02.関所の兵二人
何とか呼吸を繰り返す。
(どちら――討つか。止まるか)
これ以上は、立ち上がれなくなりそうで頭を振った。今日中に、街に着きたい。アルラのドーナツが待ってる。
「ん、分からないんだ」
「もはや出会ってしまった方が早いと思うがなぁ、お前さんの場合は。まぁ、よいよい。ゆっくりいこう」
「……わるい」
「構わんさ。急ぐ旅でもなかろう? 時間はいくらでもある」
「ははっ、君にはね」
「何を言う。今の時代、人の子とて百は生きると聞いたぞ?」
「んー、がんばって長生きするよ」
キャスケットの上からアルラの頭を撫でた。頬が引きつり、勝手に眉尻は下がる。それでも無理やり口角を上げた。
「よし、ふぅ、んんっ、行こうか」
立ち上がった俺の手をアルラが再び握る。それを頼りに、全てを頭から追い出した。
「そこ、まで、距離はなさそうだな」
「そうだな! 今日中には着きそうだ!」
「着いてくれるといいね」
「出発!!」
「おー」
今度は自然に頬が緩む。
アルラは、俺の不安を追い払うのが本当に上手い。これを自分で出来ない四十二のおっさん、面目は丸潰れているのである。
小休止を挟みながら、街に向かって進み続ける。城塞に近づくにつれ、道は美しい石畳へと変化していった。
「ヴェル、あれはガス灯か?」
「いや、魔法灯だな。かなり栄えてそうだ」
記憶を探るような間の後、「魔法道具は高いのだったな」とアルラが呟くように言う。
「その通り。まぁ、その国の魔法発展具合にもよるけどな」
「実に興味深い」
アルラが愉快そうに目を細めた。
「俺は、ガス灯の暖かみも好きだがなぁ」
「ヴェルらしいな」
「便利になってくのは、いいことなんだろうけど。おっさん、ついてけないのよ」
「悲しいことよ」
「そーね」
アルラは並ぶ魔法灯から視線を逸らすことなく、会話を続ける。好奇心が爛々と灯るアルラの瞳に、俺は目をすぼめた。不意に、その瞳がこちらを向く。
「――ヴェル」
「ん? どうした?」
「よし! 美味しいドーナツをたくさん食べよう!」
急に出てきたドーナツに、疑問符を飛ばしつつも「そうだな」と返す。
「あるといいが」
「絶対にある! 美味しいドーナツ屋が!!」
「ははっ! 君が言うなら、きっとそうなんだろうよ」
「楽しみだ!!」
アルラの“ある”は、希望的観測でも当て推量でもない。ただの事実だ。これだけ街に近づけば、の話だが。
「これだけ大きい街だ。関所があるだろうな」
「路銀が減るなぁ。ドーナツ代がなぁ」
「仕方がねぇさ」
「知っているよ。立派な城塞だ。維持費も安くはなかろうて」
「貴族ってのも楽じゃねーよなぁ」
圧政を敷いてる悪徳貴族の可能性も捨てきれないが。そこは、通行税の額で大体分かる。その場合は、足を踏み入れずに回れ右。碌な目に遭わないことが約束されている。
石畳の先。見えてきた門には、兵が二人立っていた。「そこの者、止まれ」右側の兵に止められ、素直に従う。
俺はシルクハットをアルラはゴーグルことキャスケットを脱ぐ。お尋ね者ではありませんよと、暗に示すためだ。それでも、兵の刺さるような視線はなくならない。
「通行手形の類いは持っていません。通行料はおいくらでしょうか?」
「冒険者、いや、ギルド証はないのか。今時、珍しいな」
「えぇ、風の吹くまま気の向くまま。あてのない旅をしております」
「商人という風体でもないか。まぁ、いい。旅人ならば、一人につきルフト銅貨が三枚だ」
どうやら相場の値段のようだ。寧ろ、少し安い。この街は現在、あらゆる意味で落ち着いているらしい。
「魔法銃の所持は?」
「ありません。ただのリボルバーなら一挺ありますが」
兵の眉間にぐっと皺が寄った。思わずアルラと視線を交わす。手に汗が滲んだ。
「確認する」
「分かりました」
俺は指示通りに、ショルダーホルスターからリボルバーを取り出す。兵はそれを受け取ると、念入りに検査をした。
落ちた静寂が、俺達への疑惑の大きさを語っているようで。アルラの前へ自然と移動した。
兵は銃から俺へと視線を戻す。真っ直ぐと目が合い、一瞬の間。「確かに」と、俺の言葉を肯定した。
「ただの銃のようだな。これならば良いだろう。荷物はそのリュックだけか?」
「えぇ、中身を見られますか?」
「当然だろう。あとその腰に差しているのは――あぁ、傘か。それはいい」
いつもよりも時間を取られている。兵は渡したリュックも隅々まで確認していた。
「何かあったのか?」
アルラが仁王立ちで、こちらを見張っている左にいた兵に問いかける。俺は大慌てでアルラを抱き上げた。そのままの勢いで、頭を下げる。
「すみません。まだ敬語は苦手でして!」
「ぶわっはっはっ! いいよいいよ。可愛いねぇ。お兄さんが、クッキーあげちゃう」
「やめないか! 仕事中だぞ!!」
「ちょっとくらいいいじゃーん。お堅いねぇ」
その兵は人懐こい笑みを浮かべた。緩い雰囲気に、俺は肩の力を抜く。
「実は最近、違法な改造銃が出回ってるらしくてね。街に持ち込ませないのが、俺たちの仕事なもんで」
「違法な改造銃?」
アルラが片眉を上げる。
「そいつはまた、物騒ですね」
「そうなのよ。ピリピリで嫌になるぜ」
「喋りすぎだ」
「そう? でも、なーんにも出なかったんだろ?」
真面目そうな兵が決まり悪そうに目を逸らす。それに、人懐こい兵が肩を竦めた。
「さっきも言ったが、そういう仕事なもんで」
「えぇ、分かってますよ」
「ご協力どうも」
「入ってよし。くれぐれも騒ぎはおこさないように!」
俺は「いい子にな」と、アルラを地面に降ろす。アルラは、俺の足の後ろに隠れ顔だけを覗かせた。
「ありがとうございます」
リボルバーとリュックを受け取り、兵にはルフト銅貨を六枚渡す。問題なく関所を抜けられそうで安堵した。
「バイバーイ」
アルラが子どもらしい声音で、上目遣いに手を振る。それに、人懐こい兵はあからさまに破顔した。真面目な兵も頬を少し緩める。
「バイバーイ!!」
「……よい1日を」
「では、失礼します」
兵の指示に従い、アルラの手を引いて門をくぐる。どうか、このまま何事も起きませんようにと祈りながら。




