19.山の恵みに感謝して
野営地を決め、俺は薪拾いに、アルラは釣りに、それぞれ別れて行動することにした。
(果てしなく不安だ)
流石にあれだけ釘を刺せば、川に飛び込んで熊のような手法での魚取りにはならない筈だ。あれでちゃんと魚を取るアルラも凄いが。
「俺も心配し過ぎか?」
アルラが川に流されることは恐らくない。服も魔法で直ぐに乾く上に、本人曰く風邪も引かないらしい。しかし、どうにも信用ならない。
(毒のある木の実を食べて、寝込んでいた印象が強いんだろーな)
冷や汗を沢山かきながら丸まる小さな体に、どれだけ焦ったか。あの時は出会ったばかりで、アルラのこともよく知らなかったからな。
「まったく……」
俺は手早く薪になりそうな木の枝を集めて回ることにした。そのついでに、食べられる野草も探す。スープの中身は、多いに越したことはないだろう。
(魚は焼くか。スープに入れるか。まぁ、アルラの希望通りにするとして)
日が暮れる前にアルラを迎えに行って、夕食の支度だな。火は薪さえあれば、アルラが簡単に付けてしまう。
「魔法ってのは、便利だよなぁ」
アルラ曰く、魔法と願いを叶える力は別物らしい。俺が旅の商人から返礼に貰った【摩訶不思議な力が発現する鈴】を取り込んだので、魔法は使いたい放題だとか言っていた。
踏み締めた落ち葉が、小気味いい音を鳴らす。それを聞きながら、辺りを見回した。
「おっ! こりゃあ、いいな」
スープに合いそうな山菜を見つけて、少しだけ頂く。山の恵みは、本当に有難い。いつ村や街に着けるか分からない以上、食料は節約した方がいいからな。
一度薪と山菜を置きに戻り、予備の薪も拾い集める。それを野営地に置いた時には、日はすっかりと傾きオレンジ色になっていた。
(アルラは、まだ帰ってきてねぇか)
俺は鍋と籠を持ち、アルラを迎えに川へ向かう。見えた小さな背中に「アルラー」と呼び掛けた。アルラがこちらに振り返る。その金色の瞳には、喜色が煌めいていた。
(おっと? これは、釣れたか?)
アルラが釣竿を放り投げ「ヴェル!!」と、こちらに両手を振る。俺は釣竿の着地先を目で追いながら、片手を上げてそれに応えた。
「見ろ! ちゃんと二匹釣れたぞ!」
アルラが自信満々に胸を張る。桶の中を覗けば、丸々と太った魚が二匹泳いでいた。
「おー、凄いな!」
「そうだろうとも!!」
頭を撫でてやれば、アルラは嬉しそうに目尻を下げる。「今日は、焼き魚だな」と、ウキウキとした声音を出した。
「ん、楽しみだね」
俺は鍋に水を汲み、キノコと山菜の汚れを落とす。どちらも籠に戻し、鍋の水を汲み直した。
しっかりと釣竿を回収する。桶も持とうとしたが、アルラが既に抱えていた。ひっくり返すことはないだろうと、そのままアルラと隣合って歩き出す。
「今日は、何事もなく終わりそうだな」
「それが一番だからねぇ」
「まぁ、何が起こってもワタシがどうとでもしてやるがな」
「ははっ、頼りにしてるよ」
無理のない範囲で。その言葉は飲み込んで、アルラを横目で見る。アルラと目が合ってしまった。アルラがニンマリと口角を上げる。
「存分に頼りなさい!」
「はいはい、何かあったらなー」
黒龍としての性なのだろうか。アルラは、いつもこうだ。だから、俺は余計なことは言わない。ご機嫌ななめになると大変だからだ。
「山菜が増えているだと!?」
「食感がシャキシャキしてて美味しいぞ」
「楽しみだ!」
野営地に着いたアルラの第一声がそれであった。ワクワクと揺れる頭に頬を緩めながら薪を組む。
「やったぞ、おじょーさん。早々に出番だ」
「火を付けるのだろう? 任された!」
アルラは、手を開くと口の前に持っていく。手の平の上に、フゥと息を吹き掛けた。手の平の上を黄金の魔力が滑る。それが薪に届いた瞬間、さも当たり前のように火が灯った。
「お見事」
拍手すれば、アルラはドヤァという顔をする。それを眺めながら、手早く木と縄で鍋吊りを作った。それに、鍋を吊り下げアルラが取ったキノコを入れる。薪を調整しながら、焚き火の上に設置した。
「よし、こんなもんか。魚は焼くんでいいんだな?」
「折角の焚き火だからな。それが一番、美味しいだろう?」
「そーね。俺も好きだよ」
俺は、桶に向かって手を組んだ。命に感謝して魚の下処理をしていく。
「相も変わらず、手際がよいな」
「そうでもねぇさ。旅が長くなれば、誰でも出来るようになる」
「そうだろうか?」
「そうだよ」
串打ちした魚を遠火になるようにして、地面に刺した。パチパチと薪が爆ぜる音がする。
キノコのいい香りがしてきて、アルラがソワソワと鍋を遠目に覗き込んだ。俺は、鍋を木製のお玉でゆっくりと混ぜる。
「アルラ、好きなパン出していいぞ」
「やった! ヴェルはどうする?」
「一緒のでいいよ」
アルラがリュックから魔法道具である食料袋を取り出す。こちらも空間拡張袋と同様に空間拡張機能付きであり、プラスで冷蔵保存できる優れものだ。
「世は便利になってゆくな」
「旅も大分としやすくなったよ」
衛生面だけは、どうにもこうにも。国を出たばかりの時は、本当に苦労した。
(俺もアルラのことは言えねぇな)
そもそも使用人に世話されてた息子を仇討ちの旅に放り出すなという話だ。せめて火の起こし方くらいは、教えておいて欲しかった。
アルラが選んだパンを持ってきて、焚き火に少し当てる。一応「火傷するなよー」と、言いながら山菜を鍋に入れた。最後に調味料で味を整える。
「問題ない。あぁ、しまった。スープ用の皿もいるな」
アルラが魔法でリュックから皿を二つ取り出す。それを「どうも」と受け取った。
魚が焼き上がる頃合いで、スープも出来上がる。皿に盛り付け、敷物の上にアルラと向かい合って腰掛けた。
「恵みに感謝を実り続かんことを祈って」
この祈りだけは毎日、欠かしたことがない。幼い頃から一度だって。
アルラは自分が取ったキノコの入ったスープを飲む。パアッと表情を明るくさせた。
「美味しい出汁が出ている!」
「な? ほっとする味だろ」
アルラが頷くのを見て、俺もスープを口に含む。暖かさに、深く息を吐き出した。




