラは、パァッと顔を輝かせる。「ワタシに任せよ!!」そう駆け出した。
「足元に気を付けろよ」
「分かっている」
「やる気満々なので」
俺が肩を竦めると、隊商の男は豪快に笑う。「いや、助かるよ」との事だったので、俺もアルラの後ろに続いた。
「お嬢ちゃん、危ねぇぞ」
「問題ない! どれを動かせばよいのだ?」
「重いぜ?」
「では、小さくするか?」
アルラが拳を握る。それを俺は「やめなさい」と、慌てて止めた。アルラは、魔法を使わずとも岩を粉々にするくらいは容易く出来る。しかし、力加減に不安がありすぎる。
「すみません。そのハンマーお借りしても?」
「え? あぁ、別にいいけど……」
休憩していた男からハンマーを借りる。「気ぃ付けろよー!」と、心配の滲んだ声が飛んできた。それに、片手を上げて答える。
どうやら、一番大きな岩に悪戦苦闘していたようだ。男達が手分けして、端から徐々に砕いている。俺は岩の全体像と地面の強度を確認した。
(これなら大丈夫そうだな。真っ二つに割った方が早い)
そう結論付けて「ちょっと離れて貰ってもいいですか?」と、周りに声をかける。男達は不思議そうにしながら、俺の後ろへと下がってくれた。
「ゆけ、ヴェル!! 見せてやれ!!」
「何をだよ」
アルラの言葉に、眉尻を下げながらも笑う。深く息を吐き、ハンマーを肩に担いだ。ぐっと強く柄を握り締め、頭上に構える。
岩に向かい躊躇いなく振り下ろした。ハンマーが空気を切る鋭い音のあと、岩に当たる重い音が耳を打った。
地面の揺れに、木々が揺れる。鳥を驚かせてしまったらしい。バササッという羽音と共に飛び立っていった。
入った亀裂が岩を横断する。狙い通り、綺麗に半分に割れてくれた。
(もう半分にするか? これくらいなら次で粉々に出来る気もするが……)
俺は迷って「どうしよう」と呟く。瞬間、背後から驚き混じりの歓声が上がった。それに、肩が跳ねる。
「何だぁ!? そりゃあ!!」
「すっげーな、アンタ!!」
俺は、ポカンと目を丸くした。「そうだろうとも!!」と、アルラが胸を張る。
「そう、ですかね?」
どう返事をしたものかと、俺は頬を人差し指で掻いたのだった。




