18.汝の選択に異議なし
緩く坂になっている山道を登っていく。隊商の通り道なのか、舗装はされていないが整備はしっかりとされていた。
秋風が、山の木々を揺らして色付いた葉を落とす。目の前を赤い葉が踊るように横切っていった。
「見ろ、ヴェル! キノコだ!」
「残念ながら、それは毒キノコだな」
「なに!? あんなに美味しそうな見た目をしておるのにか!?」
不意に足を止めたアルラが指差した先には、茶色の普通に見えるキノコが生えていた。しかし、食べるとまず手足が痺れだし、段々と呼吸困難になる程の猛毒を有している。立派な毒キノコだ。
「食べたら、お腹痛くなるぞ」
「それは大問題だな」
アルラは繋いだ手に力を入れる。
(まぁ、アルラは人間より丈夫だからな。本気でお腹を壊すくらいで済むかもしれねぇが)
毒キノコに恐れをなしたのか、アルラがそそくさと歩き出した。それに素直についていきながら、俺は思わず苦笑する。
「拾い食いするなよ」
「分かっている! だから、ちゃんと確認しただろう」
アルラは、拗ねたように頬を膨らませる。旅を始めた頃、毒性のある木の実を食べて一晩寝込んだことでも思い出したのだろう。
「全盛期ならば、何の問題もなかったのに」
力を奪われた弊害が、様々な形でアルラを困らせているらしい。俺は全盛期の黒龍としてのアルラを知らないので、何とも言えないが。
「毒のあるもんなんて、食べても美味しくねぇだろ? ドーナツの方が百倍は美味しいさ」
「ふむ。そうだな! 毒のあるものはビリビリする。ドーナツの甘くて蕩けるような美味しさに比べたら好んで食べたいものではないな!」
アルラが俺のリュックへと視線を遣った。それには、気付かない振りで歩き続ける。
「じゃあ、力が戻っても拾い食いはしないようにしなさい」
「そうしよう!」
アルラを丸め込むことに成功した俺は、ほっと息を吐く。アルラは燃費が悪いのか。この見た目で俺よりもよく食べる。
(目を離すと、何を口に入れるか分かったもんじゃない)
アルラは、尚もキョロキョロと辺りを見ながら弾むように歩く。次に見つける物も俺が知っている食べ物であることを祈った。
「ヴェル! あのキノコは?」
「あれは……。食べられるな。美味しい出汁が取れるぞ」
「やった! 取ってもいいか?」
「全部はダメだぞー。頂くのなら?」
「少しだけだ!」
俺の手を離れて、アルラが駆け出す。それを追いながら、今日は野営になるなと予定を組むことにした。
(ご飯は、城塞都市で買ったパンとキノコのスープにするとして。寝床を決めて、焚き火の準備だな)
俺は、アルラに小さな籠を渡す。受け取ったアルラはその中にキノコを入れると、大事そうに持った。
「魚も食べたいところだな」
「一品増えたかぁ」
「ワタシが狩ってきてやろう!」
「頼むから釣ってくれ」
川に飛び込むアルラを想像して、俺は眉尻を下げる。アルラは「では、釣竿を作らねばな」と、予定を変更してくれたようだ。
「川を探しながら、もう少し進むか」
「承知した! ドーナツは、いつ食べる?」
「そりゃあ、覚えてるよなぁ」
「当たり前だ! 街を出る前にレリアの母君に貰っただろう!」
門を出る直前で呼び止められ、お礼になるか分からないがと頂いたドーナツ。この上ない返礼だと受け取った訳だが。
「そろそろ休憩して、食べてもよいぞ? どうする?」
「まぁ、出来立てが美味しいよな」
「半分ずつにしよう」
「俺は、一個でいいよ」
「四個も食べてよいのか!?」
アルラがずっとソワソワとしている。この漂ってくる甘い匂いのせいで、アルラがずっと食べ物を探している気もした。
(寧ろ、早々と食べた方がいいか)
貴重な食料とか言っている場合ではない。腹ペコなアルラを満足させてから進もうと決めた。魚が一匹も釣れなかったら、本気で川に飛び込みかねない。
「ひとまず、川まで頑張ろーね」
「むぅ……。分かった」
アルラと手を繋いで、再び山道を歩き出した。アルラの持つ籠が楽しげに前後に揺れる。それに、頬を緩めた。
比較的早く、川を見つけることが出来た。それに、アルラが飛び跳ねる。
懐中時計を見ると、午後三時前であった。
(丁度いいか)
手頃な岩に腰掛け、リュックからドーナツが入った紙袋を取り出す。それをアルラに渡した。
「好きなの選んでいいよ」
「本当か!?」
アルラの金色の瞳に喜色が滲んで、キラキラと煌めく。それを見ていると、不思議と俺も腹が減ってくるのだった。
アルラが腰掛けられそうな岩を探したが、なかったのでアルラを俺の膝に乗せてやる。アルラは紙袋の中を覗きながら真剣な顔をしていた。
「ヴェルの食べられそうなものは、これだと思う」
「どれ?」
何を真剣に悩んでいるのかと思えば、俺のものを先に選んでいたらしい。俺は、シルクハットをリュックの上に置きながら思案する。
(まぁ、甘すぎるのはちょっとな)
アルラの好意を素直に受け取っておくことにした。先に手を組んで、祈りを捧げる。次いで、アルラが俺のために選んだドーナツを先に手に取った。
「ありがとう」
「構わんさ。食べるのなら美味しく、だろう?」
「そーね」
アルラの頭を撫でて、ドーナツを食べる。口に広がった優しい甘さに目を細めた。レリアの笑顔が浮かんで、空を見上げる。
秋晴れの空は、どこか遠い。鱗雲が優雅に漂っているのが見えた。
「美味しいな!」
「あぁ、本当に」
「ふふっ、次の町にもあるとよいのだが」
アルラのご機嫌な声と涼やかな川のせせらぎを聞きながら俺は、ほっと肩の力を抜いた。今日は、何事も起こらなさそうだと。
「ヴェルユス」
「ん?」
「何故、港を選ばなかったのだ?」
「あー……。行きたかったか?」
俺の問いに、アルラはこちらを振り向く。「そうではない」と静かに、しかし、言い聞かせるような声音を出した。
「単純に気になっただけだよ。やはり、船旅が不安だったのか?」
「いや、まぁ、ね。それもあるけど……」
「あるのか」
アルラの呆れた声に、頬を人差し指で掻く。思わず視線を上へと逸らして、逃げてしまった。
「それで?」
「え? あぁ、何だろうな。ただの勘だよ。嫌な感じがしただけさ」
「それは、いつもだろう」
「ううーん……。更に地獄の入口に見えたの」
アルラは納得したのかしていないのか。「ふぅん」と曖昧な返事をしたのだった。




